カイトとリュウジン
その日は全員別行動を取っていた。それぞれに目的とやりたいことがあって、全員一致で別行動しようということに決まった。
カイトは一人街をぶらぶらと歩いていた。デザインされた比類なき身体能力を与えられ、体の中身は計算を尽くしたアーティファクトに置換し、レイアが作ったフレアハートのお陰でマナの循環効率が高まり不調もきたさない。
カイトの体は誰にも到達しえない領域にまとまって完成されていた。天才ヴィクター博士が死体を元にして作り上げたものが、もう一人の天才の手によって完成されたのだ。
しかしカイトは思い悩んでいた。自分は比類なき強さを持っているはず、それなのにその強さを満足に発揮できていないと考えていた。押し負ける、押し負けるはずのない自分が押し負けてしまう。
カイトは仲間たちのことを心から愛していた。自らを人と認めて命まで救ってくれた大切な人たち、一時は我が身惜しさに本気で皆殺しにしようとしていたにも関わらず受け入れてくれた。
そんな仲間のことを守りたいとカイトは強く願っていた。自らのすべてを捧げても惜しくないとまで思える仲間たちだった。どんな災厄からも仲間たちを守れる存在になりたかった。
だけどその方法が分からずにカイトは悩んでいた。ぶん殴れば大抵のものは壊せたし、蹴り飛ばせば対象は粉々になった。力任せの戦い方しか知らないうえ、力の使い方を聞いたこともなかった。
「ただぶん殴るだけじゃあ駄目なんだよなあ、もっと別の何かが必要なんだ」
カイトはそうぶつぶつと独り言を呟きながら街を練り歩いていた。人の目など一切気にならない、それほどまでに真剣な悩みだった。
そんな近くの人たちが次々と避けていくカイトに、一人近づいて声をかけてきた人物がいた。真っ白で長い髭をなでつけながら年寄りは笑った。
「ほっほっほ。おいおい懐かしい顔じゃあないか、ほれ若人よ儂を覚えておるかね?」
「あん?あーっ!あんたは腕相撲の時の爺さんじゃあねえか!!」
驚きの声を上げたカイトにお爺さんは言った。
「驚いたのは儂の方じゃよ、お主ロックビルズに来ていたのか。一体何用じゃ?観光かの?」
「違うよ爺さん、俺こう見えても冒険者なの、だからあちこち旅して回ってるんだ。ムツタで会ったのは旅の途中だったわけよ」
「ふーん」
「聞いておいてなんだよそれ。ったく、もういいか?世界は狭いって確認できて満足だろ、俺ぁこう見えても忙しいんだ」
「儂には目的もなくぶらぶら歩いとっただけに見えたがの」
「うるせえや爺さん。もう行くからな」
そう言ってカイトは踵を返し歩きだした。しかし数歩進んだところで、背後からお爺さんに呼び止められた。
「お主、強くなりたいと焦っておるな」
その声に驚きカイトは振り返った。しかしお爺さんはすでに背を向けて歩きだしている、カイトは慌てて後を追って引き止めた。
「おい爺さん何で俺が考えてることが分かった?」
「はて、儂は何か言ったかの?」
「とぼけんな、そこまで耄碌しちゃいねえだろ」
「うーん知らんなあ、しかしあそこで儂の好物のウィッンタを食べたら思い出すかもしれんのお」
そう言ってお爺さんは目の前の店を指さした。まるで見計らったかのように近くにあったのを見てカイトは図られていたことに気がついた。
自分が手のひらの上で踊らされていることを思い知ったカイトはため息をついた。そして諦めたような目でその店に入るのだった。
「ミーちゃん、今日も来ちゃった」
「あらリュウジンさん。こんにちは、今日もいつものやつでいいの?」
「もうミーちゃん言っておるじゃろう。儂のことは気軽にリュウ爺って呼んでくれって。その方がカップルみたいでええじゃろ?」
「はいはい。用意するから席について待っててね」
「かーっ!いいっ!一筋縄でいかない所も痺れるのお!」
カイトはリュウジンと呼ばれたお爺さんと店員のやり取りを冷ややかな目で見ていた。只者ではないのかすけべじじいなのか、態度を見ているだけではまったく分からない。
思わずもう一度ため息をついた。その時一瞬だけ視線が下に向いてリュウジンから外れた。カイトが顔を上げると先ほどまで目の前にいたリュウジンが音もなく消えていた。
「あっ!?」
「ほれ若人、そこにいると次の客の迷惑になるぞ。いつまで立っておるんじゃこっちに来い」
リュウジンはすでに席に移動していた。しかも店の奥で一瞬で移動出来るような距離ではなかった。やっぱり只者ではないのかと思ったカイトだが、すぐにリュウジンは客の女性に声をかけていた。
「何なんだあの爺さんは…」
カイトはリュウジンが座っている席に移動した。対面に座ると今度は逆にリュウジンがため息をついた。
「はあ、何が悲しくてむさい男と座らなきゃならんのか」
「てめえが誘ったんだろうが!」
「元気があってよろしいのう。さっきまでのしけた面よりよほどいいわい」
そう言われてカイトは自分がさっきまで自分が悩んでいたということを思い出した。リュウジンの馬鹿馬鹿しいやり取りを前にしていて、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。
「爺さん、あんた…」
「リュウジン」
「あ?」
「儂の名前じゃよ。リュウジン、皆からはリュウ爺と呼ばれとる。お主は何者じゃ?」
「俺?俺はカイト…」
名前を告げようとしたカイトの額に、リュウジンの手刀が叩き込まれた。当たりは軽かったがカイトの頭にずしりとした衝撃が走る。
「痛てえな!何すんだよ!!」
「儂の話を聞いておらんかったようだからの、喝じゃよ喝」
「名乗ろうとしてただろうが!」
「馬鹿者め、儂はお主に何者かと聞いたのじゃ。もう一度聞くぞ、お主は何者じゃ?」
カイトにはリュウジンの言っている意味がまったく分からなかった。しかしリュウジンは実は自分の特殊な体のことを見抜いていて、そのことを言えと言ったのかもしれないとカイトは思った。
「気づいてたのかよ。そうだ、確かに俺はにん…」
「喝」
またしてもカイトの額に手刀が振り下ろされた。じんじんと痛む額を手で抑えながらカイトは言った。
「何でだよ!途中だっただろうが今!」
「聞かんでも分かるわい、人間じゃあないとか言いだすつもりだったんじゃろ。そんな複雑な事情儂が聞いてどうするんじゃい、聞いたところで理解出来んわ」
「じゃあ何が聞きたいんだよ!」
「おっ来た来た。おーいミーちゃん、こっちじゃよ!」
リュウジンはカイトのことを無視して店員を呼び寄せた。結局カイトは喋らせてもらえず、ただ額を二発叩かれただけだった。
店員はリュウジンの前に一つ、カイトの前にも一つ品物を置いた。カイトは驚き店員に言った。
「俺ぁ別に頼んでないけど?」
「リュウジンさんがお友達連れてお店に来たのは初めてだから、私からのサービスです。それにお客さんここの人じゃないでしょ?ロックビルズの名物お菓子だから食べてみてよ。とっても美味しいから」
店員はそう言うとカイトににっこりと笑いかけて去っていった。店員に友人などではないと否定する暇もなかった。カイトは頭を抱えてため息をついた。
「さっきからため息ばかりでうるさいのお。美味いもん食ったら悩みも吹き飛ぶわい、ほれ食ってみろ」
「どういう料理なんだこれ?」
「つべこべ言わずに食えば分かるわい」
何も説明されぬまま恐る恐るカイトはウィッンタをひとすくいして口に入れた。
「あっ美味い!」
「そうじゃろうて。ドライフルーツはロックビルズの乾燥した空気と風で品質がよく、風穴を利用した製氷方法で氷菓子を作っておる。土地を最大限に利用し融和させた知恵の菓子じゃ」
「へえこりゃいいな。アー坊たちにも食わせてやりてえ」
カイトはあっという間に一皿を平らげてしまった。その様子を見てリュウジンはにこにこと笑顔を浮かべていた。
「何だよ?」
「どうじゃ?儂の言った通り悩みも吹き飛んだであろう」
「まあ、確かにそうだな」
「それがお主が強くなるための一歩目じゃ。何も考えず幸せな思いで心を満たせば、自ずと体の力も抜けてくる。その感覚よく覚えておくがよいわ」
リュウジンにそう言われて、確かにカイトは今程よく脱力してリラックスしていることを感じた。常に緊張しているという訳ではないが、体に無駄な力が入っていないことを初めて実感出来た。
「成る程、それでリュウ爺次は何を…」
カイトが顔を上げると、対面に座っていたはずのリュウジンがいなくなっていた。どこに行ったと辺りを見渡していると店員と親しげに話しているところを見つけた。
「じゃあミーちゃんまた来るでの。儂の支払いはあいつがしてくれるから。儂に会えなくて寂しいと思うが、儂も同じ気持ちじゃ」
「はいはいリュウジンさん。足元に気をつけて帰ってね」
「優しいのおミーちゃんは、じゃあまたの」
リュウジンは店員に手を振ってから店を出ていってしまった。カイトには目もくれずすたすたと歩いていく。
「あのじじいふざけやがって!」
カイトは急いで会計を済ますとリュウジンの後を追って走り出した。どうして自分がとぼけた爺さんを追わねばならないのかという気持ちもあったが、同時に強くなれる方法を彼から教われるような気持ちもあった。
気ままなリュウジンを追うカイト、この出会いがカイトを大きく変えることになることをこの時はまだ誰も知らなかった。