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エアの葛藤

 戦いを終えた俺たちはエアと合流する、十分に辺りを警戒しながら休息を取ると、重い足取りでヘ・ハハ遺跡を後にした。


 重い足取りというのは気持ちの面もあるが、単純に疲労からもきていた。アーマークロコダイルは兎に角固くて狂暴で動きも素早かった。小さな動く山を相手している気分だった。


 山を削った経験はないけれどそれくらいの疲労が溜まっていた。俺たちにしては珍しく、口数も少ないまま遺跡の外に出た。日は落ちすっかり夜になっている。


 鍵こそ手に入れたがその夜はもう何も聞く気にもならなかった。黙々とキャンプの用意をして食事もそこそこに取る、夜警の順番を決めるとさっさと寝てしまった。


 レイアから交代を告げられて起き上がる。眠い目をこすりながらテントを出ると朝まであと少しといった所だった。これが最後の見張りになるだろう。


 焚き火に薪を足してぐぐっと体を伸ばす。そして背後から近づいてくるものに声をかけた。


「どうしてこそこそしてるんだエア?」

「き、気づいていたッスか」

「隠れようとしていたのならお粗末すぎるな。それに、エアは元気な方がいいよ。そっちの方がずっといい」


 俺はそう言ってエアを隣に座るように促した。どうしてか少しもじもじとしていて、おずおずと隣に腰を下ろす。


「で、どうした?」

「え?」

「何か話したいことがあって待っていたんだろ?」

「お見通しッスか…」


 あまり眠っていないのだろうなというのは顔を見れば分かる。そして他の人に話をせずに待っていたということは、消去法で俺が目的だったということだ。


「…私のせいでこんな大事になってしまったッス。被害に遭った人も、皆様に危険な戦いをさせてしまっているのも、全部全部私のせいッス。情けないし申し訳ないし、消えてしまいたい。こんな出来損ない、シルフィード様の恥にしかならないです」

「エア…」


 言葉の途中から明らかに元気がなくなっていって、エアはうなだれていた。俺はそんなエアの頭にぽんと手を置いた。


「やったことはしょうがないさ。それに態とじゃあないんだろ?」

「だからって、許されない」

「思い詰めるなとは言わないよ。それはきっとエアが反省したいっていう強い思いの裏返しだからな。でも俺はエアはエアで出来ることを一生懸命やったと思うよ」

「…」


 押し黙るエア、頭に乗せた手をゆっくりと動かし優しく撫でる。


「どうにもならない失敗って一杯あるよ。取り返しのつかないことしちゃうこともある。でもそれで心折れちゃいけないんだ、しゃんと立って足上げて前に進むしかない。許すとか許されるとか関係ない、そうやって生きていくんだ」

「皆様を危険な戦いに巻き込むとしてもですか?」

「巻き込まれたんじゃない、選択したんだ。俺たちは竜に会って印をもらう必要がある。それぞれの夢のためにな」

「夢…」

「でも最近になって夢とか言ってられない状況に巻き込まれることがあった。確実に存在を許してはいけない奴の陰謀が動いている。その陰謀に俺と仲間たちが組み込まれたかもしれないんだ」

「もしかしてそれが」

「今もう一人のエアから話を聞いているシェイドの陰謀だ。そいつの望みは醜悪で、夢も希望もないのさ」


 本当はシェイドの名を口にするのもおぞましい、そしてそれ以上に恐ろしい。あの化け物は正直手に負えるのか分からない。


 その生き様も思想も何もかも理外の存在なのだ。いずれまた対峙する時が来るかもしれない、それを思うと体が震える自分がいた。


 だからこそと俺は力を込めてエアに言った。


「だけど俺たちは夢を追うことをやめちゃならないんだ。そこに何が待っていようとも、俺たちは竜の印を集めて伝説の地へと行く。恥を晒そうと泥にまみれようと、俺は夢見ることを諦めないし最後まで父さんと同じ冒険者でいたいんだ」

「アーデン様…」

「眷属ってのが何なのか俺にはまだよく分からないけど、エアにはエアのやりたいこと、やらなきゃいけないことがあるんじゃあないか?それを諦めてしまっていいのか?」


 俺はそれからエアにあの冒険者たちのことを語った。特殊個体の存在を注意喚起していたギルドの情報をおろそかにしたミス、慣れた環境だからという理由で魔物に対する警戒を怠った驕り、それらは彼らが選択したことが招いた結果だった。


 そしてエアの功罪についても自分なりの考えを伝えた。貴重かつ重要な竜の手がかりの管理がずさんであったこと、それによって特殊個体が生み出されたこと、それは確かにエアに責任がある。


 しかしエアはそのミスを取り戻そうと奔走していた。どこにいるのかも分からない俺たちを探して街を走り回り、不審に思われるのを覚悟で冒険者ギルドへ行き、そして俺たちを見つけると魔物を退治してくれと頭を地につけて頼み込んだ。小さな体を震わせながらも、責任と向き合い出来ることを探した。


「全部が全部俺の考えが正しいって訳じゃあない。エアが自分に感じる罪悪感だってあるだろう。だけど今は自分に絶望するんじゃあなくて、最後の鍵を手に入れることを考えよう」

「…はいッス」


 俺はエアにハンカチを渡した。涙を拭いてもらおうと渡したのだが、涙を拭ったあとに鼻をかまれた。


「アーデン様ありがとうございますッス!元気がでたッス!」


 鼻水でべとべとになったハンカチを笑顔で返してくるエア、俺はそれをつまみあげると苦笑いをして言った。


「そ、それならよかったよ」

「はいッス!私皆様を起こしてくるッス!もう朝日はすっかり昇っているッス、早起きして朝ご飯ッス!!」


 エアはそう言うとシュッと飛ぶようにテントに向かってしまった。元気になったようでよかったなとそれを見送ると、俺はハンカチを持って近くの川へ洗濯に向かった。




 俺たちはロックビルズの街に戻った。俺は宿に戻らず、まずカイトを連れて冒険者ギルドへと向かった。カイトには爆風で弾けとんだアーマークロコダイルの鱗を持って街を歩いてもらった。敢えて目立つようにしたかった。


 冒険者ギルドの中へ入ると、アーマークロコダイルの鱗を見た人たちがざわめき始めた。とても巨大なので見たこともないだろう、実際俺たちもアーマークロコダイルと戦って初めて見た。


 話は想定通りにすいすいと進んだ。正直ここまで騒がせてしまって申し訳ない気持ちで一杯だったが、特殊個体出現の可能性を注意喚起するだけでは不十分だとヘ・ハハ遺跡で思い知った。


 俺が冒険者ギルドに飲ませたかった要求は、ト・ナイ遺跡の厳重警戒と特殊個体出現の調査だった。そこまでギルドの手が入れば、冒険者が迂闊に遺跡に近づくことはなくなる。特殊個体の魔物による犠牲者を減らすことが出来るはずだ。


 そして恐らく特殊個体の討伐依頼が出る。その依頼を俺たちで受けられることが理想的だが、それは不公平というものだろう。他の冒険者と違って俺たちは事情を深く知りすぎている。


 だが俺の考えとは逆にカイトが一歩前に出た。


「もし特殊個体がいたとしたら俺たちに討伐の依頼を受けさせてくれ」

「ちょっ、カイト」

「黙ってろアー坊。俺ぁここは譲らねえ」


 カイトは俺の制止をふりきって頑としてその要求を譲らなかった。他の冒険者にとって不公平だとかそういう事情はまったく関係ないという態度を崩さなかった。


「申し訳ありませんが」

「ほらな、ここは引き下が…」

「あなたたち以上にその依頼を受けられる冒険者がいません。それにすでに二匹の特殊個体をここで討伐している。実績は十分、誰も文句をつけないでしょう。むしろ受けてもらわなくては困ります」

「ありがてえ恩に着るぜ」


 冒険者ギルドとしても俺たち以外に任せる気は最初からなかったようだ。ありがたいという気持ちと、絶対に失敗は出来ないという引き締まる思いで一杯になった。


「分かりましたその時はお任せください」


 俺はそう言うとカイトと共にギルドを後にした。

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