ヘ・ハハ遺跡
次の目的地はヘ・ハハ遺跡、カイトの怪我は一晩ぐっすり眠ったらすっかり治った。体の動きにも問題ないというので、ロックビルズに寄って準備を整えてから出発することになった。
レイアとカイトが買い出し、アンジュとエアで目的地までの経路を確認、俺はチ・テテ遺跡で討伐したリザードマンについて冒険者ギルドへ報告に向かった。
鍵を取り込んで特殊個体化したという特殊な事例ではあるけれど、特殊個体の討伐は証拠を持ち込み、検証して認められれば事後報告でも賞金が出る。貰えるのなら貰っておきたいという気持ちもあったが、取り合えず安全になったと報告するだけでも意義がある。
受付の人に冒険者登録タグと証拠品として持ち帰ったものを提出する。半ば形見分けのようなかたちで渡されたロングソードと、証拠になるか分からない体の一部を剥ぎ取ってきた。ロングソードは好きにしていいと言われたが、できれば返却してもらって墓標にしてあげようと思っている。
「これは…、本当にリザードマンが使っていたものですか?」
「ええ。何故そんなことを?」
「普通リザードマンが振り回していたものがここまで綺麗なことはありません。刃こぼれもない、手入れもされている。こんなもの見たことも聞いたこともありませんよ」
カイトが言っていたけれどまさしく武人といったようなリザードマンだった。冒険者から剥ぎ取ったものを粗雑に扱う他の個体とは明らかに扱い方に差があるのだろう。
「戦闘記録も確かですし、これは特殊個体で間違いないようですね。一応検証委員会に判断を仰ぎますが、恐らくすぐに結論が出ると思います」
「それほどまでに特異だと?」
「断言できます」
あのリザードマンの実力が認められた気がしてちょっと誇らしかった。別にそういう意味で特異だと言っている訳ではないと分かっていてもなんだかそう思ってしまう。
「登録名はどうしましょうか。今回はギルドが把握する前の特殊個体だったので、権利はアーデン様たちにあります。便宜上必要なものなので放棄してもらっても全然構わないのですが」
「あ、じゃあいいですか?」
俺は申請書を受け取ると特殊個体名に「武人トカゲ」と記した。あいつが語った魔物の命が無意味だという言葉に答えはでないけれど、少なくともこれで俺たちの中に記憶と、そして冒険者ギルドの記録として残り続けることになる。
これは俺のただの自己満足だ、だけどこれで無意味な命からは少し遠のいたと思った。
宿屋で皆と合流する、それぞれの成果を報告して一泊してから俺たちはヘ・ハハ遺跡へと向かう。
ロックビルズから少々離れた位置にあるヘ・ハハ遺跡、しかしゴーゴ号があれば距離は問題にならない。行って帰ってくるだけの余裕がある。
エアはカイトに抱えていてもらうことになった。危険な乗り方だがエアも含めてゴーゴ号に乗るにはこれしかない、サイドゴーゴ号に乗って膝の上で抱えられているエアは、ゴーゴ号の速度に黄色い声を上げていた。
「すごいッス!風になってるッス!!」
「エアちゃん、あんまりはしゃぐと危ねえぞ」
「あっ!カイト様見てくださいッス!あれッスあれ!」
「ちょっ、手え出すなって危ねえから!」
はしゃぐエアを相手しているカイトは初めて見せる顔をしていて面白かった。とは言えこのまま任せきりでは忍びないので少しだけスピードを上げて先を急ぐことにした。
ヘ・ハハ遺跡手前でゴーゴ号を降りると、何やら遺跡の方が騒がしいのに気がついた。俺とカイトで様子を見に行くことになりそこへ向かうと、冒険者パーティーが一組、ボロボロに負傷して倒れていた。一人だけ無事だったのか仲間を介抱しながら名前を呼び続けている人がいた。
急いでその人に駆け寄った。倒れている仲間は四人で、それぞれ重傷を負っていた。無事な一人も傷だらけでボロボロだった。
「おいどうした!?何があった!?」
「あ、あんたらは?」
「ここの遺跡の探索にきた冒険者です」
俺が登録タグを見せると遺跡漁りの類ではないと分かって安心したようだった。しかしそれも一瞬だけで、すぐに取り乱してすがってくる。
「な、なあ頼むよ!俺の仲間を助けてくれ!皆やばいんだ、回復薬を飲ませたけど全然駄目で…」
すがりついてくるこの人には悪いが、全員もう虫の息といった様子だった。アンジュは一応治癒魔法が使えるけれど、専門でもなければ得手でもない。応急処置にもならないだろう。
それでもこのまま見捨てておく訳にはいかない。俺はカイトにその場を任せて、残してきた三人を呼んだ。怪我の様子を見たアンジュは、生き残った人に気づかれないように、残念そうな顔で俺に向かって頭を振った。
「駄目か?」
「もうちょっと早かったら違っていたかもしれませんがこの様子では…」
治癒師がいるロックビルズまで動かすこともできない、それまで保つ体力がないし、動かしたら逆に危険かもしれなかった。
「それでもやってくれ。気休めにしかならないけど、その気休めがあの人には必要だ」
「そうですね。では彼のことはお願いします」
俺はアンジュの言葉に頷いた。俺はアンジュが治癒魔法をかけている間に、カイトが様子を見ている生き残った冒険者の所へ向かった。
「今俺の仲間が治癒魔法をかけています。手は尽くしますが恐らく…」
「いや、いいんだ。ありがとう。分かっていたんだもう無理だって、それでも諦めきれなくってさ。悪かったな手間かけさせて」
「なあ、こんな時に悪いけれど何があったのか聞かせてくれるか?」
倒れている四人の傷の様子は、腕がねじ切れていたり、足が骨ごと潰されていたりと凄惨な様子だった。切り傷のようにも噛み跡のようにも見えるばっくりと開いた切り傷が生々しい。
「あれはどう見ても普通じゃあないだろ」
「ああ、普通じゃあない魔物にやられた。ギルドから注意されていたのに軽くみたんだ。ずっとこの辺で活動してきたし、この遺跡は魔物の強さもそれ程危険じゃあない」
「慣れた場所によく知った魔物。もし特殊個体と化した魔物がいたとしても討伐できるだろうって思ったんだな…」
カイトの言葉に黙って頷いた。そんな彼の背中をカイトがぽんぽんと優しく叩いた。すると堰を切ったように泣き始める、俺はその様子を見て言葉もなかった。
冒険者ギルドとしても、注意喚起はしても結局は個人の判断に任される。よほどのことがなければ封鎖などの措置は取らないし取れない。
だからこれは彼らの責任だ。エアが鍵を落としたことに原因はあるが、彼女はそれによって引き起こる問題をなんとかしようと奔走していた。起きたことを庇うことは出来ないが、きちんと自分の責任で解決の方法を模索していた。
そして冒険者ギルドに特殊個体が出現したことを説明したし、それについての注意もしっかりとされていた。情報を軽んじて準備を怠ったことは擁護出来ない。
それでも命が失われるのは痛ましい。人目をはばからず泣きじゃくる姿から見ても固い絆で結ばれたパーティーだったと思える、彼はこれからこの選択を一生後悔していくのだろう。
「アーデン」
「レイア、どうだ?」
「駄目。でも治癒魔法のお陰で最後は顔が安らいでいた」
「…救いになればいいけどな」
「それはきっと誰にも分からないわ」
俺とレイアは揃って祈りを捧げた。せめて安らかであれと願う。この気持ちが強くなったのは、旧帝国領の魔物シャドーの存在と武人トカゲとの出会いがそうさせたのだと思う。
それから俺たちは冒険者たちの火葬を手伝った。ここから一人で四人を運ぶのは無理だし、慣例として冒険先で亡くなった冒険者は余裕がある時はそうすることになっていた。
結局その日の作業は一日がかりとなった。翌朝彼は四人の遺灰と登録タグを持って街へと帰っていく、その寂しそうな背中を見送った俺たちは改めてヘ・ハハ遺跡に挑むことになった。