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潔く散る

 戦いを終えたリザードマンはどっしりと座っていた。どうやら本当に攻撃する気はないようだ。俺はますます魔物とは思えない理知的な奴だと思った。


「話の前に、あの剛の者は無事か?」

「カイトのことか?」

「怪我は酷いけどカイトなら大丈夫。ちょっと訳ありで頑丈なの、怪我も一晩ですっかり治るわ」

「ほう。只者ではないとは思っていたが、どうやら複雑な事情がありそうだ」

「そういうの分かるんですか?」

「剣を交えた相手のことだ。それだけで多くのことを知ることが出来る」


 そんなものだろうかと思うが、このリザードマンにだけは分かるのだろう。ただ肩を並べて戦う仲間のことは確かに深く分かる気がする。


「ではこれで心置きなく語らうことが出来るな」

「じゃあ早速いいか?魔物の命が無意味ってのはどういう意味だ?」

「うむ。お前たちは魔物が死したとしても消滅しないことは知っているか?」

「消滅っていうか、減らないんでしょ数が」

「遺跡内外の魔物でも関係なく同様だと聞いたことがあります」


 詳しくは知らないけれど一応知識としてはある。例えば小さな遺跡に棲む魔物を一掃したとしても、翌日どころか数分後には魔物が再度湧くという。リザードマンの言う消滅しないという表現でも間違いではないだろう。


「魔物の体は殆どがマナによって構成されている。死した魔物の体からは大量のマナが放出され剥がれる、そしてそのマナはお前たちが秘宝と呼ぶものに吸収され魔物として再構成される」

「ひ、秘宝!?」

「そうだ。つまり我々魔物は、秘宝が生み出したアーティファクトとも言える存在なのだ」


 俺とアンジュも大きなショックを受けたが、一番ショックを受けた表情をしていたのはレイアだった。俺たちの中で一番アーティファクトに思い入れがあるのはレイアだ。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!それって、いやそれは…」

「レイア落ち着け」

「駄目っ!落ち着かない!だってそんな、いくら秘宝が私たちにとって理外のものだとしても、命すら作り出すっていうの!?」

「そうだ。我ら魔物はマナによって形成され、マナが離れることによって命を失う。そして別の魔物に作り変えられて別の生を受けるのだ」

「魔物としての生を繰り返していると?」


 アンジュの問いかけにリザードマンが頷いた。


「我々にその認識はないがな、我も鍵を腹に収めて初めて知ったことだ。この知能が呼び起こされたも鍵の影響だろう」

「だけどリザードマン、俺は竜の手がかりを取り込んだことのある魔物を知っているがお前のようになりはしなかったぞ」

「それは我にも分からぬ。個体差なのか、それとも偶然なのか。理由は分からんな」

「知能が呼び起こされたという表現が気になりますね、どういう意味ですか?」

「意味は分からぬ。ただそう感じたまでに言っただけのこと。しかし確実に言えることは我はこれほどまでに剣を扱えはしなかった。これは我の技術ではない」


 言っていることの意味の殆どが理解不能だった。魔物がアーティファクト、命を繰り返している、それを行っているのが秘宝。どれもこれも情報に頭が追いつかない。


「我が魔物の命が無意味だと言ったのは、魔物が永遠の命に囚われ続けていると知ったからだ。我々は死しても安らがず、作り直されまた戦い命を奪う。実に不毛だと思わないか?」


 その問いに答えられる者は誰もいなかった。リザードマンも答えを期待しているようには見えなかった。それはなんだか、リザードマンが発した愚痴のようにも思えて、悲しいくらい人間くさい奴だと鼻の奥がツンとした。


「ではそろそろ参ろうか。お前のそのアーティファクトは斬ることも出来るのか?」

「ファンタジアロッドのことか?」

「そうだ」

「まあやろうと思えば出来る」

「では介錯を頼む」


 リザードマンはそう言うと剣を掴んで腹に突き立てようとした。慌てて一度止めに入る。


「待て待てどういうことだよ!」

「む?腹の中の鍵が欲しいのではないのか?」

「それはそうだけど…」

「ではこれより他に方法がない。我が死ななければ鍵は取り出せん、そして出来ることなら誉れ高く死にたいと思う。我が腹を割く、お前が我の首を落としてくれ」


 リザードマンの表情は分からない。だけど本気で言っていることだけはひしひしと伝わってくる。


「でも俺そんな経験もないし、その…」

「なに、普段通りだ。他の魔物と対処する時と同じだ。少々方法が違うだけだ。我を憐れむ心があるお前になら任せられる」

「どうしてそれを…」

「気づいていないだろうが鼻声だぞ」


 指摘されそっと頬を指で拭った。僅かに涙に濡れていた。拭った手をギュッと握りしめ俺はリザードマンに聞いた。


「…それがお前の望みなんだな?」

「そうだ」


 ふーっと長く息を吐き出す。そしてぐっと腹に力を込めた。しっかりと決意をしてリザードマンに告げる。


「分かった。任せろ」

「かたじけない。最後によき戦いが出来た。それを誇りに思って逝くことにする」


 それがリザードマンとの最後の会話だった。




 レイアとアンジュ、そしてカイトの怪我を見てくれていたエアと合流した。俺の手には風の鍵の一つが握られていた。


「終わったの?」

「ああ」

「そ、お疲れさま」

「うん」


 俺とレイアの会話はそれだけだった。それだけで十分だった。俺はエアに手に入れた鍵を見せた。


「これで合ってるよな?」

「はいッス。風の鍵の一部ッス」

「それが一つ目か、アー坊」

「カイト!もう起きられるのか?」

「ああ、流石に折れた腕はまだくっつかないがな」


 片腕だけで体を起こしたカイトは、二度三度ぐっぐっと足に力を入れて感覚を確かめるとしっかりと立ち上がった。


「変な奴だったな、あのトカゲ野郎」

「でもとてつもなく強かった」

「だからムカつくんだよ。悪かったな、最後まで立っていられなくて」

「それは仕方ないでしょ。あんたが体を張ってくれたから勝てたのよ」

「…悪いがお嬢、そういう問題じゃあねえんだ。これは俺が俺に苛ついているんだ。俺ぁ最後までお前たちの前に立って踏ん張ってなきゃならねえのによ、それができなかったんだ。不甲斐ねえったらねえよ」


 カイトは悔しそうに唇を噛み締めていた。俺はそれを否定も肯定もしなかった。こういう時に何を言われても聞けやしないのを分かっている、不器用だけどそういうものだ。


「皆さん色々と思うところあるのは分かるのですが、今ここは遺跡の中です。奥まった場所なので魔物はまだ出てきていませんが、目的を達した今早急に撤退するべきかと」

「そうだな、アンジュの言う通りだ。話したいことも全部後にしよう。俺が先頭で警戒する、極力戦闘は避けていこう」


 皆は頷いて応えた。俺も頷いて返すと、ロッドを手に取り歩き始めた。




 遺跡を出ると日が落ちかけていた。チ・テテ遺跡はロックビルズからそう離れた場所ではないが、万全の状態ではない今はカイトの治療を優先してキャンプをすることにした。


 開けた場所を見繕って準備をする、レイアはカイトの様子を見たいと言ってテントに入った。アンジュはそれに付き添っている。


 俺はエアと二人で焚き火を前にして座っていた。すぐに食事の準備に取り掛かる気にはなれず、取り敢えずお湯を沸かしてお茶を入れた。


「ほらエア、熱いから気をつけろよ?」

「ありがとうございますッス。いただきます」


 予め気をつけろと言ったのに、エアはお茶に口をつけた瞬間「アチッ」と言って舌をべっと出した。その様子がおかしくって俺は思わず笑ってしまった。そしてようやく自分のこわばった顔がやわらいだことに気がついた。


 衝撃的な話しを聞いて、もっと衝撃的な死と向き合った。こんな経験はそうそうないだろう、カイトの言う通りつくづく変なトカゲだったと俺も思った。


「あのう、ちょっといいッスか?」

「どうした?お腹空いたか?」

「はいッス!…じゃ、じゃなくてですね、実はシルフィード様から言伝がありまして」

「言伝?」

「アーデン様たちが風の鍵を一つ手に入れる度に話すようにと言われていることがあるッス。勿論カイト様が回復してからにしますが、一応内容だけ伝えておけとシルフィード様が…」

「なんだか随分慎重だな、どんな内容?」


 俺はそう言うとお茶に口をつけた。そしてエアが発した言葉に思わず含んだお茶を吹き出しそうになる。盛大に咳き込んで胸を抑えた。


「だ、大丈夫ッスか?」


 オロオロとするエアに俺はもう一度発した言葉について確認した。


「エ、エア、もう一度言ってくれ、聞き間違いだと思いたい」

「は、はいッス。シルフィード様からの言伝の内容は、シェイド・ゴーマゲオに関するものッス」


 聞き間違いではなかった。俺はため息を吐いて頭を抱える、まさかここでその名前を聞くとは思わなかったし、それも竜の関係者から出てくるとはもっと予想がつかなかった。


 兎に角一人では絶対に聞けない話だ、俺たち全員に関わりがあることだし、何より俺が受け止めきれない。皆早く戻ってきてくれと俺は心の中で思った。

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