VS.武人トカゲ その2
レイアの危機にフレアハートを起動したカイト、赤熱するフレアハートはカイトの体にマナエネルギーを行き渡らせ能力を更に引き上げる。
「オオオオオッ!!」
リザードマンに肉薄するカイトは拳のラッシュを叩き込む。疾風怒濤の拳打、大岩も容易く砕く威力を前にしてもリザードマンは冷静だった。
勿論リザードマンは防御もしているが、カイトはそれ以上にいい知れない奇妙な手応えを感じていた。
体に拳が届いているのに効いている感覚がなかった。風に揺れる布を撫でているかのような手応えのなさ、不気味な気配にカイトはラッシュの勢いを強めた。
「見切った」
「ッ!?」
剣の防御でバチッとカイトの拳が弾かれた。威力も速度も引き上げられているはず、防がれたところで剣を打ち砕く自信がカイトにはあった。それを裏付けるだけの膂力も持ち合わせていた。
しかし拳は弾かれた。カイトの焦りは高まった。弾かれた拳を握りなおすと、更にフレアハートの出力を引き上げてラッシュの勢いを強めた。
だがどれだけ拳を叩き込もうとも、先ほどよりも手応えのなさが顕著になっていた。理由も分からないままそれでもいつかはリザードマンを砕くだろうとカイトは拳を振るい続けた。
「強いな」
「あ?」
「確かにお前は強い。恐らくお前の身体能力は人間の限界値だろう、何が混ざっていようとそれは誇っていい」
「ごちゃごちゃうるせえな!」
「その才能をここで摘まなければならないのは残念に思う」
その言葉を最後にカイトの拳はしっかりと命中して打ち砕いた。ただしリザードマンをではなく壁をだった。いつの間にか壁際まで誘導されていた。
殴っている感覚がなかったのは、拳の衝撃が伝わる前にリザードマンが体を反らし少しずつ下がっていたからだった。カイトがそれに気がつくことが出来なかったのは、剣による防御が挟まれていたからだった。
拳に叩いている感触を織り交ぜることで異変に気が付かせないリザードマンの巧みな技術だった。カイトの拳を見切ってからはもっと下がる幅を大きくした。しかし焦るカイトはそれに気がつくことが出来なかった。
壁際まで下がった時リザードマンは上へ跳んだ。そして落下の勢いを利用して、体重をかけてカイトの腕の上へのしかかった。腕が折れる鈍い音が響いてカイトは痛みに悶えた。
そしてフレアハートの稼働限界も同時に訪れる。流石にリザードマンもそれは狙っていた訳ではなかったが、僥倖という他なかった。虫の息となったカイトの体を蹴り飛ばし壁から離れると、とどめを刺しにかかる。
だが壁を背負うことを嫌ったリザードマンが取った行動は裏目に出た。アーデンはカイトの体にファンタジアロッドを伸ばして巻きつけると引っ張って助け出した。アンジュが治癒魔法で応急処置をするが、戦線に戻ることは出来ない。
しかしカイトは戦闘不能になったものの、リザードマンは息の根を止めることには失敗した。絶好の機会をアーデンたちに阻止されたのだ。
「大人しく見ているだけとは思わなかったが、この行動は果たしてどちらが勝つと読んでいたものかな」
「カイトはまだ負けてないだろ」
「む?」
「俺たちは仲間なんだよ。誰か一人でも立って戦い続けていれば俺たちは誰も負けたことにならない。カイトが負ける時は俺たちが負ける時だ。間違えるなよリザードマン」
アーデンはそう啖呵を切ってロッドの先をリザードマンに向けた。レイアとアンジュもアーデンと同じ目をしてリザードマンを睨みつけていた。
リザードマンはアーデンたちの絆に感嘆した。そして告げる。
「仲間の絆実に見事。しかし最大戦力を失った今我に勝つ算段があるのか?」
「あるよ。カイトは最高の仕事をしてくれた。甘く見るなリザードマン」
アーデンとリザードマンは互いの武器で打ち合った。アーデンは棍形態でリーチの長さを生かして立ち回る。
力では圧倒的にカイトにもリザードマンにも劣るアーデンだが、ファンタジアロッドを活用することで差を埋めていた。
剣の一撃を受け止めた際、反対側のロッドの刀身に弾性をもたせて伸ばす。地面につけるとぐぐっと押し込み、反発力を利用してリザードマンの腕を跳ね上げる。
すかさず喉とみぞおちを突いてから、ぐるりとロッドを回し遠心力をつけリザードマンの頬を思い切り叩く。更に手を返して叩いた方向と逆の方向へと叩きつけた。ロッドによる連撃にリザードマンも思わず苦痛の声が漏れる。
しかし致命傷には至らない。アーデンの攻撃は何発か有効にダメージを与えるものの、リザードマンのタフネスであれば無視出来る余裕があった。打ち合いになるとアーデンは攻勢よりも守勢に専念しなければならなかった。
レイアとアンジュはアーデンを支援するために動いた。レイアはアーデンが一度離れた隙間をバイオレットファルコンの銃撃で埋めた。リザードマンがレイアを狙おうとするが、体勢を立て直したアーデンがまた食らいつく。
強力な攻撃を加えようとリザードマンが足を踏み込むと、すかさずアンジュが地面に向けて魔法を放つ。
『ブースト・岩挟!』
ぱかっと割れた地面がリザードマンの片足を挟む。ブーストによって強化されていてすぐに足を抜くことは出来ない。アーデンはその隙を利用してリザードマンの胸部や腹部に攻撃を加えた。
連携の取れた動きにリザードマンは満足のいく行動が取れないでいた。しかし同時にアーデンたちの弱点も見抜きつつあった。
決め手に欠けている。ちくちくとダメージは重なっているものの、一発で決めきる攻撃がない。そうリザードマンは見ていた。
事実アーデンたちは決めてに欠いていた。レイアのバイオレットファルコンの主砲、アンジュのブースト魔法による一斉掃射、勝負を決めきれる威力はあってもそれを撃つ余裕がなかった。どちらも準備のタメだ必要で、それを察知すればリザードマンはすかさず潰しにかかってくるのは分かっている。攻撃の手を止める訳にはいかなかった。
それならばとリザードマンは息を吸い込んだ。本来使うつもりのなかった力だったが、状況を打破するためにはやむなしと割り切った。
何かがくると気配を察知したアーデンは咄嗟に防御の姿勢をとった。リザードマンは吸い込んだ息にマナを混ぜ合わせて火の息をアーデンに吹きかけた。至近距離で火の息を浴びせかけられたアーデンは、思わず飛び退いて地面を転がった。
「アーデンッ!」
「アーデンさんッ!」
すかさずアンジュが駆け寄ってダメージとやけどの治癒をする。アーデンはなんとか立ち上がることが出来たがダメージは大きかった。
「そんな手品も使えたんだな」
アーデンの言葉にリザードマンは残念そうに頭を振った。
「使う気はなかったがな。この剣技のみで勝つつもりであった」
「舐めやがって、だが仕込みは済んだ。これで決着をつける」
「ほう?強気だな。もうお前は我に近づけまい」
リザードマンの言う通り、一撃で決めきることが出来ない今、アーデンはどうしても守勢に意識を割かなければならない。しかしリザードマンの近くでは火の息に焼かれてしまう。迂闊に肉薄することは不可能だ。
しかしアーデンは強気の表情を崩さない、その態度を妙に思いリザードマンは疑念を抱く。
「仕込み?一体何を考えている?」
アーデンたちとの打ち合いの中で大きなダメージを負ってはいない。無傷という訳ではないが、勝負を決めきれるほどではなかった。
だからこそ妙だった。そしてその疑念は次の瞬間に分かることになる。
『ブースト・氷縛!』
アンジュの魔法がリザードマンの剣を握る手首を縛った。氷で出来た魔法の縄は、ブーストで強化されているとはいえリザードマンにとっては容易いことだった。
だがそれは、手首にダメージがない場合の話だった。
「っ!動かん…」
動かないどころか剣を手から落としてしまう。そしてようやくリザードマンは自分の身に起こっている変化に気がついた。
「そうか、あの剛の者の仕業だな」
「当たり。あんたは確かにカイトの攻撃を捌き切っていた。だけど確かにそのダメージは蓄積されていたんだ。だってあの馬鹿力だからな、完璧にダメージを殺し切ることは無理だ」
「そしてお前たちは守勢に徹し我に剣を振るわせ続けた。攻撃も手や腕を避けて意識をそこから逸したということか」
アンジュがリザードマンをしっかりと睨みつけて言った。
「カイトさんを治療した時、こっそりと一言だけ手首と言ったんです。その時私には意味は分かりませんでしたが、アーデンさんの動きを見て分かりました」
「私たちはそれに合わせて動いたの。アーデンとカイトを信じてね」
話を聞き終えた後リザードマンはふうと一つ息を吐いた。そしてゆっくりと言葉を発する。
「負けだな。潔く死を受け入れよう」
「あ?追い詰めはしたがあんたまだやれるだろ?」
「負けを認めた時、それが我の死する時。仲間との絆実に見事なり。それにお前たちが生き残れたら話すと言っただろう、我は約束を違えぬ」
「魔物の命がどうのってやつ?気にはなっていたけど何なのそれ?」
「教えてやる。が、悪いが拘束を解いてもらえるか?もう攻撃はせん。最後にはちゃんと鍵も渡す」
アーデンたちは顔を見合わせてどうするかと視線を送りあった。そして全員がうんと頷く。
アンジュは魔法を解いて拘束を外した。リザードマンはどかっとその場に座ると、アーデンたちにも座るように促した。理知的で高潔な性格のリザードマン、信じ切った訳ではないが話を聞いてみたいという気持ちは本当だった。