VS.武人トカゲ その1
チ・テテ遺跡を進むアーデン一行は魔物を退けながら奥へと進む。冒険者ギルドから支給された地図もあったが、遺跡内部を知っているエアがついていたので道に迷ったりすることはなかった。
しかし遺跡を進む道中で、風の鍵を取り込んだと思わしき魔物は出現しなかった。エアが鍵を落とした場所を探さなければいけないのかという苦労を考えると、広い遺跡をくまなく探索する必要があって非効率だった。
そんな悩みを抱えだした時エアが言った。
「もしかしたら魔物は鍵の安置場所に向かうかも知れないッス」
「どうして?」
「安置場所も鍵の影響を受けて特殊なマナが満ちているからッス。鍵の影響を受けている魔物なら、よりそのマナに引き寄せられるかも知れないッス」
エアのその言葉でただやみくもに探すより可能性が高いという判断が全員一致でくだされた。それからアーデンたちは鍵の安置場所であるチ・テテ遺跡の最奥を目指して進むことになった。
「こっちッス。そろそろ近いッスよ」
エアが指さした先の扉をカイトがゆっくりと開いた。扉の奥には広い部屋があった。
そして予想した通りのものが部屋中央に鎮座していた。
ひりつくような殺気を感じて皆押し黙る、エアを中に入れるには危険だと判断したアーデンは、身を隠し待っているようにと伝えた。エアは頷き距離を取って隠れる。
四人が部屋の中に入るとどっしりと座っていたその魔物が立ち上がった。人型の魔物ではあったが、予測に反して一匹だけであった。しかしその一匹が並々ならぬ気配を漂わせている。
魔物はリザードマン、トカゲに似た姿をした人型の魔物だ。筋骨隆々な肉体は頑丈な鱗に覆われおり、人型であるゆえか冒険者から剥ぎ取った武器を使いこなすこともある。
チ・テテ遺跡最奥にいるリザードマンも剣を携えていた。ゆっくりとした動きで鞘から剣を抜く、真っ直ぐで両刃のロングソード、両手持ちの大きさだがリザードマンは片手で軽々と担いだ。
「人か、ただの人ではない冒険者だな」
アーデンたちは全員目を丸くして驚いた。リザードマンが人の言葉を喋って話しかけてきたのだ、喋る魔物など見たことも聞いたこともなかった。
「強者の気配が近づいているとは思っていた。これは確かに中々の強者共よ、我が感覚に鈍りなしか」
「おいおいマジかよ。お前さん喋れるのか?本当に魔物か?」
カイトがそう聞くとリザードマンは短く頷いた。
「そうだ魔物だ、ここに棲む魔物だ。何の変哲もない魔物の一匹だった。しかし妙な形の物を拾い食いしてから妙に頭が冴えてな、こうして人の言葉を喋るまでになった」
「拾い食いは腹壊すぜ」
「頑丈にできていてな、その心配もない。それにどうせ魔物が命は塵芥と同じもの、何を食らい散ったとて悔いも残らぬ」
言葉を喋ることもありえないことだが、会話が成立していることも衝撃的なことだった。否が応でも警戒心は高まっていく。
「お前が食べたものが必要なんだ。どうにか渡してくれないか?」
「無理だな。その気もなければ自ら取り出せるものでもない。欲しくば戦い我が骸から腹を割いて持っていけ」
「やっぱり戦うしかないか」
アーデンはやり取りの中で問答無用であることを悟った。ファンタジアロッドを展開し構えるも、気になることがあってリザードマンに問うた。
「確かに俺たちは魔物を殺すけれど、その命が塵芥だなんて思ったことはないぞ。何故魔物のお前がそんなことを言う?」
「それが真実だからだ。それが我には分かった。食ったもののお陰でな」
「そう卑下するもんじゃあないぜ」
「卑下ではない。魔物の命が無意味なのは事実だ。気になるようなら教えてやってもいい。だがそれもお前たちが生き残れたらの話だがな」
リザードマンは剣を構えた。それは堂に入った構え、一目見ただけでアーデンたちの間には緊張感が走った。それでも負ける訳にはいかない、負けじとアーデンたちも己の武器を構えた。
先陣を切ったのはカイト、拳を握りしめ吶喊する。しかし思い切り振り下ろされた拳は空を切り地面を砕いた。
リザードマンはほんの数歩だけ下がった。圧倒的身体能力を誇るカイトの突撃速度と攻撃の間合いを一瞬で見抜いたのだった。だから最低限の動きだけで済んだ。
そしてただ避けるだけではない、リザードマンの鋭い爪の生えた足で地面を捉え、下げた足をしっかりと地につけ踏み込む。流れるような動きで回避からの攻撃につなげていた。
いくらカイトが身体能力に優れているとはいえ、攻撃したばかりで崩れた姿勢のままでは避けることも防ぐこともままならない。最小限の動きで振り下ろされる剣は目にも止まらぬ速さでカイトの首を落とす軌道を描いた。
『ブースト・炎弾三点バーストッ!!』
その剣の動きを止めるためにアンジュが動く、六点まではセットが間に合わなかったが、その分狙いを正確につけた。振り下ろされる剣に命中し僅かながらの隙が生まれる。
それを利用してカイトは一度距離を取った。炎を振り払い追撃をかけようとするリザードマンだったが、カイトと入れ替わるようにアーデンが前に出る。
ロッドを二本に分け双剣形態へ切り替える、リザードマンが振り下ろす剣を二刀を交差させるよう構えて受け止めた。ミシッと重たい衝撃に、受け止めたアーデンは奥歯を食いしばった。
「受け止めきれないッ!」
アーデンが受け止めた剣はググッと沈みこみ、徐々にその刃がアーデンまで届きそうになる。リザードマンの高い膂力も理由の一つだが、重たくて長い頑丈な尻尾が重心を安定させ力をより剣に伝えるのを助けていた。
アーデンの危機にレイアが動いていた。バイオレットファルコンを抱えて走り側面に回り込むとガチャリと銃口をリザードマンに向けた。
「アー坊ッ!!」
背後からのカイトの呼びかけ、アーデンは力を振り絞って剣を跳ね上げると、ロッドを棍形態に戻して後ろに伸ばした。カイトはそれを掴んで握りしめ、思い切り引っ張ってアーデンを体ごと引き寄せた。
無防備となったリザードマン目がけてバイオレットファルコンが回転し火を吹く、弾丸は着弾すると弾ける、幾重にも重なる弾丸の嵐はその威力を物語るように土煙を上げた。
一度に撃てる限界まで撃ち尽くしたレイア、まだ尚油断せずに土煙に銃口を向け続ける。土煙が晴れると苦々しい顔でレイアは舌打ちをした。
無傷とまではいかなくともリザードマンはバイオレットファルコンの銃撃を耐えきっていた。剣を用いて巧みに銃弾をいなして捌き切り、急所を避け鱗の厚い箇所で弾丸を受け止めた。体の頑丈さを生かした防御方法だった。
「これは、中々に肝が冷えたぞ」
「へえそうは見えないけど?」
「その道具、魔法ともアーティファクトとも異なるな。しかしそれらを凌ぐほどの恐ろしい威力侮りがたし」
レイアに対する賛辞はそのまま警戒度の高さを表す。真っ先に潰すべき標的を定めたリザードマンは、脱力からの滑るような足捌きでレイアへ肉薄しようとする。
その速さはまるで地面を浮いているかのようで、距離感を計りかねたレイアは動揺して次の動作に遅れが生じた。遠距離を保つ必要があるレイアにとっては致命的な隙となる。
「イグニッションッ!!」
カイトは掛け声でフレアハートに火を入れると、無理矢理リザードマンとレイアの間に割って入った。力任せに振り下ろされた拳の一撃、しかしそれもリザードマンは剣を使って上手く防いだ。
「お嬢はとらせねえぞ武人トカゲ」
「ほう、身にまとう気が変わったな、荒々しく煮えたぎるマグマのようだ。しかしたかだか力が強い程度で我が剣技に通用するものか」
「力だけかどうかその身で味わえや!」
カイトの拳とリザードマンの剣がぶつかり合う。衝突の衝撃で風が巻き起こったほどであった。アーデンとアンジュはレイアの元へ向かい救出した。
「どうするレイア?あの戦い、とてもじゃあないけど手が出せないぞ」
「私のせいだけどフレアハートを切るのが早かったかも。カイトがあのやたら強いトカゲを仕留めきれればいいけど」
「任せきりという訳にもいきません。私たちは私たちの出来ることをしましょう」
アーデンたち三人はそう言うと顔を見合わせて頷いた。対リザードマン戦、その戦いの流れは今のところリザードマンに握られていた。