エアの大ポカ
冒険者ギルドで待っていたレイアたちと合流する。受付の人には探していた子と会えたことを伝えた。
そして俺たちは一度宿屋に戻ってエアから話を聞くことにした。エアは部屋に入ると興味深げにキョロキョロとしている。
「えっといいかしらエア?」
「おっと申し訳ありませんッス、こういった場所は珍しくってつい見てしまったッス」
見渡すのをやめたエアはちょこんと正座した。それに倣うように俺たちも円座する、レイアとカイトが自己紹介するとエアも改めて自己紹介を返した。
「改めまして私はエアと言いますッス。シルフィード様の眷属ッス!」
「それだけどさエア、竜の眷属って何なんだ?サラマンドラとニンフに会ったけど、眷属なんていなかったぞ?」
「サラマンドラ様とニンフ様、あと皆さまがまだお会いしていないゲノモス様は人の言葉を喋ることが出来るッス。だけどシルフィード様は少々事情が違いまして言葉を届けることが出来ないッス。私はシルフィード様のご意思を伝えるためにシルフィード様から生み出された存在ッス」
言葉を喋ることの出来ない竜。サラマンドラもニンフも妙に人間味があったからそんな発想がなかった。当たり前のように言葉を喋るものだと思っていた。
「しかしなエアちゃん。俺もこんな意地の悪いこと言いたかねえんだけどよ、君が本当にシルフィードと関係してるって証拠はあんのかい?」
「そうね。疑いたいわけじゃあないけど、最近色々あったから」
カイトとレイアがそう言った。それは正直聞けるものなら聞きたいなと俺も思う、俺はエアから他の竜と会った時の気配を感じているので間違いないと思っているが保証はない。
「そうッスね…、ではアンジュ様とカイト様の印をこちらに見せてください」
「これでいい?」
「ありがとうございますッス。ちょっと見ていてくださいッス」
エアは二人の手の甲に向かって人差し指を向けた。そして空中で何かを描くようにすすっと指を動かした。
するとアンジュとカイトの竜の印が輝きを放ちはじめた。そこからぽっと小さな光の塊が出てきて宙に浮かんだ、アンジュからは赤い光が、カイトからは青い光がそれぞれ出てきた。
「むっ、この感覚はエアだな、それに久しい気配も感じる。アーデン、レイア、アンジュ、しばらくぶりであるな。もう一人は知らぬ気配だ」
赤い光が点滅して声が聞こえてくる。その声はとても聞き覚えのあるものだった。
「もしかしてサラマンドラなのか?」
「ああ、意識だけの存在だがな。しかしこうして話すことは出来るぞ」
「とすると、あなたはニンフなの?」
「ええその通りですレイア。竜は互いが遠く離れた場所にいてあまり干渉することはありませんが、必要とあらばこうして話し合うことが出来るのです」
レイアの言葉に青い光が反応した。サラマンドラとニンフの声だ、聞き間違えるはずがない。
「しかしエアよ、こう何度も呼び出すものではないぞ。我らの掟を忘れてはいまい?」
「あっ、それなんだけど。サラマンドラ実は…」
俺はサラマンドラとニンフに事情を説明した。自分たちがエアのことを疑って証拠を見せてほしいと頼んだこと、どうして疑り深く確認したかったかという理由を話した。
「だからエアは悪くないんだ。叱らないでやってくれないか?」
「…そうか事情は分かった。心配せずともエアはシルフィードの縁者だ、それどころかシルフィードの一部でもある、その存在は竜にも近しいものだ」
「私たちが存在をかけて誓いましょう。これでもまだ不安ですか?」
赤い光と青い光が交互に点滅した。
「いいや。すまねえなニンフ、あんたの言葉を俺が疑うなんてことはない」
「私も神経質になりすぎていたわ。エア、ごめんなさい。試すような真似をして」
「全然大丈夫ッスよ。謝らないでくださいッス」
話がまとまると赤い光と青い光はそれぞれアンジュとカイトの印の中へと戻った。俺たちはエアを信用すると決めると、頭を切り替えて場を仕切り直す。
エアは改めて俺たちを探していた理由について話し始めた。
「皆さまは竜に辿り着くための手がかりの存在は知っているッスよね?」
「ああ、サラマンドラに会った時もニンフに会った時もそれを集めて出会うことが出来た」
俺がそう言うとエアがこくりと頷いた。
「勿論シルフィード様にもそれがあるのです。それは風の鍵と呼ばれるもので、普段は三分割されチ・テテ遺跡、ヘ・ハハ遺跡、ト・ナイ遺跡に隠されています」
「それもサラマンドラとニンフの時と同じね。手に入れるには仕掛けを解いたりしなきゃいけない」
「はいッス。本当はそうなんです。だけどちょっと手違いがありまして…」
「手違い?」
エアはうつむいてゴクリと喉をならした。緊張して唾を飲み込んだのだろう、顔を上げたエアはしゅんとしていた。
「あの、竜の手がかりが特殊なアーティファクトなことはご存知ッスか?」
「うん」
「それが魔物に力を与えたりすることもあるってのも?」
「知ってるわね」
「使ったら元の位置に戻さなきゃッスよね?」
「それはそうですよね、竜と会えなくなってしまいます」
「…変なことを聞きますッス。皆さまはおつかいの途中でお金を落としたりしたこととかないッスか?」
「あー、確かに慌ててたりするとあるよな」
話の流れを聞いて皆の頭に同じ考えが浮かぶ、まさかなという空気が流れてエアに視線が集まった。
「へ、へへっ、実はその、それぞれの遺跡で鍵を落としちゃったッス」
「はあ!?」
全員の声が揃った。エアは小さな体が更に縮こまった。
「落とした鍵は探したのか!?」
「さ、探したッス!」
「ちゃんと見つけたの!?」
「み、見つけたことは見つけたッス…」
「今それを持ってる!?」
「も、持ってないッス…」
「見つけたのにどうして持ってないんだ!?」
「実は魔物に食べられちゃったみたいッス」
「食べられたぁ!?」
まくしたてるように全員で問い詰めた後、最後の言葉はやっぱり声が揃った。魔物に鍵が食べられた。一体何故と頭がくらっときた。
「そう言えば竜の手がかりには魔物が引き寄せれやすいんだっけか」
「ああそうだった!消えずの揺炎のグラウンドタートルも、メイルストロムも体に取り込んでいたわ」
「落ちていたものをみすみす見逃しはしないということですか」
「メイルストロムのことを考えると、やっぱりパワーアップしてるんだろうな。こりゃ一筋縄じゃいかねえぞ」
これでようやくエアが俺たちのことを探して回っていた理由が分かった。竜の手がかりを食べて取り込んでしまった魔物、恐らく鍵から力を得て特殊個体へと変じているだろう。
「助けてくださいッス!このままだと魔物がどんどん力をつけて取り返しのつかないことになるッス!」
頭を床につけて頼み込むエア、しかしそんなことをされてもされなくても俺たちに選択肢などない。伝説の地へと向かうには竜の印が必要で、俺たちはシルフィードに会う必要がある。
魔物と戦って鍵を取り戻す以外に道はない。俺は頭を下げるエアの体を起こさせた。額についた埃を手で払う。
「困ってるのは分かったし俺たちもその風の鍵ってのが必要だ。だから一緒に取り戻そうエア」
「アーデン様!ごめんなさいッス!!ありがとうッス!!」
わっと泣きついてきたエアを優しく抱きとめる。翡翠色の柔らかな髪を撫で、仕方がないと気づかれないように小さくため息をついた。