風の鳴く街ロックビルズ
レイアが発明した新しいゴーゴ号に乗って、俺たちは風の竜が見つかるとリュデルから教えられたロックビルズへとやってきた。
入ってすぐに話しに聞いていた奇岩が目に入る。確かに街の至る所にあってそれぞれが特徴的な形や色をしていた。
「ここがロックビルズか」
「それでこれが風鳴き岩ね」
レイアが岩に手を触れた時、ビュウと一つ強めの風が吹いた。すぐに街中の風鳴き岩たちに変化が起きた。
笛の音のような綺麗な音、高い音と低い音がちょうどよく調和して美しい音楽を奏でているようだった。それだけではない、風を受けた風鳴き岩はほのかに色が濃くなり柔らかな光を放っている。
「こりゃあ心地いいな」
「ええ、人々が訪れたくなる気持ちも分かります」
そんな話を街の入口付近でしていると、街を歩く男性に声をかけられた。
「おや、あんたたちは冒険者かい?」
サッと俺の背に隠れるレイア、中々久しぶりだなと俺はしみじみ思った。声をかけてくれた人に俺は向き直る。
「そうです。でも、この風鳴き岩も楽しみにしてたんですよ」
「そうかいそうかい。じゃあ今聞いたのは」
「初めてです。いい音ですね」
「いや、今のは運がいいね。風の機嫌が悪い時はそりゃ酷い音が鳴ったりする、ここに住んでいる俺たちにもいつどんな音が鳴るのか分からないんだよ」
へえと声を上げると、カイトが話に入ってくる。
「しかしこんな調子だと夜は眠れないんじゃあないのかい?」
「それが夜夜中はすっかり鳴りを潜めるのさ、この岩が鳴くのは日が出ている間だけ、どうしてそうなのかは知らないがね」
「研究などはなされていないのですか?」
アンジュがそう聞くと男性は頭を振って答えた。
「いやあそういった話は聞かんね。してはいるんだろうけど、普通に住んでいる人にとっちゃ日常だからねえ。気にする人はロックビルズに住めやしないし、ここにいるってことはここで生きていける人ってことだから」
それから俺たちはその人から色々と街のことを教えてもらった。親切な人で冒険者ギルドの場所や、美味しいご飯が食べられる店、風鳴き岩が集まる名所などの情報が聞けた。
礼を述べ会釈し軽く手を振り別れた。俺たちはまず、教えられたロックビルズの冒険者ギルドへと向かった。
受付の女性に自分のタグを見せた。すると少し目を見開いて「あらっ」と声を上げた。
「どうかしましたか?」
「あ、申し訳ありません。ええと確認してもよろしいでしょうか?」
それから受付の人は俺たちの名前を一人一人丁寧に確認した。全員で一体なんだろうと思って顔を見合わせた。
「…やはり。あの実は先日皆さまのことを探しているという問い合わせがございまして」
「俺たちのことを?全員ですか?」
「はい。こちらでの活動報告はないかとのことでしたが、個人情報なので一切教えることは出来ないとお伝えしました。そうしたらとてもがっかりとした様子で肩を落とされて帰っていったので、気になって覚えていたんです」
俺たちを探していると言われてすぐに思いついたのはグリム・オーダーの存在だ。しかし奴らはあくまでも表立って動かない組織、冒険者ギルドからも警戒されている立場でノコノコと姿を現すとは考えにくい。
結局思い当たる節は特になかった。ロックビルズに訪れたのは全員が初めてのことだし、ここに知り合いがいる訳でもない。
「ちなみにどんな人だったんですか?」
「それがですね、子供だったんです。帽子を目深に被っていたので性別の判断は出来ませんでしたが、それもまだ十歳にも満たないような子でした。話し方はしっかりとしていて少し大人びて見えたのですが、たどたどしさや雰囲気はまだまだ子供らしい印象で、そのことも相まって記憶に残っていたんです」
「子供?」
ますます探されている理由が分からなかった。不審な点は多いし、気になるところはいくつもあったが、相手が見つからなければ話にならない。俺は取り敢えず使える宿を聞いてから受付の人に伝えた。
「もしまたその子が来るようでしたら、俺たちが会いたいと言っていたと伝えてもらえませんか?それと時間があればギルドで待つようにとも」
「分かりました。お伝えします」
「お願いします」
俺たちは一度冒険者ギルドから出て宿へと向かった。路銀の都合も勿論あったが、相談して一部屋を借りてそこに全員で寝泊まりすることにした。もしもグリム・オーダーが絡んできていたとしたら、全員でひとかたまりでいた方が安全だ、警戒するにこしたことはない。
荷物を置いて集まる。話題は勿論俺たちを探しているという謎の子供についてだ。
「またあいつらか?こっちの警戒心を解くために子供を使ってくるとか平気でやってきそうだぞ」
カイトの言葉にアンジュが反応した。
「その考えも分かりますが、早計すぎるかもしれません」
「何でだよアンジー。あいつら多分手段とか選ばねえぞ」
「それですよカイトさん。手段を選ばないからこそ、この行動は不可解です。こちらの動きをすべて把握しているのなら、不意打ち闇討ちの機会はいくらでもありました。ロックビルズまで手を出してこなかったこと理由が分かりません」
「私もアンジュ寄りかな。来るならもっと早く来るでしょ」
「アーデン、お前さんはどう思う?」
それぞれの意見を出し終えた後カイトが俺に聞いてきた。頭の中にある疑問を整理するように少し考え込んでから俺は答える。
「こう言うと身も蓋もないけれど、今の状況だとどちらもあり得ると思う。グリム・オーダーの関係者の可能性もあれば、見当違いの可能性もな。だからまずその子供に接触するのが先決だ。会ってみれば分かることは多いはずだ」
「危険人物かもしれんえぞ?」
「分かってる。だから今後極力まとまって動こう。子供と接触できるまでは警戒心を高めて、何かあってもすぐにお互いをフォローできるように心がけてくれ。竜の手がかりを追うにしても話はそれからだ」
俺がそう言うと全員が頷いた。どうやら納得してくれたようだ、皆子供が何者かというのは気になっているみたいだ。
取り敢えずの方針が決まった。そんな時部屋の窓が風でカタカタと揺れた。開け放つと、あの笛の音のような音が聞こえてくる。
「綺麗な音ね…」
目を閉じて聞き入るレイアがしみじみと言った。
「しかし不思議な音色です。どうして風が吹くだけでこんな音が鳴るのでしょう」
「まあまあアンジーよ。理由なんてどうだっていいじゃあねえか。心地いい音って事実に変わりはねえんだからよ」
「能天気かもしれませんが一理ありますね。風鳴き岩の音が素晴らしいのは間違いありません」
「あれ今馬鹿にされた?」
「気の所為だ。風が吹いただけだろ」
納得いかないように首をかしげるカイトを見て皆で笑った。不安はいっぱいだけどこうしていると大丈夫だと思える、仲間がいれば安心できる、それだけは確かなことだった。
小さな体が風の鳴く街ロックビルズを走っていた。弾む体に荒くなる息、その子供は街中を走り回ってはキョロキョロと辺りを見回す。
「まずいッスまずいッス。はやくアーデン様たちを見つけないとまずいッス」
呼吸を整えながら子供は呟いた。そしてまたその小さな体で走り始める。ここに来ているはずの冒険者の姿を探しながら子供はずっと街を疾走していた。もうすぐその冒険者と出会えることを今はまだ知らない。