目的地の途中にて
ムツタの町はずれ、レイアとアンジュの二人に腕相撲であった出来事を話していた。
「えー!?じゃあカイトが負けたの?」
「信じられません。そのお爺さん本当に人間ですか?」
二人共驚きの声を上げた。それを聞いてカイトは仏頂面でそっぽを向いた。
「やけに大人しいと思ったら、それでずっと拗ねていたのね」
「そういうこと。まあ、俺も驚いたけどな」
まさかカイトが負けるとは思わなかった。それは本音だ。あのお爺さんのどこにそれだけの力があるのかまったく分からなかった。
「どんな人だったんですか?」
「いやもう本当に普通のお爺さんって感じの人」
「それに?」
「負けた」
カイトがバッと立ち上がって言う。
「そうだよ負けたよ!めっちゃカッコつけて飛び入り参加して負けたよ!笑えよ!笑ったらいいだろ!?」
「いや笑いはしないけど…」
「そうですよカイトさん。そんなことで笑ったりしませんよ」
「うるせー!!どうせ皆心の中で笑ってんだろ!?」
やけになったカイトの頭にレイアがチョップを食らわせた。
「落ち着きなさいよ、笑うよりあんたが負けたって事実の方が怖いわ。何者なのよその爺さん、まさかまたグリム・オーダー関係じゃあないでしょうね?」
「いやそれはないと思う。流石にもうこれだけ関わってきたから雰囲気で分かるよ」
「そ、ならいいわ。それより見なさい!私が作った新しいゴーゴ号よ!!」
レイアはバッとかかっていた布を剥ぎ取った。そこに現れたのはピカピカの新しいゴーゴ号だった。
全体的に大型化し車輪が三つになったゴーゴ号は三人乗れるようになっている。サイドゴーゴ号も合わせるように大型化し、取り付けられているパーツが増えていた。
「でっけえ!かっけえ!!」
「そうでしょうそうでしょう?すごいでしょ?」
俺とカイトは飛びついて車体に頬ずりをした。ツルツルかつピカピカのボディーがかっこいい、いつの間にか隣にレイアも加わって頬ずりをしている。
「皆さんベタベタしないでください!ここまで磨き上げるのも大変だったんですから!」
「これはアンジュの仕事かあ、いい仕事してるなあ」
「馬鹿なこと言わないでください、これだけじゃあないんですよ。組み込む魔石の選別からマナの流れる経路の調整まで手伝ったんですから」
「アンジュがいるとその辺完璧にしてくれて助かるわあ。私に足りない知識を補ってくれるのよねえ」
「そ、そうですか?」
「いやあ流石はアンジーだぜ。よっ!この天才!」
「も、もうっ!褒めてもなにも出ませんよ。…っていつまでやってるつもりですか?これ作るのに時間取られたんですからさっさと行きますよ!!」
アンジュにわっと追い立てられてようやく俺たちはゴーゴ号から離れた。それから誰がハンドルを握るかでまた一悶着あったが、壮絶なじゃんけん大会のすえに俺が勝ち取った。
ゴーゴ号を走らせロックビルズへの道を行く。歩きならもっとかかっていただろうが、これなら数日で到着出来るだろう。
リュデルからもらった地図を見ながらレイアが口を開いた。
「この中でロックビルズについて何か知ってる人いる?」
「私はよく知らないですね。名前は見たことありますけど」
「俺とアー坊はムツタで一仕事しながら色々聞いておいたぜ。えーっとなんだっけな、確か岩が泣くらしい」
「風鳴き岩な!涙ながしてる訳じゃあないからな!」
カイトのいい加減さはさておいて、ムツタで聞いてきた情報を俺はレイアたちに話した。
ロックビルズという都市には珍しい形をした奇岩が立ち並んでいるという、その景観も珍しいのだが、もっと特徴的なのは風だと聞いた。
岩の間を吹く強い風はロックビルズの名物らしく、立ち並ぶ奇岩は風が吹くと音を鳴らすそうだ、付いた名前が風鳴き岩、その不思議な光景と音を聞きに観光客が集まってくると言っていた、
「風鳴き岩ねえ…、どんなものかしら」
「でけえって聞いたな」
「大きさはどうでもいいっての!カイト、あんたもっとマシな情報聞いてない訳?」
「取り敢えず竜についての話は誰もしてなかったな。聞いたこともねえってさ」
「竜の伝承はなしですか、風鳴き岩はいかにもな気がしますけど」
「そこは行ってみてからのお楽しみってことだな」
俺はそう言うとゴーゴ号のスピードを上げた。ロックビルズ、一体どんな場所なのか今からワクワクが止まらない。一刻も早く到着したいという気持ちで一杯だった。
野宿が出来そうな場所を見つけると、アーデンたち一行はそこでキャンプの用意をした。アーデンとレイアはテントを張り、アンジュとカイトは夕食の用意をしている。
アンジュは楽しそうに料理の下ごしらえをしているカイトに聞いた。
「あの腕相撲の話ですけど、本当にカイトさんが負けたんですか?」
聞かれたカイトはばつの悪そうな苦々しい表情を浮かべた。こめかみを指で掻きながら言った。
「カッコ悪いけど本気で負けたよ。あの爺さんまるでぶっとい杭が地面に刺さっているかのようだった」
「力比べについては詳しくないのですが、それってどういう意味なんですか?」
「うーんどう説明したものかな。動かせないっていうのかな、動くイメージが湧かないって感じ?」
「理論上発動できそうな魔法がいま一歩で発動しない感じでしょうか…」
「アンジーには悪いけど、そっちの方が俺ぁ分からねえな」
カイトが大口を開けて笑う、アンジュも釣られてふふっと頬を緩めた。
「しかしその時爺さんに変なこと言われたんだよ」
「変なこと?」
「ああ、今一度己が心と向き合うがよいーってさ。何のことだかさっぱりだよ」
カイトはそう言って首を振るが、アンジュは逆にそれを聞いて考え込むように顎に手を当てた。その様子を見てカイトがアンジュの顔を覗き込んだ。
「どうしたアンジー?」
「え、ああ、ええとですね。心と向き合うというのは私もよく分からないのですが…」
そう言うとアンジュは右手の甲をカイトに見せた。
「私最近夢を見るんです。その夢の中で竜の印が光っているような気がして、それになんだかサラマンドラの気配も感じるんです。カイトさんはどうですか?」
「竜の?ってことは俺はニンフだな」
「そうです。どうですか?」
「ううん、起きたらすぐ夢なんて忘れちまうことが殆どだからな。全然気にしたことなかったぜ」
「そうですか…」
アンジュは残念そうにうつむいた。それを見て慌ててカイトはフォローする。
「あ、でもさ。俺が意識してないだけでもしかしたら体験してるのかも知れねえよな。もしかしたらそれが己が心と向き合うってことかもよ?」
「それは分からないのですが、私たち竜の印を持っているけれどそれが何なのかよく考えたことないですよね?もしよかったらこれから意識してみてくれませんか?」
「うーん俺で役に立つかな?」
「立ちますよ。いつだってカイトさんは頼もしいです」
アンジュはそう言うとカイトに笑顔を向けた。その真っ直ぐな笑顔が嬉しくて、照れた顔を隠すようにカイトは空を見上げた。
「おーい二人共!そっちはどう?」
「アーデンさん。テントはもういいんですか?」
「レイアの発明品があるからなあ、便利だけど情緒はないかも」
「便利で快適に寝れるんだからこれ以上のことないでしょうが!アーデンだけ別でテント張って寝てもいいんだからね?」
「はいはいはい、夫婦喧嘩は犬も食わないぜ。ほら飯にしよう飯に」
「誰が夫婦じゃ!」
四人は集まってキャンプの火を囲んだ。カイトは手早く食材を調理し、皆は食事をしながら話は盛り上がった。四人の間に和気あいあいとした時間が流れる。ロックビルズへは後もう少しの旅路であった。