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腕相撲

 ロックビルズへと向かう道の途中、俺たちはムツタという町に寄っていた。旅のための補給も目的の一つだが、何よりレイアが強く望んだのだ。


「もう歩いてられない!」


 この一言がきっかけであった。というのもゴーゴ号はどう乗っても三人までが限界で、誰か一人は余ってしまう。全員が乗り込んでかっ飛ばすということはできなかった。


 なのでどこかに滞在する必要が出てきた。ある程度物が揃っていて規模が大きく、滞在に向きそうな場所がムツタだった。ほどよくのどかで綺麗な町だ。


 レイアは発明にかかりきりになり、アンジュを手伝いにつけて何やらガチャガチャとやっている。宿屋の主人が心の広い人で、物置の一角を貸してくれたのでずっとそこにこもっていた。


「おやっさん、頼まれてた荷物ここでいいかい?」

「おうお疲れさん。ありがとう二人共」


 俺とカイトは、親切にも場所を貸してくれた宿屋の主人の手伝いを申し出た。頼まれるのは主に力仕事なのでカイトがいると百人力だった。


「いやあ助かるよ。しかしお客様だってのに手伝わせちゃって悪いね」

「いえ、俺たちも助かってますから。むしろうるさくしてすみません」

「いいのいいの。他の客から苦情も出てないし常識的な範囲なら大丈夫。だけどお連れさん、やけに熱入れて何やってるんだい?」

「それが俺たちにも分からんのよ。お嬢の頭ん中は海より広いかんなあ」


 カイトの言う通りでレイアが何をしているのかは分からない。恐らく聞いたところでも分からないだろう。だから信頼して任せてしまうのが一番いい。


「手伝えることはこれで終わりかい?」

「ああ、二人のおかげであっという間に片付いちまったよ」

「じゃあ俺たちちょっと出てきます。また何かあったら言ってください」

「あいよ。気をつけてな」


 俺とカイトは宿屋の主人に軽く手を振って外に出た。レイアから頼まれている買い物がいくつかある、作業の途中で書きなぐったのだろう文字がぐちゃぐちゃだ。


「うへぇ、アー坊これ読めるか?」

「うん」

「本当かよ。すげえな」

「長い付き合いだからな。重い物もあるし運ぶのは頼むぞカイト」

「あいよ。任せておきな」


 それから俺たちは商店が立ち並ぶ方へと移動した。




 一通りの買い物を終えて財布の中身を覗く、すっかりと減って軽くなってきてしまってため息が出てしまう。


「どしたアー坊?」

「路銀がね」

「あー…、こりゃギルドで何件か依頼をこなす必要があるかねえ」


 そんな話をしていたら広場の一角が騒がしいのに気がついた。人だかりが出来ていて、ワッと歓声が上がったり、どよっと落胆の声が聞こえたりする。


「何だありゃあ?」

「随分盛り上がっているな。もしかしてこれかな?」


 店の壁に貼りつけられているチラシを見つけて俺はそれを指さした。どうやら腕相撲大会が開催されているらしい。


「おい!アー坊見ろここ!」

「ん?」

「賞金でるぞこの大会!十人連勝で二十万だってよ、太っ腹じゃあねえか!」

「へー確かにそりゃ豪勢だなあ」

「よおし」


 肩をぐるぐると回して人だかりに近づこうとするカイトを俺は引き止めた。


「待てって、まさか出るつもりか?」

「おうよ。これで軽い財布の悩みともおさらばだぜ」

「いやいや、カイトが出たら絶対優勝しちゃうじゃん。それは流石に不正だって」


 そう言って引き止める俺に向かってちっちっちとカイトは指を振った。


「よく見てみなよアーデン君、誰でも参加歓迎と書いてあるじゃあないか。誰かの参加を制限するような文言はないよ?ということは俺が出ても問題ないってことだ」

「…カイトみたいな人の出場を想定してないだけだと思うけど?」

「ようし今夜はご馳走だぜ!」


 俺の言葉を無視してカイトは先に行ってしまった。引き下がる気はまるでないみたいだ、仕方がないので俺は後に続いた。やりすぎないように見張っておく必要があると思った。




 人混みを分け入って中に入ると、すでに腕相撲の試合が始まっていた。すでに飛び込み参加しているだろうと思っていたカイトは、輪の中で試合の様子を見つめていた。


「どうしたカイト?飛び込み参加は禁止だったのか?」

「違うぜアー坊、あれ見ろよ」


 何だと思い対戦している様子を見る。そして目を丸くして驚いた。挑戦者はいかにも力自慢という見た目の若者、そして八連勝中と書かれた看板の隣に座っているのは真っ白な長いヒゲをたくわえたお爺さんだった。


 対戦相手より細い腕、骨ばっていて力があるようには見えない。しかし挑戦者が顔を真っ赤に染めて思い切り力を入れているのに、その細い腕はぴくりとも動いていなかった。


「ほっほっほ、まだまだじゃの」


 お爺さんは涼し気な表情のまま腕を軽く倒した。挑戦者はあっさりと腕を返されて敗北してしまう、がっくりと項垂れると歓声が湧き上がった。


「すげえぞあの爺さん!」

「これで九連勝!あと一勝で賞金だ!」

「どうしてあんなに強えんだ!?」

「ずるしてんじゃねえだろうなジジイ!!」


 観客たちがわーわーと好き勝手に声を上げる。それを煽るように開催者の人が声を張り上げた。


「さあさあ皆様、あと一勝でこのご老人が栄光を手にされます!それをみすみす見逃していいのでしょうか?ここで彼を倒さなければ賞金を得るチャンスはもうないですよ!?」


 それを聞いた観客たちは更に盛り上がった。自分が自分がと手を上げて、我先にと参加表明をする。見事に乗せられているなあと呆れていると、隣で見ていたカイトがすっと挙手した。


「お前ら!黙って見ときな」


 カイトはその辺りに落ちていたこぶし大の岩を拾い上げた。そして思い切り手に力を込めると、岩がピシピシバキバキと音を立ててヒビが入っていく、握力で砕いた岩をばらばらと捨てると観客に向かってカイトが言った。


「俺以上の挑戦者がいるかい?」


 わっと上がった歓声に応えるようにカイトは手を振っていた。調子に乗ってるなと呆れてしまうが、場の流れはカイトを挑戦者に選んでしまった。ここで止めたら大いに盛り下がってしまうだろう。


「カイト!やりすぎるなよ!」


 俺は小声でそう伝えて成り行きを見守ることにした。お爺さんにどんなからくりがあるのか分からないが、カイトには勝てないだろう。怪我だけはさせるなよと内心ハラハラしていた。


「爺さん、悪いがあんたの連勝はここで終わりだ。俺が出てきたからにはすぐに勝負がつくぜ?」

「はて、年を取ると耳が遠くなっていかんのお。御託ばかりが聞こえてくるわい」

「上等だぜ爺さん!」


 二人は手を握って腕を組んだ。開始の合図と同時にもりっと筋肉が隆起した。




 試合が始まってすぐ観客はざわめいた。それもそのはず、お爺さんの腕が大きく倒れて台に押し付けられそうになったのだ。周りはやっとお爺さんを倒すものが現れたと歓声を上げたが、俺は別の意味で驚いていた。


「耐えたのか!?あのお爺さん」


 お爺さんの腕は確かに大きく倒されたが、まだ勝負はついていない。台につく寸前の所で止まっていた。カイトは力を込めて押しつぶそうとするも、ブルブルと震えるばかりで台に押し付けることは出来ない。


「おいおいおい、まじかよ爺さん。一体どんな手品だ?」

「他の有象無象と違って中々やる。しかしまだまだよ」


 徐々にお爺さんの腕が持ち上がってきた。カイトが押し戻され始めたのだ。力比べでカイトが押されるなんて信じられないと俺は唾を飲み込んだ。


 力が拮抗したのか腕の位置が正位置に戻った。観客は更に盛り上がりを見せた。カイトとお爺さんの勝負の熱に皆当てられているのだ。


 勝負の行方が分からなくなってきた。ぷるぷると震える二人の腕はどちらにも倒れることなくせめぎ合っていた。




 カイトは内心でものすごく焦っていた。試合開始の一手目で勝負をつけるつもりだったからだ。


「この爺さんわざと腕を倒しやがった!倒されても耐える自信があったんだ!」


 事実お爺さんはぎりぎりの所で耐えた。それにカイトは驚いていた。端から見れば勝負は拮抗しているように見えるだろうが、額に汗を浮かべるカイトと違ってお爺さんは汗一つかいていない。


「…若人よ」

「あ?」


 大木の如く動かない腕を握りながらカイトは返事をした。


「力というのはただあればいいというものではない、どう使うのかが寛容なのだ。確かにお主の膂力鬼神の如きものよ、しかしただやみくもなだけではその剛力も泣いておるわ」

「どうしたい?言葉で惑わそうたって無駄だぜ?」

「惑わすまでもない。儂の勝ちじゃ」


 それは一瞬の出来事だった。カイトは一切力を抜いたりはしていない、しかし気がついた時には腕が倒され台についていた。自分より遥かに小柄で力に劣る老人にカイトは力比べで負けたのだ。


 呆然とするカイトにお爺さんは声をかけた。


「今一度己が心と向き合うがよい、その素質生かしきれぬのは惜しい。ほっほっほ、老いぼれからのおせっかいじゃ」


 カイトを圧倒したお爺さんは賞金を手に颯爽と立ち去っていく、カイトはその背をただただ見送るしかなかった。

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