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過去からの使者

 滅びたゴーマゲオ帝国最後の皇帝を自称するシェイド・ゴーマゲオ。過去からやってきたとは思えない風格を纏い、老齢の身ながら生き生きとした気勢がある。


 アーデンたちはシェイドを前に気圧されていた。レイアたちを人質にとられているというだけではない。シェイドの持つ生来の威圧感に気圧されているのだ。


 カイトはアンジュをかばうように背に隠す。アンジュは目に見えて震えているが、カイトも僅かながら震えていた。それを悟られないように奥歯が砕けるほど噛みしめている。


 リュデルも圧倒されてはいた。されてはいたが、アーデンたちの理由と合わせて更に驚愕し恐怖していることがある。


 シェイド・ゴーマゲオ、その名前は帝国に生きるものとして知識はあった。特にリュデルは国の一角を担う貴族であり、その手の知識を持ち合わせていて然るべきであった。


 だが名前を知れど顔など見たことはない。死して歴史となり消えたはずだ、古き帝国の終わりの象徴、しかしその人が本物のシェイド・ゴーマゲオだと理解できてしまう。その事実がリュデルの心をぺしゃりと押しつぶそうとしてきていた。


「うっ…!」

「リュデルッ!」


 地に伏せ悪心のままに嘔吐物を床に吐き出すリュデル。アーデンはさっと駆け寄り背に手をおいた。ぶるぶると震える体を無理やり起こし、アーデンに支えられながらリュデルは立ち上がる。


 その様子をシェイドは楽しげに眺めていた。緩む口元をにやりとつり上げ凶悪な形相を差し向ける。


「大丈夫か?」

「ああ…。すまないな、少々混乱してしまったようだ。感情が追いつかなかった」


 嘔吐するほど取り乱したリュデルを見てアーデンは逆に落ち着きを取り戻した。体を支えたままシェイドとルーカスに向き直る。強がりではあるが二人をキッと睨みつけた。


「お前がどこの誰でどんな人物か今はどうでもいい。レイアたちを離せ」

「ほう?中々に勇ましい。いやただの虚勢か」


 見透かされていることに怯みはするものの、アーデンはまだ気力を失うことなく声を上げる。


「どっちでもいいだろ離せっ!!」

「ふふふ、確かにな。しかし勘違いするな、貴様にそれを決める権利はない。小娘らの生殺与奪は吾輩のものである。要求できる立場にないことを今一度理解せよ」


 その指摘はまさしくその通りであった。今アーデンたちに要求を通せる道理はない。それでも叫ばずにはいられないのだった。アーデンはぎりと唇を噛みしめる、血が滲みそれが口端からこぼれた。


「…何が目的なんだ」

「いい子だ。それに素直だ。聡い子である。ふふっ、ふはははっ!はっはっは!!」


 惨めなものでも見るかのような視線をアーデンたちに向け高笑いをするシェイド。アーデンたちは事実惨めな思いを抱えながら話の推移を黙って受け入れるしかなかった。




 囚われの身のままであるレイア、メメル、フルルの三人。宙吊りにされたままで苦しげな表情を浮かべてはいるが、命の危機に瀕するような状況ではないようだった。


 謎の力で拘束を続けているであろうルーカスは脇に立って眼鏡をくいと上げている。話に介入する気は一切ない様子だった。


「吾輩の要求をする前に少し昔話に付き合ってもらおうか。ふふっ、歴史の証人からのありがたい授業だ。光栄に思うがいい」


 押し黙るアーデンたちに比べてシェイドは楽しげに笑っていた。口も饒舌に滑る。


「貴様らも見たであろう、この地に湧く醜悪な影法師、シャドーと名付けたようだな。奴らの正体を知っているか?」

「大戦争の死者だろ」

「いい推察だな、その通り死者ではある。しかしなぜその死者が戦い続けていると思う?」


 シャドーが戦い続ける理由。互いに殺し合い続ける理由。恨みという話だったはずだとアーデンは口を開いた。


「恨みじゃあないのか?」

「何を恨んでいる?」

「は?」

「長き長き時の果てまでただの恨みのみで存在するには何を恨む必要があると考える?」

「そ、そんなもの分かる訳が…」

「我が帝国だ」


 アーデンの隣でうつむいていたリュデルも顔を上げた。どういう意味なのか、その答えが分からないといった表情をしている。


「かつて起きた大戦争、ゴーマゲオ帝国は覇権を握っていた国家であったはずなのに真っ先に滅びた。何故か。吾輩が火を放ったのだ、戦火を灯したのは吾輩である」

「な、何を言っている…」

「吾輩は国と人々を割り分断した。感情を揺さぶり戦乱を誘引した。始めは小さな内紛であった。しかし火は日増しに勢いを増し、戦火の煙は高々と上っていった。人々は死に続け、恨みは渦巻いた。吾輩はその戦を陰で操り見守り続けた」

「馬鹿な自分の国だぞ、何故そんな真似を…」

「飽いたからだ」


 シェイドはさらりと言いのけた。まるでそれが当然かのように言った。


「極まる栄華はたまらなく飽くのだ。血の流れぬ世はつまらぬ、手を取り合う未来は反吐が出る。混沌こそが人の業よ、争いが人を進化させるのだ」


 それはもはや人の視点ではなかった。シェイドはまるでどこか違う世界の住人であるかのようにアーデンには見えた。化け物、その言葉がぴたりと当てはまるようであった。


「お前が飽きたからって大戦争を引き起こしたのか?」

「そうだ吾輩がそれを主導した。世界中を巻き込みながらな。炎によって焼き付いた影法師はそこから生まれ、今なお醜く争い続けている。もはや亡くなった世界と時間を永遠に憎しみ殺し合うのだ、愉快だとは思わないかね」


 アーデンは自分がシャドーに対して感じていたおぞましさに答えが出た気がした。シェイドの手によって歪められた存在、禍々しく醜い業によって生まれた悲しすぎる魔物。アーデンは知らぬ内にその苦しみと悲しみを感じ取っていたのだった。


「どうして」

「ん?」


 抱えられていた腕を振り払いリュデルが一歩前に踏み出した。そして叫ぶようにシェイドに問う。


「どうしてそんな無意味なことをする!!そんな必要がどこにあるというのだ!!」

「貴様のような矮小な存在には無意味に見えても、吾輩にとっては価値のあることなのだ。薄っぺらい価値観でものを言うな痴れ者めが」

「くっ!!」


 話にならない、そう思ったリュデルは唇を噛みシェイドを睨みつける。想像を遥かに越える悪辣さを目の前にして冒険者たちは無力だった。


 しかし疑問はあった。それを強く感じていたアンジュがカイトの背から出て声を上げる。


「そ、それが本当だったとして。どうして一個人がそこまでのことをできるのですか?」

「その質問の仕方は当たりがついている物言いだ、貴様の口から言ってみるがいい」

「…秘宝ならばそれが可能だということですか?」


 消え入りそうなアンジュの言葉を聞いてシェイドはカッと目を見開いた。そしてまた不気味な高笑いを上げて歓喜する。


「いい!!いいぞ獣混じりの小娘!!ああ、賢さとは何と甘美なものだろうか。貴様が欲しくなってきたぞ!!」


 カイトはそれを聞いてさっとアンジュを背に隠した。シェイドは先ほどまでの歓喜の顔が一転して不愉快そうなものに変わる。


「吾輩は今小娘と話したいたのだがな。それを邪魔するか」

「ああするね。うちのお姫様をテメエのような腐れ外道とこれ以上喋らせるものかよ」


 カイトも恐怖を前にして一杯一杯であったが、震える体を感情で制御して奮い立たせた。それを見てシェイドが言う。


「ふむ、やはりいい出来だな実験体1311号。貴様を連れて帰るのも悪くないと思えてきた。まるで人のように振る舞うではないか」

「あんたよりは人に近いと思いたいがね」

「中々面白いことを言うな。まあいい、本題から逸れたな」


 シェイドは一つ咳払いをして落ち着きを取り戻した。そしてアンジュの質問の答えを口にする。


「その通り、秘宝ならばそれが可能である。かつてゴーマゲオ帝国は秘宝を我が物としていた。だからこそ世界の覇権を握っていたのだ。秘宝の力によって吾輩が生きながらえているのは勿論だが、秘宝が生み出したアーティファクトのお陰で世界を火の海に変えることが出来たのだ」

「アーティファクトだと?」

「そうだ。大戦争というのは現在の表現。当時ではアーティファクト戦争と呼ばれていた。貴様らが手にしている物も、人々が奪い合う遺物も、元を正せばすべて秘宝から生まれたものである。武装型のアーティファクトは戦争で流れた血を吸い取った穢れた遺産なのだ」

「そんな…」

「吾輩の目的は今一度秘宝を手にし、そして世界をもう一度我が帝国のものとする。そしてより強大なアーティファクトを生み、それを使って戦争を引き起こし、この世界にさらなる血と戦火と進化をもたらすのだ」


 自らの国を自らで焼いた皇帝、アーティファクト戦争、そして秘宝。語られるすべてがアーデンたちを戦慄させていく。亡霊ではない過去からの使者は、ただ淡々と事実と野望を告げていくのであった。

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