邂逅
ノ・シレ遺跡、二つの遺跡はグリム・オーダーの基地ではなく空振りだった。消去法で本命はここになる。しかしアーデンたち全員がここに基地があるとは考えていなかった。
刺客、またはそれに準ずる何かが待ち受けてると考えていた。全員装備を整えてすぐにでも戦闘に入れるように心構えをしていた。
グリム・オーダーが何を求めているにせよ、穏便にことが済むという考えは端から捨てていた。ゴルカとカーラ、両名の気性の荒さや不安定さを鑑みれば自然な結論ではあった。
しかしその両名と同じようなものが来るとは限らない。結局待ち受けているものが何なのかは何も分からず、とにかく警戒だけは必須という、アーデンたちにとって精神的に負担のかかる状況が続くこととなった。
それでも行かないという選択肢はない。虎穴にあえて大手を振って入っていくことこそが冒険者の本質である。グリム・オーダー、非道極まる謎の組織にアーデンたちは挑まんとしていた。
夜を待ってからノ・シレ遺跡へと入る。夜になれば遺跡外にはシャドーが湧くが遺跡内ではシャドーが湧かなくなる。ノ・シレ遺跡も他二つの遺跡と同様であった。
道中でのシャドーとの戦闘は避けられるが、遺跡外への撤退は制限される。夜の遺跡に挑むということは、不退転の覚悟を強制させられてしまうことにも繋がるのだった。
全員がゴルカとカーラという二人の刺客に気を取られいて気が付かなかったが、待ち構える場所としてこの上ない条件が、旧帝国領の遺跡にはそろっていた。
ノ・シレ遺跡の構造は単純で、長く広い通路の先に大部屋が一つというものだった。だというのに全員の足取りは重く牛歩のごとく遅い、緊張しているのは勿論のことなのだが、何か言い知れない圧というものを感じていた。
アーデンは暑くもないのに額に浮かんだ汗を拭った。手についた汗を振り払うと、びしゃっと音を立てて地面を濡らした。思っている以上の緊張感を感じていて体が反応しているのかもしれないと思い、アーデンはふーっと長く深呼吸をした。
リュデルは汗こそかいてはいないが、強い喉の乾きをおぼえて何度も水を口にしていた。やはりこちらも緊張をしておりそれが体に表れていた。他の皆も同じような感情と変化を感じ取っている。
やっと大部屋前の大きな扉の前へと到着する。先頭を歩いていたアーデンはカイトを手招きして呼び寄せた。二人で片側ずつ扉を押して開けようとアーデンは扉を指さしてカイトに伝えた。その意図を汲み取ったカイトは頷き、片側の扉に手を置くとアーデンの指示を待った。
アーデンもまた扉に手を置くとカイトを見て頷いた。それをきっかけにして二人は同時に扉を押す。大扉はギギギと部品の軋む音を立てて開かれる、出来るだけ静かにとアーデンもカイトは考えていたが無駄だった。
扉を開け放つと広く大きな部屋が眼前に広がっていた。美しい装飾が施された柱が立ち並び地面は磨かれた石のタイルが敷き詰められていた。部屋の奥には祭壇のようなものが置かれており、更に奥には巨大な石像が安置されていた。
中へ足を踏み入れてからリュデルが口を開いた。
「ここは見た目こそ意味ありげな様相だが、どれだけ調査を尽くしても何も出なかった遺跡だ。だが逆にそれが怪しく思えてな、もう一度調べてみる価値があると考えた」
「なるほどね、ここまで思わせぶりだとそう思うのも仕方ないかも」
レイアが手近な柱に触れながらそう言った。続いてアンジュが聞く。
「本当に何も見つからなかったんですか?」
「残念ながらその時はそうだった。メメルと一緒に調査に参加したから間違いない」
「拙とフルルで隅々まで見て回りましたが特別なものは何もなかったです」
メメルとフルルの答えを聞いてアンジュはふむと考え込んだ。ぺちぺちと柱を触っていたカイトは待ち切れないというように急かす言葉を投げかける。
「とりあえず一番怪しい所から見てみようぜ。あの祭壇とかいかにもって感じだろ?」
カイトの提案にアーデンが頷いた。
「俺たち以外の人の気配はない。いつどう来るかは分からないが、今なら色々と見て回れるはずだ」
「そうだな。行ってみよう」
リュデルはアーデンとカイトの提案に同意した。それに反対するものはおらず、全員で部屋の奥へと歩みを進めた。
石造りの祭壇の後ろにはこれまた大きな石像がある。しかしこれが何を象ったものなのかは判別がつかなかった。所々破損が見られて、老朽化からかヒビが入っていたり岩の破片が足元に散らばっていたりしている。
「辛うじて人に見えなくもないかな?」
「ううん…、見えなくはないけれど決め手に欠けるな」
「俺ぁクリオネに見えるな」
アーデン、リュデル、カイトの三人が石像に目を向けている間。レイア、アンジュ、メメル、フルルは祭壇を調べていた。
「少なくともアーティファクトの類いじゃあないわね」
「うーん、特徴的な様式も見られませんし、特徴がありませんね。どこかからマナの供給を受けているなどもないです」
「拙はまったくこの手の知識に欠けているので、写しを取ってモニカ様に確認してもらいましたがやはり同様の結論に至っていました」
「写しはあたしが描いたんだが、柱の彫刻も普遍的なものだと言っていたな」
それぞれで各所をくまなく調査をしてみるも、やはり基地に繋がりそうな手がかりは見つからなかった。空振りか、そんな考えと落胆した空気が全員の間に流れた。
それは今まで張り詰めていた緊張の糸が、ほんの少しだけ緩んだ瞬間だった。それを待っていたと言わんばかりに状況は急変する。
部屋を明るく照らしていた光が一瞬で消えた。ここに生息する昼光虫が、明かりを点けたり消したりする能力があるということをすっかり失念してしまっていた一行は、突如訪れた暗がりに冷静さを失った。
不幸はそれだけじゃなかった。緊張が緩んだ瞬間を襲った急激な変化は混乱をもたらす。アーデンたちは近くにいたはずの仲間たちの位置すら分からなくなってしまった。
これでは迂闊に動くことが出来ない。襲われたとしても、反撃が仲間にあたる可能性があった。全員がたちまち暗闇によって拘束されてしまった。
アーデンはまずレイアを探そうとした。彼女の持つブライトグモがあれば光源を確保出来る、アーデンはファンタジアロッドに手を伸ばし刀身を展開しようとした。光源とまではいかなくとも足元くらいは照らすことができる。
一方リュデルも行動をしていた。自らが持つ数多のアーティファクトの中には暗闇でも視界を確保できるものがある。荷物の中身さえまったく見えない状況だったが、形を頼りにそれを探した。
しかしそんな二人の行動が終わる前に大部屋の明かりは元に戻った。真っ暗闇から眩しいくらいな明るさの変化に、またしても視界が自由ではなくなる。ようやく目が慣れてきて目を開くことができそうになった。
そうしてゆっくりと開かれた視界に、信じられない光景が映り込んだ。いつの間にか現れていた老齢の男性と、その前に立つ身なりを整えて眼鏡をかけた壮年の男性。
そしてもがき苦しみながら宙に浮かぶレイア、メメル、フルルがいた。眼鏡の男の後ろにいて、手の届かない位置で捕らえられている。しかし縄など身体を拘束するようなものが見えない。見えない何かがレイアたちを捕らえていた。
「ルーカス。そこを退け」
「はっ!」
老齢の男からルーカスと呼ばれた眼鏡の男は、ぴしっと姿勢を正してお辞儀をした。そしてさっと退いてまた頭を下げた。
「ふはははは、こうして直接顔を合わせるのは初めてになるな。吾輩は貴様らをよく知るが、貴様らは吾輩をよく知らぬだろう」
その薄気味悪い笑い声はアーデンたちの背筋をゾッとさせ凍らせた。それまで感じたことのない恐怖を覚え奥歯をカチカチと鳴らさせる、目の前にいるのは本当に同じ人間かとアーデンはそう感じた。
「そう化け物を見るような目をするものではない。いや、考えようによっては化け物ではあるな。まあよい、吾輩のことをどう捉えようともそれは些末なことである。おっと、まだ名を名乗っていなかったか。これは失礼した」
そう言って一つ咳払いをする老齢の男、ゆっくりとその名を口にする。
「吾輩はグリム・オーダー首領シェイド・ゴーマゲオ。古き歴史の闇に消えたゴーマゲオ帝国最後の皇帝、その本人である」
告げられた名前の衝撃はあまりにも重くのしかかってきた。真実か嘘か、まるで分からない。しかしリュデルの体がびくりと大きく反応したのをアーデンは見逃さなかった。
「そ、そんな…、まさかそんなことが…」
絶句するアーデンたちを前にシェイドはまた不気味に笑い声を上げた。誰も動くことが出来ず、ただ恐怖に身を縛り付けられていた。