束の間の交流
朝、シャドーたちが消えた後の大地。俺は誰よりも早く目を覚まし地上へと上がっていた。
「ふっ!はっ!やっ!!」
理由は新たな形態となったファンタジアロッドを使い慣らすためであった。伸びた柄の両端から光る刀身の伸びた棍形態、長物の扱いを習ったりしたことはないが、ずっと振り続けていたものだからかそこまで大きな違和感はない。
振り上げからロッドを割り双剣形態へと切り替えた。動作をスムーズに早くし流れるような攻撃を心がける、双剣から棍へ、棍から双剣への切り替えを繰り返し行うことで扱いの癖やコツを掴んできた。
「朝早くから精が出ますね」
丁度終わりにしようとしたタイミングで声をかけられた。俺は振り返って返事をする。
「おはようございますモニカさん。うるさかったですかね?」
「はい、おはようございます。そんなことはありませんでしたよ。寧ろ後ろでじっと見ていて迷惑ではありませんでしたか?」
「とんでもないです。見ていて楽しいものかは分かりませんけど」
俺は汗を拭ってロッドを仕舞った。ぐーっと体を伸ばしてストレッチを続けながら俺は聞いた。
「俺も大概朝早いほうだと思ってたんですが、モニカさんもそうだったんですか?」
「時と場合によりますね。徹夜で研究した後なんかは一番早起きです」
「それって早起きとは言わないんじゃ…」
「あははっ、その通りですね。まあ私は研究に身を置くものですから、つい熱中してしまうことも多いのです」
レイアやアンジュ、旅の中で出会った人たちを思うとそれは分かる。夢中になったら周りが見えなくなりがちなのは共通項なのだろうなと思った。
「では今朝も?」
「いえ違います。実はアーデン様の姿をお見かけしてつい後を追ってしまいました」
「俺の?何でまたそんなことを」
どうしてという疑問に答えるためか、モニカさんは「座りませんか」と提案してきた。俺はそんな提案を受け入れて隣り合って座る。
「アーデン様。冒険ってやっぱり楽しいですか?」
モニカさんの質問は唐突だった。しかしその質問には胸を張って答えることができる。
「ええ、楽しいです。危ない目にも遭いますけど、いつだって俺は冒険することにワクワクしていますよ」
どんな困難が待っていようともこれだけはやめられないと思うものが誰にでもあると思う。俺の場合それは冒険だった。父さん譲りの性分なのかもしれない。
「そっか…。そう言い切れるって素敵だと思います。夢に生きているって感じがします」
モニカさんは所々歯切れ悪くそう言った。突然元気がなくなったような気がしてどうしてだろうと俺は顔を覗き込んだ。
「何か悩みがあるんですか?」
「えっ?」
「元気なさそうでしたから。力になれるか分かりませんが、聞くだけなら俺にもできますよ?」
そう言って俺は笑ってみせた。モニカさんは何度か躊躇うように視線を逸したが、最後にはこくりと頷いて話し始めた。
「私ブラック・シルバー様の冒険の物語が昔から本当に好きでして、何度も何度もすりきれるほど読み返しました。いつか私も冒険者になりたい。そんなことを考えるくらいに入れ込んでいました」
その話を聞いて、ここに来てすぐサインを求められたことを思い出した。確かにあの本は、何度も開かれたのであろう傷がついていた。しかし大事にされていることも見て分かる傷だった。
「でも私にはそんな未来は待っていなかった。ワード家の人間として生まれたからには、その使命と責務を果たす義務があります。分野はそれぞれですが、ワード家の人間はすべからく研究者になることが求められ、そのための教育を施されます」
「それって生まれた時から決められているんですか?」
「そうです。ワード家はその使命を存在意義としていますし、帝国からも便宜を図っていただいております。当然自助努力が前提であり、結果が出なければ最悪放逐されることもあります」
放逐という物騒な言葉を聞いて俺は驚いた。何もそこまでしなくてもと思ってしまう。
驚きを隠せなかった俺の視線に気がついたのか、モニカさんは困ったように笑って言った。
「お父様はよくおっしゃっていました。それが持てるものの義務であると。これ以上ないほどの環境を用意され、将来の道筋まで約束されている以上私もその意見には同意できます」
「でもそれって、モニカさんの気持ちはどうなるんですか…?」
「…幸い私はこの道が向いていましたし、研究が楽しいのは事実です。今では道を選べなかったではなく、私が選んだんだと胸を張って言えます。でも」
「でも?」
「憧れは捨てられないものですね。アーデン様達の姿を見ていると、胸が高鳴るのを感じます。輝いているように感じます。お怪我をなされて危険なことも十分承知しているのですが、どこか羨ましく感じてしまうのです」
モニカさんはきっと現状に満足していないという訳ではないのだと思う。周りの人からも慕われているし、責任者という地位もある。それに研究が楽しいという言葉に嘘があるようには思えなかった。
「俺に言われてもだから何だと思うかもしれませんがいいですか?」
「勿論です」
「俺から見ればモニカさんも十分輝いているように見えます。知り合ってまだ日は浅いけれど、真剣に取り組む姿を見ました。その姿は、俺たち冒険者となんら変わらないんじゃないかなって思うんです」
「変わらない、ですか?」
「ええ。俺は今自分の夢を追っています。仲間たちもそうです。それぞれの夢を胸に冒険者となった。モニカさんだって歴史という夢を追っているでしょう?誰も知らないようなことを知ろうとしている。モニカさんにはモニカさんの冒険があると俺は思います」
きっとそれはこの広い世界より果てしないものだと俺は思う。過去というものを研究することがどれだけ大変なのか、旅でできた友達から俺は学んだ。
「だからモニカさんも夢追う冒険者の一人って言ってもいいと思うんです。そういうのって本当は勝手に名乗っても構わないものでしょう?」
「そ、そうでしょうか…」
「そうですよ!躊躇うなら俺が証人になります。モニカさんも同じ冒険者だって、ね?」
それは気休めかもしれない。だけどモニカさんに夢を諦めて別の道を選んだとは思ってほしくなかった。憧れは今も続いていて、俺たちは夢追う冒険者に違いないと思ってほしかった。
「ふふっ、ありがとうございますアーデン様。お話していたら私の好きな本の一節を思い出してしまいました」
「それって父さんの冒険譚の?」
「そうです。共に行こう友よ、人生は冒険に満ちている。私は君の想いを連れていこう、どんなに過酷で困難な時にも、心に君がいると思えば怖くはない。夢半ばで冒険から離れる仲間にブラック様はこう言って励ましたんです」
随分と美化、というか脚色、いやさ創作めいていると思った。本物とは大分かけ離れている。第一父さんは自分のことを私と丁寧に称しはしない、何としてでもかっこよく見せようという気概が伺えた。
でも、一緒に行こうと言って励ます父さんの姿は想像できた。父さんが言いそうだなと思った。行く先々で出会った人々の想いを連れて、父さんは冒険に臨んでいたんじゃないかなと思った。
「おこがましいかもしれませんが、私の想いをアーデン様の冒険に連れていってあげてください。私は私の冒険をしながら、そのことを励みにしようと思います」
「勿論です。ドンと任せてください」
俺はそう言って胸を叩いた。モニカさんが向ける笑顔につられて俺も笑顔で返した。友達になれたことが嬉しかった。
俺たちがそんな話をしていると、人々が地下から続々と出はじめてきた。モニカさんが確認のために一度戻ると言うのでここで別れた。
そうしていると、こちらに気がついたリュデルが近づいてきた。
「何の話をしていたんだ?」
「ま、色々とね。その手に持ってるのは?」
リュデルは手にしているものを持ち上げてみせた。きれいな小箱と無骨な布袋の二つを手にしていた。
「書簡だ、陛下宛のものと家に宛てたもののな。これを朝の荷馬車に預けて運んでもらう」
「もう仕上げたのかよ」
「当たり前だ。のんびりしている暇はない」
何ともリュデルらしい物言いだとなと思っていると荷馬車がやってきた。じゃあなと一声かけてから去るリュデルの背を見送り、俺は立ち上がるともう一度ぐーっと体を伸ばした。