刺客の謎 その2
一度休憩を入れて仕切り直してから俺たちはまた集まった。さっきまでの和気あいあいとした空気は好ましいものではあったが、弛緩しきってしまって話し合うにはちょっと気が抜けすぎている。
仕切り直すことによりその空気感もすっかり切り替わっていた。改めて俺たちはグリム・オーダーのことについての話し合いを始める。
「俺たちツ・エボ遺跡組が出会ったカーラって奴は、俺たちから伝説の地と秘宝についての情報を聞きたいと言っていた。組織の目的と合ってはいるはずだよなリュデル?」
「ああ。グリム・オーダーは確実に伝説の地を探している、それは間違いない」
「しかしやはり変です。何故わざわざ拙共の情報を欲しがったのでしょうか」
メメルの疑問にアンジュも頷いた。
「それともう一つ。アーデンさんたちにカーラはこう言っていたんですよね?本命はリュデルさんだったって」
「そうだぜ。気に食わねえ文句付きでな」
フルルは舌打ちをしてそう言った。その時のことを思い出すと苛立つのであろう、不満げな表情を隠そうともしない。これだけはリュデルから態度を咎められようとやめることはできないようだ。
「だがよぉ、こっちに出てきたゴルカはそんなこと言ってなかったよな?」
「勝手に逆上してたわよね」
「俺ぁ確かに怒らせようと思って煽ったけどよ、思ってるより沸点低かったよな」
カイトとレイアの話を聞いて俺も思いついたことを口にした。
「カーラも最初の内は穏やかだったんだよ。それで挑発した途端に一変した。どちららも交渉向きな性格じゃあないよな」
「…元よりそのつもりがなかった。とも考えられるな」
リュデルの言葉に俺は頷いて同意した。しかしメルルが待ったをかける。
「ではなおさら目的がはっきりとしません。行動が支離滅裂すぎないでしょうか」
「そうだぜ。話の始まりに戻っちまうが、それならやっぱりぐだぐだ言ってないで襲ってくるほうが自然じゃあねえかな」
メメルとフルルの意見も正しいと思う。俺が腕を組んでうーんと唸っていると、アンジュがパンと手を叩いて気を引いた。
「刺客の行動原理については一旦置いておきましょう。恐らくこれ以上考えても答えはでません。絞って考えましょう、どうしてリュデルさんが本命だったのでしょうか?アーデンさんが軽んじられていたということでしょうか?」
そう言ってからアンジュはハッとした表情をして「すみません」と俺に向かって頭を下げた。気にすることないと伝えてなだめた。
「アーデンが軽んじられていたということはないだろう」
「理由は?」
「刺客を二手に分けているからだ。僕たちがどう二手に人員を分けようとも、どうあがいても一対多の構造になるだろう。確実に潰したいのならば戦力は集中させるはずだ」
「成る程、筋は通りますね。要は比重の問題ですね、グリム・オーダーとしてはどちらも狙いの内ではあったものの、どちらかと言えばリュデルさんに狙いをつけていた」
アンジュとリュデルが話を進めるとスラスラ進行するなと俺は思った。カイトがぽかんと口を開けているのがその証左だろう、俺もぎりぎりでついていっているので気持ちが分かる。
「もう一歩踏み込んで考えてみましょう。ゴルカとカーラの二人はどちらも皇帝陛下のことについて言及しました。リュデルさんとの繋がりも勿論あるのですが、もう一つ大きな繋がりがここにはありますよね?」
「そっか!この場所か!」
「アーデンさんの言う通りです。ここは旧ゴーマゲオ帝国領、現エイジション帝国の前身の地です。関連がないとは思えません」
意外なところから大きな繋がりが見えてきた。それが意味するものは何なのか、どう発展していくのか、さっきより俺たちの間に流れる緊張感が高まった気がした。
「断っておきたいのですが、私は帝国とグリム・オーダーの繋がりを疑っている訳ではありませんのであしからずお願いします」
「大丈夫だ分かっている。メメルとフルルだってそこまで狭量じゃあない」
「無論です。そもそも拙が今忠誠を誓っているのはリュデル様ですから」
「あたしもだぜ。一本筋通してんのはリュデル様に対してだ。恩義もありゃあ思い入れもあるけど、それで間違えることはない」
アンジュはほっと胸をなでおろした。指摘しなければならなくともどこまで踏み込むべきなのか計りかねていたのだろう。その緊張が解けた今、俺はアンジュに変わってリュデルに聞いた。
「リュデル、俺は帝国のことも皇帝のこともよくは知らない。一般的なものだけだ。失礼なこと聞くかもしれないけど勘弁な」
「構わん。言ってみろ」
「どうしてこの場所にこれだけのリソースを注いで研究しているんだ?歴史を知ることの重要性を軽視してるわけじゃあないけど、ここは研究するには危険すぎると思う。モニカさんのような優秀な人を直接置いているのもリスクが高くないか?」
使わせてもらっている地下施設だって恐らく相当な金額や資源、多くの労力がかかっているのは分かる。そこまでしてここに固執する理由があると考えるの自然だ。
「…皇帝陛下のお考えに口出しするのは不敬極まる。お前もここだけにしておけ」
「そりゃ失礼。で?」
「知りたいことがあるのだろうな。重要な何かがここにあるんだろう」
リュデルはそう言い切った。そして言葉を続ける。
「始めに断ったように僕にも立場があって言えないことがある。だが、何か重大な理由でもない限りここまで大規模に施設を建設したり、何度も遺跡の調査隊を組んだりはしない。それがグリム・オーダーに繋がるのだとしたら大問題になる」
「それって…」
レイアが口を開きかけた所を俺が視線を送って止める。それに気がついたレイアは黙って頷いた。
リュデルは言外に、自分にも知らされていない何かがあると教えてくれているのだ。相当踏み込んだ回答だと思う。本来なら口にするどころか考えることさえ許されないようなものだと思う。
「…そろそろいい時間だな。皆今日は解散としよう」
「分かった。いいよな?」
俺はレイアたちの顔を見回した。それぞれ頷いて答えてくれる。この話し合いの場はここで解散することとなり、その場に残ったのは俺とリュデルの二人となった。
「解散だと僕は言ったはずだがな」
「リーダーとして最後まで残る責任があるんだよ。皆帰ったかなとかね」
「ふんっ、白々しいことこの上ないな」
悪態をついてはいるがリュデルの口元は緩んでいた。隣の席に腰を下ろすとリュデルが口を開いた。
「僕はこれから皇帝陛下とロールド家に書簡を送る。陛下から望みの回答が得られるとは思えんが、本家の諜報員からは何か情報が得られるかもしれん」
「物騒なことやってんなあ、大丈夫なのかそれ?」
「政治的な駆け引きでは情報とは武器にも防具にもなる。他者に攻め入る時も守りに入る時も、事前に武器防具をどれだけ揃えることができるのかで結果は大きく変わる。僕の帝国での立場というのはそういう世界の話なのさ」
「そりゃまた息苦しそうなことで」
改めてやはり住む世界が違うなと思った。立場も責任感もまるで違う。しかし同じ志をもつ冒険者としてなら俺たちは対等だ、劣等感をもつのはもうやめだ。
「返答にどれだけ時間がかかる?」
「急がせはするがここは本国まで遠いからな、それなりに時間はかかるだろう」
「返事を待つか?それとも最後の遺跡へ急ぐか?」
「時間が惜しい、僕が書簡をしたためたら出向こう。残りの遺跡、ノ・シレ遺跡へ」
俺はリュデルの言葉に頷いた。ノ・シレ遺跡には何が待っているのか、ゴルカとカーラのことを考えれば一筋縄ではいかないだろうと予想できる。
危険な冒険になるだろう、気を引き締めなければならない。俺は自分の手のひらを見つめるとぐっと力を込めて握りしめた。