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春実と魔法のホイッスル  作者: 幽霊配達員
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人間は極上の味?

「ん……んんっ」

 まわりの明るさに目を覚ますと、ゴツゴツした土の天井が見えた。壁の上の方には四角い穴がいくつも並んでいて、お日様の光が射しこんでいる。

「ここは……ゴブドンくんのお家だっけ。そうだ、泊めてもらったんだ」

 ベッドの上で、猫のように伸びをしてから部屋を見渡す。土の壁に扉と、洞窟のわりにしっかり形が作られていた。ちょっとボロっちいけど、木のテーブルやイスもある。

 あれ、どうしてよつんばいでお尻を突き出して伸びをしたんだろ? 普段は手を伸ばすだけなのになぁ。

(朝だニャ。お腹がすいたニャ)

「あっ、シロおはよぉ。って、挨拶ぐらいしようよ」

 呆れていたんだけど、漂ってきた小麦の甘い匂いで、お腹がキューって鳴った。

(春実ちゃんも似たようなものだニャ)

「さっ、早く起きちゃお」

 立ち上がって身なりを整える。黄緑色のワンピースをパンパンと払ってから、身体をねじってしわがないか確認する。

 首には水色のホイッスル。肌身離さず大切に身に着けている。

「おまじないをかけてもらったけど、まだ吹いたことないんだよね」

 寝室を出て、玄関とキッチンがあった部屋に行く。もうゴブドン家族が揃っていた。

「おはよー春実。よく眠れたか」

「おはよぉゴブドンくん。バッチリ眠れたよ。ありがとぉ」

 ゴブドンととーちゃんが背もたれのあるイスに座っている。三本指の緑の手がテーブルの上に乗っていた。パンとレタスも置かれている。かーちゃんは、薄く切った()し肉の塩づけを焼いていた。お肉の匂いが食欲をそそるよぉ。

 ゴブドンの隣に座る。帽子で隠れていた赤い髪は、寝癖でアチコチに跳ねていた。

「ほーらできたよ。たーんとお食べ」

 かーちゃんが料理を運んできた。

「うほぉ、うまそぉ。いただきまーす」

 ゴブドンはパンと干し肉を焼いたものを手でつかんで食べ始める。ゴブリン夫妻も同じだ。昨日もそうだったけど、ゴブリンは食べる時に箸とかフォークとか使わないみたい。

 箸を使わないのは気持ちに抵抗があるし、干し肉は手でつかむとやけどしそう。

「春実ちゃん、遠慮しないで食べなさい。子供はよく食べてよく遊ぶのが一番だよ」

 とーちゃんが痩せこけた顔でニコリと笑った。背もゴブドンと変わらないぐらいで、大人にしては低い気がした。

「あっ、はい。いただきます」

 パンも干し肉もおいしそう。そのまま食べてもいいんだけど、パンを二つに割って、干し肉とレタスを挟んで食べることにした。簡単なハンバーガーもどきの完成だ。

(でも、そろそろお魚も食べたいニャ)

 シロの文句は、ハンバーガーもどきと一緒に飲み込んだ。

 温めてあるのか、パンはふんわりとやわらかくて甘い。レタスはシャキシャキとしていて、干し肉はかめばかむほど味がジュワーって染み出てくる。残念なのは、タレが多くないから、パンに味が染み込まないことかな。

「春実はおもしろい食べ方するな。オレもやってみよ」

 ゴブドン一家は途中から、わたしの食べ方を真似してハンバーガーもどきを食べ始めた。

「うめぇな春実。こんな食い方を思いつくなんて、春実は天才だぜ」

 ゴブドンがわたしの背中をパンパン叩きながら、目を山なりに細めてニヤリと笑った。

「いたっ、痛いってゴブドンくん。もぉ」

 けど嬉しい。おいしい料理は一緒に食べたいもんね。白いしっぽもピンと立っちゃう。

「ところで春実ちゃん。お家に帰れないそうだけど、キャットピープルだよね。だったら南の通りを探せばお家が見つかるかもしれないよ」

 とーちゃんはわたしをキャットピープルだと思っているみたい。

「あっ、違うの。猫の耳としっぽはマリーちゃんの魔法でシロ、猫と合体させられちゃたからなの。わたし、元は人間なの」

 とーちゃんとかーちゃんがガタンと音をたててイスから落ちた。びっくりして目が飛び出るぐらいに開いている。

「人間、本当かい?」

「だとしたら、ううむ……うまそうな人間の肉。今晩はごちそうになるな」

 かーちゃんが確かめて、とーちゃんがジュルリとよだれを垂らす。

 なんでごちそうを見るようにわたしを見るの? やだ、怖い。

「ねっ、ねぇゴブドンくん。ゴブリンってひょっとして」

 ゴブドンに顔を向ける。動きは古い人形のようにぎこちなくて、ギギギって音が聞こえてきそう。

「んっ、あぁ。人間の肉は大好物だぜ」

 ゴブドンは好きなものを聞いてくれて嬉しいのか、ニヤリと笑う。

「ちょっと、そんなにいい笑顔をしないでよ。わたし食べられちゃうよ」

 平和に見えていたゴブドンの家が、急にライオンの(おり)の中に変わったような気がした。

 わたしは檻の中に放り込まれたエサの気分。このままでは食べられてしまう。

 座ったまま、お尻をずるずると後ろにやる。だけどすぐに背もたれに引っかかる。

 立って逃げ出せばいいんだけど、パニックになって考えがまとまらなかった。

 ダメ、逃げられない。このままじゃ食べられちゃうよぉ。パパ、ママ。

(絶体絶命ニャ。外にもゴブリンがいるからどうにもならないニャ)

 ただでさえ怯えきったわたしに、シロが追い打ちをかける。目元には涙が溜まって、半開きの口が塞がらない。身体は風邪を引いた時みたいに震えていた。

 とーちゃんが立ち上がって、ソロリと近づいてくる。わたしの両肩に緑色のゴツゴツした三本指がドンと置かれると、身体がビクリ反応して、涙が溢れ出した。

(ボクはおいしくないニャ。食べるなら春実ちゃんだけにするニャ)

 シロのはくじょー者。

 凶悪で影の濃い顔が目の前にくる。大きな口がパカリと開かれると、ギザギザに並んだ歯が光った気がした。悲鳴もあげられないくらい怖い。

「なーんてな。冗談だよ」

「……え?」

 何を言われたかわからずにキョトンと、とーちゃんを見あげた。

「確かにゴブリンは人間の肉を食っていたらしいし、極上の味だって伝えられている。けど、それもかなり昔の話だ。今じゃ誰も人間の味なんて知らないよ」

 はっはっと笑うとーちゃん。かーちゃんもニコリと笑っている。 

「えっと、ゴブドンくん」

「とーちゃんは人を怖がらせるのが好きだからな。困ったもんだぜ」

 ゴブドンがやれやれというふうに手を広げる。

「つまりわたしは、食べられたり……しないの?」

 見渡すと、ゴブドン一家はやさしそうに首を縦に振った。

 ホッ。よかったぁ。てっきり食べられちゃうかと思ったよぉ。怖かった。

「けど、人間だってことは隠した方がいいかもしれないね。魔族は人間のことをよく思っていないやつらが多いからさ」

「そうだね。黙っていればキャットピープルにしか見えないから」

 わたしは素直に頷いた。

 人間だと思ってもらえないのは悲しいけど、食べられたくないもん。冗談とはいえ、ギザギザの歯が凄く怖かったもん。

「それで、これからどうするつもりだい? お家に帰るにも人間の街は遠いだろうし、何よりその姿を見せるわけにもいくまい」

「元の姿に戻りたい。どうすればいいかな」

(ボクも気ままに歩き回りたいニャ)

 人間の街に行ってもどうしよもないと思う。本当、どうすれば帰れるんだろぉ。

 心細くなってきた。シュンと俯くと、ゴブドンにほっぺたをムニってつままれた。

「むにゅう。ゴブドンくん、いきなりなにするの」

「春実がつまらなそうな顔してたからさ。おもしろくしてやったぜ」

 ゴブドンはニヤニヤ笑いながら、指を離してくれた。

「もぉ、人がおちこんでる時にぃ」

 ブーたれちゃうけど、おかげで暗い気持ちが消し飛んでいった。

「ゴブドン。あんまり女の子をいじめるんじゃないよ」

 かーちゃんがため息をついて叱る。ゴブドンは、はーいと手をあげた。

「うむ、元の姿に戻る話だったね。そうだな~」

 とーちゃんはあごを撫でると、上を向いて考える。

「マリー姫様はわがままで有名だから、直接お願いしてもダメだろう。ここは王様にマリー姫様が悪さをしましたと言いつけてしまおう」

 とーちゃんは名案を思いついたとばかりに、手をポンと叩いてわたしを見た。

「どうして言いつけるの? 王様に合体させられちゃったから治してくださいって、お願いする方がいい気がするんだけど」

「合体魔法はマリー姫様のオリジナルだからな。治すことができるのもマリー姫様だけだろう。王様は合体とは別の、凄いオリジナル魔法を使えるからな」

「あの魔法は凄いね。王様には魔族に平和を与えてくれる頭のいい人ってだけじゃなれない。他の人に負けない魔法を持っていて、初めて王様になれる可能性を持つんだ」

 かーちゃんが腕を組んで、うんうんと頷いた。

 そっかぁ。王様は凄い魔法を使えるんだ。かっこいいなぁ。どんな魔法だろぉ。

「王様に会うにはお城に行かなきゃだよな。よっしゃ春実、一緒に行こうぜ」

「一緒に来てくれるの?」

「おう。お城への道もわからないだろ。それに、春実ひとりだと心配だしな」

 ゴブドンが笑って、任せろというように親指を立てた。

「ゴブドンくん。ありがとぉ」

 嬉しくて抱きつく。ゴブドンはうわっと声をあげて困ったように指で頬をかいた。

「ははっ。ゴブドンも隅に置けないな」

「とーちゃん!」

 あたたかな目で息子を見つめるとーちゃんとかーちゃん。ゴブドンはいたたまれない気持ちを叫びに乗せたのだった。

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