ゴブリンたちのお家
東の門に行くと守っている人が二人いた。クモっぽい人とキノコっぽい人だ。兵士さんみたいに槍を持ってヨロイを着こんでいると思ったんだけど、普通の服装だった。
ブキミで恐ろしかったけど、通る時はすんなりと通してくれた。親切に、親が心配するから早く帰るんだぞって、笑顔で手を振ってくれた。
ただ、手を繋いでいるのを見てヒューヒュー言うのはやめてほしい。恥ずかしいから。
兵士さんが手ぶらなのが気になってゴブドンに聞いたら、ヨロイとか武器は特定の魔族しか使わないんだって。ちなみにゴブリンはなんでも使うみたい。
道路は四角い石を敷き詰めたみたいに、広く整っていた。城を中心に十字に伸びているのを大通りって言うんだって。これも土魔法で、人間の道路を真似て作ったみたい。
だいだい色に染まる街の東側は静まりかえっていた。まるで下校時間をすぎた学校の廊下みたいに寂しい感じが漂っている。
夕方は静かな時間みたい。朝から昼間にかけて賑わっているって話だし、夜は怪しい物や掘りだし物を売る店が出るんだって。
聞いていて怖いって思うけど、ゴブドンはすっごく気になるみたい。夜のお店の珍しい物を見てみたいってはしゃいでいた。
男のロマンって言っていたけど、よくわからないや。
街の中心には立派なお城が立っていた。ドッシリとした壁はどろぼうとかの侵入を防いでくれそうだし、何個もそびえ立つ塔はサランサップの芯みたいな形をしていて、スリムに細長い。屋根がシャキって尖っている。
だけど全てが真っ黒で、見ていると階段を一段踏み外したような不安を感じてしまう。
「あそこに、マリーちゃんが住んでるんだよね」
(にっくきラスボスだニャ)
シロ、わたしたち別に戦うわけじゃないんだよ。
東の大通りを道なりに進んでから右、北の方へ向かう。どうやらゴブドンの家は北よりちょっと東側にあるみたい。
ポツポツと寂しく木が植えられていている。草ほとんどなくて、地面は茶色だった。
まわりにはたくさんのゴブリンがいた。みんな緑の肌に赤い髪、耳と鼻が尖っていて服装がだらしない。
男の人は皮のズボンだけだし、女の人も皮の服を巻きつけているだけだった。やせ細っている人や太っている人、背の低い人や高い人などたくさんいた。おばさんの集まりがお喋りしているのを見て、人間とあんまり変わらないかもって思った。
「わぁ……凄い」
ある意味で、と心の中で付け足した。
街の北北東は大きな岩がたくさんあって、洞窟の玄関みたいに大きな穴が開いていた。一つの岩にいくつか穴が開いていて、その全部がゴブリンの家みたい。
「あの穴、全部中で繋がってるなんてこともないよね?」
「近所付き合いは大事だけど、さすがにプライベートはしっかりしてるぜ」
「そうだよね。玄関はかなり離れてるもんね」
あははとごまかしながら眺める。玄関の他にも小さい穴がたくさん開いている。たぶん窓なんじゃないかな。
「着いたぜ。ここがオレん家だ」
ゴブドンが自慢するように笑うと、親指を立てて示した。玄関の近くには、丸の外側に八つの三角がついた、太陽みたいな模様が彫られている。
「ねぇ、ゴブドンくん。この模様は何?」
「これはオレん家のマークだな。ゴブリンは自分の家を間違えないように、それぞれマークを持ってるんだ」
他の玄関を見てみる。三角形がたくさんのマークとか、四角の中に丸が三つ重なっているマークとかいろいろあっておもしろい。
「そっか。このマークで家を見分けてるんだね。パッとだと全部同じ家に見えるもん」
「ははっ、そんな間違いするのは幼い子供ぐらいだぜ」
ゴブドンは当たり前のように言い切ってから、言葉を続けた。
「まぁ子供の頃は自分のマークだけ覚えとけばいいって思ったんだけど、いろんなマーク見てたら自分のマークがこんがらがって迷子になったんだよな」
(ダメダメニャ)
ゴブドンが懐かしむように腕を組んでうんうんと頷く。わたしは乾いた声で、あははと笑うことしかできなかった。
「人間にはどれも一緒に見えるのかもな。入れよ、歓迎するぜ。かーちゃんただいま!」
元気に声を上げて入っていく。けど初めて入る友達の家って緊張するなぁ。
「おじゃましまぁす」
ペコペコと頭を下げて、ビクビクしながらソロリと入った。
「おかえりゴブドン。おや、かわいいおじょーちゃんだね。友達かい?」
ゴブドンのかーちゃんは太っちょで、人当たりがよさそうな人だった。ゴブドンと同じ色の赤い髪は、短くてパサつき気味だった。
玄関から入ってすぐ右はどうやらキッチンみたい。土で形が整えられたかまどは薪で火が付いていて、鉄製の黒いなべからグツグツとお腹にやさしい音が聞こえる。
「うん、春実って言うんだ。精霊の森で出会った。迷子になってて家がわからくなったからつれてきた。かーちゃん、この子を泊めてやってもいいかな」
ゴブドンがお願いしている間も、料理から目が離せない。漂ってくる匂いのせいでよだれが溢れてきた。お腹もキューって鳴っちゃった。
ゴブドンもかーちゃんも揃ってわたしを見る。
匂いを嗅いでお腹を鳴らすなんて、食いしん坊に思われちゃったかも。これは違うって言いたかったんだけど、アタフタして言葉が出てこないよ。
「おやおや、どれだけ迷子になっていたのかねぇ。いいよ、泊めてあげるわ。このままほっぽり出すのもかわいそうだしね」
「やった。ありがとかーちゃん。よかったな春実」
うぅ、ふたりに満面の笑顔で笑われちゃったよ。けど無事に泊まれるんだよね。
「ゴブドンくん、ありがとぉ」
(よかったニャ)
その後は、帰ってきたゴブドンのとーちゃんと四人で夕食を食べて、ベッドでおやすみした。ベッドは土を固めて作ってあった。上に毛皮を敷いただけだから硬かった。けどいろいろあって疲れていたみたい。横になると、すぐに眠った。