魔族の住む街シェルタウン
夕焼け色に染まっている森の中。地面には葉っぱがたくさん落ちていて、ところどころ根っこが出ている。注意してないと足が引っかかって転んじゃいそう。
ゴブドンが先を歩いて家まで案内してくれている。
「街って、けっこう遠いんだね。足が痛くなってきちゃった」
(春実ちゃん情けないニャ)
うるさいなぁ。しょうがないじゃん。道が険しいんだもん。
「おぶってやろうか」
ゴブドンは振り向くと、凶暴そうに牙をギラリと光らせて笑う。
まだちょっと怖いけど、やさしいことは知っている。足も痛いから、おぶってって甘えたくなっちゃう。つい嬉しくて飛びだしかけちゃったし。どんどん大胆なっているよ。
「大丈夫だよ。ちょっと弱音を言っちゃっただけだから」
「本当にいいのか。耳が垂れてるし、しっぽもガッカリしたように曲がってるぜ」
えっ、と驚いて耳をさわると悲しそうにたたんである。しっぽなんかは一目瞭然。
「えっと、あはは」
心の動きが仕草でまるわかりになっていた。恥ずかしさで顔がカーっと熱くなる。
「ツラくなったら言えよ。春実は弱っちいからな」
ゴブドンは背中を向けると、歩き出した。足に気合を入れてついていく。
「ありがと。それより気になったんだけど、家ってどこにあるの?」
いたたまれないから話題を変えることにした。これ以上は心臓に悪いよ。
「シェルタウンっていう街の北側にあるぜ」
シェルタウン。どこかで聞いたような……あっ。
「マリーちゃんが言ってた魔族の街」
「マリー姫からも聞いてたのか。だったら話が早ぇや。向こうの方にあるんだぜ」
ゴブドンが指差す方は、ウンディーネが教えてくれた方向と一緒な気がした。
あれ。ウンディーネが教えてくれた街って、魔族の街? さすがに、気のせいだよね。
「どうした春実?」
考えているうちに足が止まっていたみたい。なんでもないと言って駆け出した。
「街はどんな所なの?」
「全体的に丸い形で、塀に囲まれてる。街の中心には王様の住むお城があるぜ。マリー姫もそこに住んでるんだ」
へぇ、って言いながらお城を想像する。
きっと真っ白で大きくて、立派なんだろうな。削ったばかりのエンピツみたに尖った屋根がいくつもあって、通路には柱がたくさん並んでいるのかも。お庭とかには色とりどりなお花畑。きれいな色で咲いていて、匂いも良いんだろうなぁ……。
「ンでもってお城の近く、街の内側は裕福な人が暮らす場所なんだぜ。って聞いてるか?」
「へっ? あっ、うん。もちろん聞いてるよ」
(あれこれ考えてて聞いてなかったニャ。春実ちゃん悪い子だニャ)
「うるさい」
小声でシロに文句を言ったら、ゴブドンが、どうしたって振り向いちゃった。ごまかすように手を振ると、不思議そうに前を向いた。シロが憎たらしいよ。
「街の外側は普通の人が住んでんだけど、東西南北で別けられてんだ。北は日差しが悪いから、お日様が嫌いな種族が住んでる。ゴブリンも北側の洞窟に住んでんだぜ」
「そうなんだぁ。お日様が嫌いなんてもったいないなぁ。どんな種族なんだろ」
「ゴブリンの他にはゾンビとかバットピープル、あっコウモリっぽい特徴の種族のことな。後はゴーストとか、夜が好きな種族が住んでんだ」
「ゾンビにコウモリにおばけ! そんなのが近くに住んでて大丈夫なの。おそわれない?」
夜に会いたくないのばかりなんだけど。ゾンビなんて、臭いが酷そうだし。
「大丈夫だぜ。みんなおとなしい種族だからな。平和だからちょっと退屈だけどな」
「本当かなぁ」
「うたぐり深いなぁ。まぁいいや。街の西側は酒場とか宿がいっぱいあるんだ。大人の場所だからって、子供は近づいちゃいけないって言われてる。特に夜は絶対ダメって」
魔族の街にも大人のお店はたくさんあるんだぁ。でもどんなことやっているんだろ。昔から気になっているのよね。
(盛り場ニャ)
「盛り場?」
首をコテンと傾げて呟くと、ゴブドンがなんだそれって呆れた。
「南側は普通の住宅だな。キャットピープルとかの獣人系が住んでるぜ。ハーピィなんかはわざわざ高いところに家を作ってる。上るの疲れるし、わけわかんねぇよな」
洞窟の中も、けっこう変だと思うけど。なんて言わない方がかしこいよね。
「じゃあ、東側は?」
「お店がたくさんあって、特に朝と昼間は賑わってるぜ。安くておいしいメシ屋とかたくさんあるんだ。明日にでも案内してやるよ」
おいしいメシ屋と聞くと、お腹がキューっと鳴ってしまう。慌ててお腹を抑えて、ゴブドンの背中を見つめる。聞こえて、ないよね。
「かわいい音だな。こんだけ歩いてりゃ腹も減るぜ。けどもうちょっと我慢な。家に帰ったら急いでかーちゃんにメシ作ってもらうから」
振り返りはしなかったけど、しっかり聞こえてたよぉ。うぅ、穴があったら埋まりたい。
「ほら春実。街についたぜ」
「へっ、あっ。大きい」
恥ずかしさで下を見て歩いていたら、いつの間にか辿り着いていた。森を抜けると、土色をしたレンガの壁が右の端から左の端まで伸びている。大きすぎて壁の先が見えない。
「この壁の向こうに街があるんだぜ」
ゴブドンが壁をコンコンと手の甲で叩いた。
「すごーい。たくさんのレンガが積みあげてある。作るの大変だったんだろうなぁ」
夕焼けに染まった壁が頼もしい。全ての敵から街を守ってくれそうだ。
「大変だったと思うけど、手で積みあげたわけじゃないぜ。魔法で土をいじって高く、固くしたんだって、とーちゃんから聞いた。だからレンガじゃなくてレンガもどきだな」
「あっ、そっか。魔法があるんだ」
「人間には魔法が使えないからな。パッとは思いつかねぇんだろ」
ゴブドンが腕を組んで、偉そうにうんうんと頷く。
「え。人間って魔法が使えないの?」
パラレルに住む人はみんな魔法を使えるんじゃないの?
「何を言ってんだよ。人間が魔法使うだなんて聞いたことねぇぞ。頭、大丈夫か?」
ゴブドンの反応からして、わたしはよっぽどおかしなことを聞いたみたい。
消しゴムで字が書けると思っている人を見たら、頭が大丈夫か心配になるのと一緒かな。
「ちょっとぼーっとしてたみたい。そうだよね。人間は魔法なんて使えないよね」
ごまかすように笑うんだけど、ゴブドンは疑わしげに目を細めていた。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ。それより、どうやって街に入るの?」
早く話を変えたかったのもあるけれど、気になっていたのも本当のことだ。見えているのは壁ばかりで、街がどんなのかはまだわかっていない。
(上を跳びこえるニャ)
シロ、それムリだからね。
「あぁ、オレたちがいた《精霊の森》は街の南東にある。まっすぐ街に向かったから壁に当たっちまったんだ。門は東西南北に一つずつあるんだぜ」
「そっか。街を守るための壁だもんね。どこからでも入れてら意味ないか」
「そういうこと。こっからなら東の方が近いかな。行こうぜ」
ゴブドンが手を差し出してきた。三本指に尖った爪が怖いけど、いつまでもそんなこと言ってられないもんね。
「うん。今日はよろしくね」
ニッコリと微笑んでから手を取った。ゴツゴツで固いところもあるけど、あったかい。このあたたかさは生きているってこと以上に、やさしいってことなんだと思う。
壁沿いの平坦な道を、手を繋いで歩いた。