165話 ざまぁ回のようでざまぁ回じゃないラブコメ回
久々に長くなりました。
今日から6時と18時の2回投稿にする予定です。
※投稿できない日は最新話の後書きでお知らせします。
「や、やっぱり…!治安なんて良くなかった…!」
ローズ・ウイエは追われていた。触らぬ神に祟りなし、彼女は興味本位で踏み込んだ路地裏に蔓延る悪神に喧嘩をふっかけてしまった。故郷フランスで次女ブロンシュを貶めていたローズは今まさに史上最大のピンチに陥っていた。
「待ちやがれ!クソガキ!」
「ひぃ!ひぃ!なんでウイエ家の看板娘である私が下賎な男どもに追われなければならないのよっ…!」
幸か不幸か商店街の路地裏は複雑に入り組んでいるため行き止まりに当たらなければほぼ永遠に逃げ続けることができる。ただし道幅は狭く前と後ろから挟まれてしまえば詰んでしまう。
「おい!いたぞ!そっちだ!」
「お、お父様の嘘つきっ…!」
ローズは恨んだ。愚かで安直な父親を。ローズは後悔した。高慢で強気でいた自分を。寄りにもよって目立つ格好をして来てしまった自分を。
「はっ!行き止まり…!?」
後悔しながら走っていたらいつの間にか終点に辿り着いてしまった。
「ひひひ、嬢ちゃん、ゲームオーバーだねぇ」
「き、気持ち悪い!寄らないで!」
「じゃあ、逃げてみなよ、ほらほら」
「仲間たちもそろそろ来るってさ。仲間たちとも遊んでくれるのかい?」
「遊ぶ…?弄ぶの間違いでしょう…?助けて、お願い、私が悪かったの、もうしない、もうしないから!」
「なぁ、この嬢ちゃん、金持ってそうじゃね?引き渡して金貰おうぜ!」
「そ、そうよ!私の家はお金持ちなの!お金ならたくさんあげるわ!だから見逃して…」
「そうだな。見逃してやろうぜ」
「ほ、ほんと!?」
「ああ、オレたちと遊んでからな…!」
「あ、うあ、ああ…白馬の王子様にも会えてないのに…」
「ぶははははは!!白馬の王子様だってよ!くそわらえる!」
「馬並みのブツなら持ってんぞってか!ははははは!!」
下賎な輩、卑猥な言葉、下卑たる笑い声、絶望でしかなかった。来日してすぐにこんな目に遭うなんて誰が予想出来ただろうか。
十人以上の男たちがすっかり萎縮した少女に躪り寄る。少女はじわじわと少しずつ少しずつ絶望の淵に追いやられていた…物理的にも精神的にも。少女は後退りをしようとしたができなかった。いつの間にか地面にへたり込んでしまっていた。
「おい、そこで何をしている」
数十人の男たちの後ろから声が聞こえた。その声も男の声だった。少女の位置からはどんな男が来たのか見えなかった。
あぁ、また人が増えた…しかも男の人…やっぱり希望なんてないんだ…
「見りゃわかんだろ、お仕置タイムだ」
「見てわかんねぇから聞いてんだろ、つーか、わざわざ狭い路地で群れてんじゃねぇ」
「んだとテメェ!ここが誰のシマだと思ってんだ!」
「何言ってんだ?ここは島じゃないぞ。山でもないけどな」
「あぁ!?馬鹿にしてんならテメェからやんぞゴラ!」
「さっさと妹を迎えに行きたいのにやることが増えてしまったか…」
「1人で何言ってんだ!来ねぇならこっちから行くぞ!!」
ローズは新しく来た男と元から居た男が仲間割れを起こしたのかと思った。でもそれは違っていた。
「げふっ!」「ぐふぅ!」「びゃっ!」「ひでぶっ!」「ごはっ」
目を瞑っている間に男たちは倒れ積み重なっていた。最後に来た男を除いて。
「さて…大丈夫だった?」
「あ…はい…あ、あの…ありがとう、ございます…おうじさま…あっ、やばっ!」
恐怖から解放された反動か、ついつい助けてくれた男を王子様と呼んでしまった。ローズは取り消したくても取り消せず恥ずかしくて赤面した。
「んん?おじさま?俺はまだ16の高校1年生だぞ」
「あ、いや、違くて、その…やっぱりなんでもないです!ごめんなしゃい!あっ、ご、ごめんなさい…」
「落ち着いて。とりあえず深呼吸しようか」
「は、はい…」
「吸って」
「すーーー」
「吐いて」
「ふーーー」
「どう?落ち着いた?」
「は、はい…落ち着きました…」
「…俺、そんなにこわい?」
「え…?そ、そんなわけないじゃないですか…!助けてくれた人にこわいだなんて…」
「でも、君は震えてる」
「あ…」
言われるまで気づかなかった。自分の手が震えていることに。足に力が入らなくて立てないことに。肩の震えが止まらないことにも全く気づかなかった。
「よく頑張ったね。もう泣いてもいいんだよ」
彼は少女の背中を優しくゆっくりと摩った。
「うっ、うっ、うぇぇぇぇん、こわかったよぉぉぉぉ」
泣いてもいいという言葉に甘えた。因果応報とはいえここまでの恐怖を感じるのは初めてだったのだから。
「よしよし、もう大丈夫だからね」
彼は少女の心が落ち着き息が整うまでずっと背中を摩ってあげたのだった。
「…ぐすん」
「大丈夫そ?」
「はい…助けていただいた上に慰めてくれてありがとうございました」
「あはは、慰めてたわけじゃないけどね。こんなところで1人で泣いてたらわるーい大人にまた追いかけられちゃうかもしれないからね」
「そ、そうですね…」
ローズは言えなかった。追いかけられる原因を作ったのが自分だなんて言えなかった。聞かれるまで黙りを貫くしかなかった。
「ところで、君は…」
「ひゃ、ひゃい!!」
「あはは…俺ってそんなにこわい?」
「そ、そういうわけでは…!」
「それとも、何か言えないことでもあるのかな?」
男の目が鋭くなり考えていることを見抜かれたように思えて戸惑う。
「あ…う…な、なにも…」
「ははは、隠すの下手だねー。ところで君はこの辺の人じゃないよね?どこから来たの?よかったら教えてくれないかな?」
「あ…はい…私は…」
「名はローズ、姓はウイエ…ね。初めて聞いたなぁ」
「今朝来日したばかりなんです。それでお昼前に桔梗さんっていう人のところに行ってきたんです」
「…!」
「どうしました?」
「ごめんごめん、なんでもないよ」
「ところで、貴方の名前をお聞きかせ願えますか?」
「俺の名前は潔。ただの潔だよ」
「タダノ・イサギ様ですね!」
「様なんて仰々しいよ」
「いいえ!イサギ様は私の命の恩人なので!私にできることがありましたらなんなりとお申し付けください!」
「まぁ、それは追追ね。とりあえずローズをご両親のところに送り届けないとね」
耳がいいのと聞き間違いが少ないのは違うと思う(持論)