130話 執事は無職への転職に成功しました。
今回もかなり長いです。
「ゼェゼェ…」
金髪ツインテドリルのお嬢様は肩で息をしながらこちらを見ている。こちらを見ている…?2つの選択肢がふと脳裏に浮かんだ。
【仲間にする】【無視する】
当然後者を選ぶのだがその前に気になることがある。
「ドリル先輩、あんなに息切らしてどうしたんだろうか」
「あの坂を息切らさずに上りきれるのは潔くんくらいだと思うよ…」
なるほど。あの坂をわざわざ上ってきたのか。
「あの坂を上ってくるなんて相当なマゾヒストだよな」
「え、なんで?」
「緩やかな坂道から来るという選択肢もあったはずなんだが…」
「えっ?そうなの!?」
「春野…知らなかったのか?」
「知らないよ!言ってよ!」
おかしいなことを言う女だ。直接教えたわけじゃないが俺の言ったことを思い返してみればわかるはずだ。
「心臓破りの坂は近道って言ったじゃないか」
「潔くんがそう言ってたから心臓破りの坂を上ってきたんじゃん!」
「選択肢はもう1つあったけど春野は近道を選んだじゃないか」
「はぁ!?どこに…近道?つまり遠回りもあったってこと?」
「そうだぞ。でも俺は仮にも運動部の春野なら心臓破りの坂を難なく上りきれると思ってたんだけど…」
実際、ドリル先輩に向けた怒りによる馬鹿力で上りきってたんだけど。
「はぁ…そうだったんだね…」
「そもそもさっきの少年や母親だってあの坂は上れないだろ」
「それもそうだね…」
春野は状況判断力が弱いな。即決力はあるが、その場の勢いだけで突っ走って真っ先に死ぬタイプだ。光先輩は状況判断力が高く冷静だが優柔不断でなかなか動かないタイプだ。1番先に狙われて死ぬタイプだな。
「ちょっと!あなたたち!何してるのよ!早くその男を捕らえなさい!」
「お嬢様…私はもうあなたに、禊萩家で働きたくありません」
おっと、隊長のおっさん、急にどうした?
「ポムグラ兄弟も同じ意向です。今この時を以て禊萩家の執事を辞職します。今までお世話になりました。さようなら!」
さすがに突然すぎる気がするし、このような言い方だと却って相手を煽ることになる…というのはおっさんたちも覚悟の上でのことか。
「ふざけないで!待ちなさい!特殊執事部隊の隊長と副隊長が禊萩家に反旗を翻すということかしら!?」
「そういうわけではありません。しかし、我々は今回の件には関わらなかったということにしていただけないでしょうか」
「どうして!?昔から任務は必ず遂行してきたあなたたちが、百戦錬磨の執事が何を恐れるというの!?」
すごく白熱してるところ申し訳ないが昼休みの時間が迫ってきているためさっさと学校に戻りたい。あとトイレ行きたい。なんて考えてることがバレてしまったのか、執事3人は俺の顔をチラリと見た。
「な、なにか?」
「あの男の何が恐いのよ!」
「ワガママなドリr…お嬢様にはあの人の恐ろしさは一生わかりませんよ」
執事にもドリル呼ばわりされてるのは普通に可哀想だな。まぁ、同情はしない。だって髪型がドリルの人の気持ちなんてわからないから。同情するなら髪型変えろ、同情するなら髪型変えろ。
「…わかりました。もう知りません。禊萩家はあなたたち6人に宣戦布告します!」
わなわなと震えるドリルが鋭さを増して全員を指差した。
「お、お嬢様…!?」
「ドリル嬢!それはさすがに親父殿の怒りを買うぞ!」
「誰がドリル嬢よ!これは次期当主の私が決めたことよ!疚無家なんてどうせぽっと出の無名でしょう!?楽勝よ!」
おっとっと、これは1本取られましたな。
「それじゃ、俺たちは先に学校に戻るんで。さよなら」
「潔くん!私はまだあの人にやりたいことできてない!」
春野が俺の腕を掴んで学校に戻るのを阻止した。なんだ?言いたいことじゃなくてやりたいこと?不穏だ…嫌な予感しかしない…
「喰らえ…!私の怒りのレシーブ…!!!」
コイツは本物のバカなのかもしれない。レシーブはパスを受けることだ。ボールを打ってゲームを始めることはサーブだ。
「それを言うならサーブだ、バカ」
「あれっ?そうなの?」
ボールを高く上げた後にボソッと呟いて間違いを指摘したら腑抜けた声を出して思い切りスカした。本当にコイツ、練習してるの?
「私に任せてください!」
ワンバウンドしたボールを光先輩が脚を真っ直ぐに伸ばして蹴った。
「おらぁっ!」
大人しくて可憐な副会長から今までそんな野太い声が出た時があるだろうか。たぶんない。そしてこれからもそんな声を出す機会は来ないだろう。俺はもう聞きとうない。
「ふがっ!?」
光先輩と春野の渾身のコンビネーションアタックがドリル先輩の顔面に炸裂した。ボールの勢いは小さかったので鼻血も出ていないと思う。
「ないすです!光先輩!」
「春野さんもナイスパス!」
絶対違うだろ。思い切りスカしてたじゃん。
「春野…お前さ…」
「なにかな?潔くん」
「お前だけはドリル先輩の言うこと間違ってないんじゃないか…?」
「はぁ!?この期に及んであの人の肩を持つの!?」
この期に及んでお前はまだ自分は姉のようになれると思っているのか?
「お前が空振りしなかったらお前のことを擁護してたけど目も当てられないくらい酷かったぞ。ど素人の俺が言うのもなんだが、マネージャーの方が向いてると思う」
「うーん…考えとく」
「それで、光先輩の弁明は…ってあれ?ドリル先輩、死んでる?」
「いえ、気絶してますね。私のことは大丈夫です。気にしていません」
この人、嘘つくの下手だなぁ。
「んじゃ、執事…じゃなくて無職のおっさんたち、あとは任せます」
「少年、無職はさすがに怒るぞ」
「そうだそうだ!まだ辞めてないわ!」
「あ、宣戦布告の件は了承しました」
「「「や、やめてくれぇぇぇぇ!!!」」」
急に泣き出したぞ、このおっさんたち。ちょっとこわい。
鬼ごっこは無事終了…!だけどまだまだ続きます。
鬼ごっこよりも印象に残ってること…アイスドリアン
作者も久々に食べたいっす…