114話 エピローグ:梅ノ木 桃
温泉旅行編 梅ノ木先生視点の最終話です。
「風呂はどうでしたか?」
「気持ちよかったわよ」
イサギくんは愛さんとの話を終えて帰ってきた。どことなくスッキリした表情に見えるので和解(?)できたみたいだ。
「じゃあ、寝ますか」
「えっ、イサギくん、ここで寝るの?」
「最終日くらいは同じ部屋で寝ようかなと。まぁ、別の目的も兼ねてですけどね」
「別の目的って…もしかして未成年から手を出せば犯罪にならないと思ってるの?それは間違いよ?」
「相変わらず頭がお花畑で安心しました。俺は先に寝ます。おやすみなさい」
布団に入って3秒くらいで寝息が聞こえてきた。彼の早寝技術は神業と言えるかもしれない。
「あっ…寝付き良すぎるでしょ…」
「ふふっ、憎まれ口も彼の可愛いところですね」
「そうね。私たちも寝ましょうか」
「えっと…イサギくん、なぜか真ん中で寝ちゃいましたけど…」
「これは…わざとね」
「性格が良いのやら悪いのやら…」
「とりあえず寝ましょ。おやすみなさい、詩」
「おやすみなさい、先輩」
そして、私たちは温泉旅行最終日にようやく全員揃って同じ部屋で寝ることができた。
その晩、夢を見た。暗い暗い闇の中、大柄な男に殴られ、蹴られる夢だった。あれは私が生きてきた中で1番恐怖を感じた時間だった。
『ちょっと離しなさいよ!』
『あぁん?うるせぇぞ、このアマぁ!』
1度目の抵抗で私は顔を殴られた。父親にも打たれたことがない顔を赤の他人が殴打した。
『くっ…』
口の中は切れ鉄の味がした。
『失敗したなぁ、お前みたいな細っこい女よりもあの旅館の娘を攫ったほうがよかったなぁ。あのガキの方がまだ遊びがいがありそうだ』
『ふざけないで!私の生徒に手を出したら許さないわよ!!』
『てめぇ、自分の置かれてる状況が分かってないみたいだな!死ねよ、オラァ!』
2回目の抵抗も虚しく今度はお腹を蹴られた。顔を殴られた時よりお腹を蹴られた時のほうが痛くて辛かった。泣きそうになった。でも抵抗して時間を稼げばきっと…きっと彼が…
『なんだか下が騒がしいな…てめぇはここで静かにしてろよ。騒いだら今度は分かってるだろうな?』
『ぁ…う…ぁ…』
声にならない声とはこのような声を指すのだろうか。もう意識は途切れ途切れだった。
意識が途切れ瞼が閉じそうになった時、目の前に男が立っていることに気づいた。
あぁ、私は今度こそ…もうダメなのかも…彼に、まだ謝ってないのに、想いを打ち明けてないのに…諦めかけた時だった。月の光が男のつま先から頭の天辺までを照らした。そこでようやく私は涙を流せた。
「い、さ、ぎく…ん」
後ろから抱きしめられる感覚がある。これは現実だ。いつの間にか夢から覚めていたようだ。目元が少し乾燥している。私は夢を見ながら泣いていたことに気づいた。
「大丈夫だよ」
「イサギ…くん…?」
「もう大丈夫だから。思う存分泣いていいよ」
あぁ、生徒の前で…なんてみっともない…大人として子供の前で見せる姿ではない…そんなことはわかっていた。だけど、それには抗えなかった。大男には2回も抵抗できたのに、私は好きな人の前では無力だった。
「もっと…抱きしめてくれる…?」
「わかった。頑張ったね、桃」
名前で呼ばれたのが嬉しくて、自分でも少し顔が綻んだのがわかった。たぶんこれが彼が寝る前に言っていた別件なんだろう。彼は優しい。器が大きい。だから私は彼を好きになれたんだ。
「イサギくん……ありがとう…大好きだよ」
「ありがとう、桃。俺も大好きだよ」
彼の言葉にそういう意味合いがないのはわかっていた。けれども大好きな人にそう言われて嬉しくないわけがない。その言葉を聞けばもう怪我の痛みもあの時の恐怖も無かった。
「イサギくんに出会えてよかった」
「俺も桃に…先生が担任で良かったです」
本当にそんなふうに思ってくれてるなら教師冥利に尽きる。教師としても1人の女性としても彼を支えられる人間に…私はなりたい。
「…ところでイサギくん、君、恋愛音痴のわりに女の子の慰め方に随分と慣れているのね」
「んー、慣れているというか従姉妹がよく泣きべそをかいていたのでそれでですかね」
へぇ、従姉妹とかいるんだ。初めて聞いた。
「従姉妹は何人いるの?3人です。3人とも女の子で疚無3兄弟の3人とそれぞれ同い年です」
「それぞれ同い年というと、長女が長男と、次女が次男と、三女が三男とってこと?」
「そういうことです」
そんな偶然あるのかしら…まるで対にするかのような…
「なるほどね。よくわかったわ。だけど…」
「なんですか?」
「誰彼構わずこんなことしちゃダメだからね!わかった?」
「わ、わかりました…たぶん」
わかってないだろうなぁ…イサギくんの優しさが後ろからのハグだなんて女の子もたないよ…
たまにはこんな書き方も良くないですか?新キャラもしっかり匂わせました。
次話は17時に投稿します。
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