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第40話 因子

 二人は、今なおいくつもの黒煙が立ち上る東部ソーマ国へ向かうことにした。


 一刻も早く食い止めなくては。


 次期魔王の私なら、この侵攻を阻止することくらいはできるはずだ。


 東部ソーマ国まであと少し。


 辺り一面が灰と化した草原を二人で走っていると、エルナは前方からただならぬ魔力を感じ取った。


「待ってくださいマリナ! その先から膨大な魔力を感じます!」


 それを聞いたマリナが立ち止まる。


 エルナが感じ取った魔力は、瞬く間に大きくなっていった。


「何者かがこちらに近づいてきています!」


「――【るいへっ」


「おやおや王女様ではありませんか。こんなところで【塁壁】なんか使おうとして、どうしたのです?」


 そう言ってエルナの右手をつかみ、空いた手でエルナが深くかぶったフードを脱がせたのは、魔王軍総司令官の吸血種――キリス・ガイスラーだった。


 長年魔王に仕える生真面目な吸血種で戦略に長けており、魔王からの信頼も厚く、魔王軍において指折りの人物である。


 吸血種特有の長身痩躯ちょうしんそうくであるが、ひ弱な見た目からは想像もできないような力でエルナの動きを封じている。


「キリスさんではないですか。キリスさんこそ何をしているのですか。こんなところで油を売っていてよいのですか」


 キリスの腕を振りほどこうとするが、びくともしない。


「御覧の通り、お掃除ですよ。王女様こそ何を……」


 エルナの腕をつかんだまま芝居じみた尋ね方をする。


 エルナの返答を待たずして、そのまま一人納得したような様子でうなずきながら続けた。


「ああ、そちらのお友達と遊んでいる最中でしたか。人族、それも救世主の娘がお友達とは」


「あなたには関係のないことでしょう。さあ私たちを開放してください。行かなくてはならないところがあるのです」


「王女様の命令とあれどそれはできません。そう、そちらの人族の子を始末するまでは」


 キリスはただでさえ細い目をさらに細めて不気味な笑みを浮かべると、エルナを突き飛ばした。


 力強く押し飛ばされたエルナが、バランスを崩して後ろに転ける。


「エルナに何するのよ!」


「ほう、救世主の娘というだけあって威勢だけは良いようですね。お父様によく似ています」


 言いながらマリナに一歩ずつ近寄るキリスの手は紅に発光し、その光は辺りの魔素を吸収して次第に大きくなっていく。


 キリスはマリナを殺す気だ。何とかして食い止めなくては。


「すぐ終わりますからね。じっとしていてください」


 不気味な笑みを浮かべてにじり寄って来るキリスを目前にしたマリナは、恐怖で脚を震わせながら後ずさりした。


「――【雷電】!」


 勢いよく立ち上がったエルナの掌から、キリス目掛けて眩い電光が一本走るが、キリスはそれを片手でいともたやすく跳ねのけた。


「やめてくださいキリスさん! お願いです。お願いですからやめてください!」


 エルナの叫びを聞いたキリスはぴたりと歩みを止め、おとがいに手を添えて考える素振りを見せた。


 エルナにとって永遠とも思えるような数秒が経過したのち、キリスはおもむろに小さな口を開いた。


「うーん、確かにこれではエンターテイメント性に欠けてしまいます。分かりました。私が彼女を始末するのはやめましょう」


「本当ですか? ありがとうございます」


 エルナは、安堵の胸をなでおろした。


 それを聞いたキリスはにやりと笑って、エルナのほうへ人差し指を突き出し左右に振ると、顔をぐっと寄せた。


「何か勘違いしておられるようですね。私は『私が』始末するのを止めると申したのです。決して彼女を始末しないとは申しておりません。ゆめゆめ勘違いなさらぬよう」


 エルナにはキリスが何を言っているのか理解できなかった。


「しかし、この場でキリスさん以外にマリナを始末しようとする人などいません」


「その通りです。しかし私があなたを操るとしたら……どうです?」


 キリスは一切表情を変えないまま、大げさな身振りを交えて答える。


 しばらくの間、黒く焼け焦げた草原が沈黙に覆われた。


「面白そうでしょう? そうでしょう? では始めましょう――【絡繰からくり】!」


 上気した顔のキリスが興奮気味にそう唱えた途端、エルナは自分の体が金縛りにあったように動かせなくなったことに気づいた。


「なっ、体が動きません。何をしたのですか」


「お分かりになりませんか。たった今、あなたは私の傀儡かいらいとなったのです」


 エルナの体は、キリスの放った魔法――【絡繰】によって操り人形のごとく操られている。


 エルナの力では、魔王軍総司令官であるキリスに逆らって自分の意志で体を動かすことはあたわなかった。


 首から上しか思うように動かすことができないエルナは、文字通りキリスの傀儡であった。


「木に縁りて魚を求む。たった一人の人族に肩入れして魔族共通の目的を忘れるなど言語道断です。赦されざるべきことなのです! ゆるすまじ、赦すまじ、赦すまじ!」


 キリスが、興奮で深紅に輝いた吸血種らしい瞳を大きく見開いてエルナに詰め寄る。


「なにが魔族共通の目的ですか。そのような愚かな目的など忘れて当然です」


 エルナは、眼前のキリスを鋭くにらみつける。


「ほう、次期魔王が異端とは。由々しき事態ですねえ。しかし面白い! ご安心ください王女様」


「私の動きを封じておいて何を言っているのです。わけが分かりません」


「これから、私が責任をもってその異端の心を矯正して差し上げます。人族と関わるとどうなるのか、身をもって体感していただきましょう。どうです、面白そうでしょう?」


「何をする気ですか!?」


 普段の生真面目な印象とは打って変わって薄気味悪いキリスの表情と声色から危険を察知したエルナは必死でもがくが、体は思うように動かない。


「さあ、さあ、さあ! 私を存分に楽しませてもらいましょうか」


 そんなエルナをしり目に、キリスは大きく口角をあげて興奮気味に高笑いした。


 キリスが細くて長い腕を片方振り上げる。

 

 エルナは、すぐそばで腰を抜かして座り込んでいるマリナのもとへとおもむろに歩み寄り始めた。


 自らの意思に反して、一歩、また一歩と歩を進めていく。


「逃げてくださいマリナ!」


 エルナが声を荒らげる。


 キリスがこれから何をさせようとしているのかは分からない。


 しかし、目の前に座り込んだままのマリナの身に危険が迫っていることは分かった。


 エルナの叫声を聞いたマリナは、震える手を地について立ち上がろうとする。


「おっと、そうはさせませんよ。またまた――【絡繰】」


 ようやく立ち上がったマリナのほうへ空いた片手を差し向けるキリスに、エルナはこの上ならない恐怖を覚えた。


 こうなってしまっては、私にできることなどもう何もない。


「どうしようエルナ、私の体動かないよ」


「やはり人族。王女様に比べて格段に操りやすいです。ほら、そのすすけた汚らしい両手を広げて王女様の到着をお待ちなさい」


 マリナはキリスに操られるままにエルナのほうを向くと、その場で両手を大きく広げた。


 エルナも、両手を大きく広げてマリナの目の前で立ち止まらされた。


「さあお二人とも、ここで問題です。これから私はお二人に何をさせるでしょう? 正解するといいことが……!?」


 キリスはわざとらしく両手を大きく広げて空を仰いだ。

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