そして冒険の旅路へ
「………えっ?」
あまりの事に面食らってしまう。
えーっと、今フィルミールさん「私も連れて行って」と言わなかった?
「正直、レン様が冒険者になることは私は反対です
ですが、レン様が決めた事を私が妨げたくはありません
ならば、私も旅に同行してレン様を支え続けます」
フィルミールさんは表情を崩さすそう言ってのける。
あっけにとられる私を横にゼーレンさんが困った様に口を開く。
「冒険者になると言っても、フィルミール嬢ちゃんは聖教の神官じゃろ?
なら神官としての職務みたいなものが在るんじゃないのかの?」
そうだよね、異世界に来たばかりで根無し草な私とは違い
フィルミールさんは神官と言う職についてるっぽいんだよね。
なのにわざわざそれを捨てて冒険者になる必要は無いと思うんだけど………
「その様なもの、レン様の為なら喜んで捨てましょう
今の私は、レン様の傍にいるのが全てですから」
そう言えば私の伴侶になりたいって言ってたよね。
慕って貰えるのは光栄だけどちょっと重いような………
「その言葉は物凄く有難いんだけど、それってフィルミールさんに
物凄く迷惑かかったりしない?」
宗教ってのは面倒な印象があるんだよね、お爺ちゃんも嫌ってたし。
「はい抜けます!」と言って抜けられるようなものじゃないと思うけど。
「その点はご心配なさらなくても大丈夫です、所詮私は下っ端ですので
そんな人間の行動を一々監視するほど聖教は暇ではありませんから」
そうなんだ、そう言う割には凄く神秘的な感じがするけど
私がそう感じてるだけなのかな?
けどなんか暗殺者っぽい男達に襲われてたような………
「重ねてお願いします、どうか私をレン様の旅路に同行させてください」
そう言ってフィルミールさんは深々と頭を垂れる。
表情は見えないけど本気らしいことは伝わってくる、確かに同行して
くれるならこれ以上有難い事は無いんだけど………
「嬢ちゃん、どうやら決意は固いみたいじゃぞ
この様子だと決して諦めはせんじゃろ、なら一緒に旅した方が
嬢ちゃんも好都合かと思うがの」
悩む私にゼーレンさんが後押しをする。
「それに、祈祷魔法を使える神官が冒険者になってパーティに入るのは
正直他冒険者なら諸手を上げて喜ぶほどの事なんじゃ
何せ冒険者として1番厄介な事柄の病気や怪我の治療を一手に
任せられるんじゃからな」
へぇ、そうなんだ。
まぁ考えてみれば神官が冒険者になる理由なんてないし、怪我や病気を
魔法で治せるなら安心度は段違いだね。
けど、やっぱり即断はできない。
帝都までの同行するゼーレンさんと違ってフィルミールさんはずっと私に
同行すると言ってるんだよね。
正直当ての無さすぎる旅だ、どこで野垂れ死んでもおかしくない。
そんな事に軽々しく付き合ってなんてとてもじゃないけど言えない。
―――だから私は、フィルミールさんの決意の程を確かめる。
「フィルミールさん、もし一時の感情でそう言ってるのなら止めた方がいい
正直私達が想像もできない様な過酷な旅になる可能性もある
時には死の危険に何度も晒されるかも知れない、それでも………」
「構いません、レン様と一緒にいられるならむしろ望むところです」
私の問いにフィルミールさんは間髪入れず答える。
その表情に迷いはなく、確固たる決意を見せていた。
………ノータイムで返答の上その表情ね。
少なくとも生半可な覚悟や一時的な感情で話してる訳じゃない事は分かった。
ゼーレンさんの言う通り断っても一緒に来そうだね、これは私の負けかな。
なら、私から言う事はただ1つ。
「分かったよ、だったら条件を出させて貰っていいかな?」
「伺いましょう、何でも言って下さい」
フィルミールさんが僅かに表情を強張らせるけど、そんな大した条件じゃないよ。
「私の事、レン様と呼ぶのは止めて欲しいかな
これから一緒に旅をする仲間なんだから、なるべく遠慮は無しにしたいからね
それと無理して敬語を使う必要もないよ、確かに似合ってるけど
時々素が出ちゃってるのは私にも分かったからね」
フィルミールさんははっとした顔をすると、恥ずかしそうに視線を逸らしながら
「見破られてたのね、自分では結構上手くできてたと思ったけど」
「普段は完璧だったよ、ただ驚いたりゼーレンさんと話す時に
敬語が取れてたけどね」
「そう………やっぱりあのスケベ爺分かっててやってたのね」
フィルミールさんがジト目で睨むけどゼーレンさんはどこ吹く風の様に
笑いながらこちらのやり取りを見学している。絶対楽しんでるよねあの人。
「けど、敬語を取ってくれたって事は了承してくれたんだよね」
「ええ、敬語で話すのは苦痛って訳じゃないけれど話慣れた方が楽なのは確かよ」
フィルミールさんはそう言ってにっこり笑う、同じ笑顔のはずだけど
なんだか硬さが取れた印象だね、神秘的な雰囲気は変わらないけど。
「フィルミールさん、これから色々と迷惑をかける事になるけど、宜しくね」
「それこそ望む処、レンの行く所だったら例え地獄だろうと喜んで付き合うわよ
あと私の事は『フィル』って呼んでくれるかしら
遠慮は無しって話だったしね」
「うん、分かったよ、フィル」
私達はお互いの距離が縮まったことを確認し、笑い合う。
その様子をゼーレンさんが楽しそうに眺めている。
「さて、それじゃ帝都やらに行って冒険者になりますか」
「その前に色々と準備しないと。ここから帝都までは結構距離があるし
レン、貴方のその格好だと旅がし辛そうだし帝都じゃ目立って仕方ないわよ」
「そうじゃのう………確かにその格好は色々と不都合が出そうじゃな」
早速出発しようとする私に2人が待ったをかける。
テンション上がって思わす言ったけど、ここは元の世界みたいに交通網が発達した
訳じゃなかったんだよね。
この辺りの感覚も少しづつ慣らしていかないといけないかな。
とは言え服ね、まぁ確かに学生服じゃ旅に不向きだろうしこの世界じゃ
目立つだろうけど。
「と言う訳でレン、今から服を買いに行きましょ
心配しなくても大丈夫、私がレンに1番似合う服を見繕ってあげるから♪」
「えっ?似合う服って旅装束を買いに行くんじゃなくて?」
「そう言う事ならば儂も手伝うぞい、荷物持ちは当然としてこの老練の瞳が
レン嬢ちゃんにぴったりの服を見つけて見せようぞ」
「えっ、あの!ちょっ!?」
両脇を2人にがしっと捕まれ、私は引きずられていく。
えーっとさ、2人とも旅ができる服を買いに行くんだよね?私を着せ替え人形として
遊ぶ為じゃないよね!?
………結局、2人の着せ替え熱が過熱しすぎて出発が1日遅れてしまった。
出発前から前途多難だなぁ私………
こうして、私と仲間達との冒険の日々が始まった。
その先に幾多に及ぶ戦いと、苦しくも楽しい日々が待っているとは
その頃の私には想像も出来なかった。
………
………………
………………………
一方その頃、遠く離れた地では2人の男が対面していた。
男の片方は絢爛豪華な衣装を身に着け、跪いている部下らしき男を
見下ろしている。
「あれの行方はどうなった?」
男が豪然たる口調で跪いている男に語り掛ける。
「申し訳ありません、【執行者】の連絡が途絶え、行方不明に………」
「何?」
部下の答えに、一瞬眉を顰める男。
部下の男はその様子に緊張で体を固くする。
「連絡が来ない、という事は【執行者】達は返り討ちに遭った、という事か」
「恐らくは………ご指示通りレベル30以上の者を向かわせたのですが」
「ふむ………」
男は顎に手を当てて思案する。
「まぁいい、行方知れずとなったのは却って好都合だ
恐らくこちらにも戻って来はすまい、ならば我らは事を済ますまで」
「………御意、では手はず通りに」
そう言って跪いていた男が一例をし退出する。そして残った男は口に笑みを浮かべ
「【神器】は我にあり。さぁ、始めるとしようではないか」
誰に聞かせることもなく、そう呟いた。