人形達の主
「ん~~~~~~っ!!」
次の日の朝、あれから直ぐに体の汚れを落としベッドに入った私は
部屋のベッドから起き上がり伸びをする。
………寝不足の疲労感はない、昨日あんな話を聞かされたのに
ぐっすり眠れるなんて自分の神経の図太さに改めて感心する。
まぁ、休めるときに休めって事を叩き込んでくれたお爺ちゃんの
お陰でもあるんだけどね。
ベッドから抜け出し体の動作をチェック。うん、今日も異常なし。
さて、とっとと着替えて朝の柔軟を始めるかな。
………
………………
………………………
いつもの日課を終え、これまた日課になってしまったギルドに依頼確認を
しに行こうと部屋の外に出た途端、隣の部屋のドアが空き中から
眠気眼のフィルが出て来る。
………おや珍しい、いつもは身なりはきちっとしてるフィルだから
こんな姿を見せるのは本当にレアだ。
「ん~~~~?」
フィルは寝間着姿のまま目を擦りながら周囲をきょろきょろする
………あれは完全に寝ぼけてるね、私と違って昨日はあまり
眠れなかったみたいだね。
「フィル、眠いならベッドに戻りなよ
今日も取りあえずの予定はないから二度寝しても大丈夫だよ」
「ん~~~~~………」
私の声が聞こえないのかボーっとしたまま眠そうに唸るフィル。
これは私がベッドまで連れて行ってあげないとダメかな。
「しょうがないなぁ、ほら」
私はフィルの手を取りそのままフィルの部屋に入ろうとした途端
「ん~~~………………っ!?」
突然握った手に力が入り、フィルの瞳が驚いたように一気に見開く。
あ、起きたねこれは。
「レ…レレ……レン?」
どこかの箒を持ったおじさんみたいな事を言いながら私のを凝視するフィル。
「おはよフィル、その様子だとあまり眠れなかったみたいだね
ギルドには私が行ってくるからまだ寝てていいよ」
あくまで普段通りに話しかける私。
これ以上ビックリさせない様にそう言ったんだけど、フィルは驚いた表情のまま
どんどん顔を真っ赤になっていき………
「嘘…嘘よ……私がレンの前でこんな痴態を見せてるなんて………」
痴態って………それを言ったらフィルが選んだ私の普段着の方がよっぽど
露出狂のようなんだけど………
どうやらフィルは寝ぼけた姿を見られるのがとても恥ずかしいみたい。
寝崩れてた訳でも無いし、眠気眼のフィルは結構可愛かったから
そこまで恥ずかしがる事も無いと思うんだけどね。
「レン………お願い、さっきの私は見なかった事にして」
「いいけど、そんなに恥ずかしがる様な恰好じゃないと思うんだけ………」
「お願いだから!!でないと私今日1日レンの顔まともに見れなくなるから!!」
フィルは顔を真っ赤にしたまま私の肩を掴み顔を近づけて来る。
………あ、ちょっと涙目だ。私にはよく分かんないけどフィルにとっては
そこまで恥ずかしいものなんだろうね。
「分かった、忘れるから安心して
私は今日誰にも会わずギルドに行った、それでいいんだよね?」
「………お願い」
私が忘れると言って気が抜けたのか、フィルは私の肩から手を放し
だらんと脱力した体勢になって、ゆっくりと自分の部屋に戻って行く。
「けどフィル、今天井に………」
「………」
私の声に反応せず、フィルは部屋に入り扉を閉める。
「マリスがいるんだけど………」
私はそう呟きながら天井を見る、そこにはどうやって天井にぶら下がってるのか
逆さ状態のマリスが楽しそうな笑顔を浮かべながら揺れていた。
「んっふっふ~、朝から面白い物が見られて満足満足
やっぱりこのパーティは飽きないね、あはははは」
あ~あ、これ絶対ネタにされるねフィル。
仕方ない、私は約束通り見なかった事にしておこう。
私は小さくため息を突くとギルドへ向かっていった。
………
………………
………………………
「それでフィルミールは部屋から出てこなくなっちゃったの?」
「ええ…そうです、朝食はドアの前に持って行きましたので
食べてくれると思いますけど………」
朝食後、店に出てきたマリーさんに事情を話す。
「ふふっ、寝ぼけ姿を見られたから恥ずかしくて出てこれないって
フィルミールも案外乙女ね、可愛い所あるじゃない」
マリーさんは話を聞いてくすくす笑ってる。
「そうですね、マリーさんにも見習ってほしいくらいですよ
お酒を飲んだらすぐ裸になって寝ようとするんですから………
いつか絶対病気になりますよ」
同じく店に出て来たデューンさんが皮肉交じりに口にする。
だけどマリーさんは目を細めて笑い
「あら、デューンに見てもらいたくて酔っ払ったふりして脱いでるんだけど?」
と、いきなりとんでもない事を言い出すも
「それは光栄ですね、ですが部屋まで運んで服を着せるのが大変なので
出来れば自重して頂けるとありがたいですね」
デューンさんははいはいと言った感じで受け流す。
………ホント、こういうやり取りをずっとやってるんだろうね。
「あははは、ホント2人って長年連れ添った夫婦みたいなやり取りしてるよね~
何で結婚してないのか不思議なくらいだよ」
マリスも同じように感じたんだろう、ズバリストレートな表現を口にする。
「そう、長年こうやってアプローチしてるのにずっと振られてるの私
酷い男だとは思わない?デューンって」
「良く言いますよホント………」
うん、何かホントにこの2人のやり取りは「家族」って感じでちょっと羨ましい。
私にはもう手に入らない物だろうから………ね。
………とと、朝から無駄にセンチになってる場合じゃない
今日も依頼はなかったしデューンさん達の手伝いを頑張らないと。
「デューンさん、取り合えず今日も依頼は無かったので店のお手伝いをしますよ
まずは何から始めましょうか?」
自分でも単純だと思うけど、昨日褒められたから結構やる気も上がってる。
キャベツもどきの千切りも昨日ぐらいの数なら軽くこなせそうだ。
「おっと…そう言えば言い忘れてたね
今日は店の都合でお休みなんだ、張り切ってるところ悪いね」
ありゃ、今日はお休みなんだ。
となると一気にやる事が無くなっちゃったなぁ、さてどうしようか。
リーゼとの鍛錬はするにしても、それだけで1日潰すのは難しいし………
そんな思案に耽ってると、奥の方からトコトコと足音が聞こえる。
足音のする方を見ると一列に並んだ人形達が一列に並んだ状態で
フロアの方に入ってきてる。
………少し見慣れたつもりだけどやっぱり凄いね、これをマリーさんが
1人でやってるなんてどうやってるか想像もつかないよ。
「何度見ても凄いね、こんな精巧な人形を人間と変わらない動きで操ってるなんて
試しに術式介入してみたけど複雑すぎて乗っ取れなかったよ、あはははは」
乗っ取りって、マリス何してるの!?
「ふふっ、この子達の制御術式は私のオリジナルだからね
そう簡単に解析は出来ないわよ♪」
そんなマリスの発言にもマリーさんは余裕の笑みを浮かべたまま
ウィンクをして見せる。
………マリーさん、あれって言葉は穏やかだけど多分
「やれるものならやってみろ」って事だよね?
「あははは、確かに今は無理かな~
迎撃術式に引っ掛かって危うく黒焦げになりかけたしね」
いや、ホントに何やってるのマリス。
「………成程、早朝貴方が全身帯電状態で廊下に転がっていたのは
それの影響だったのですね」
「あはははは、リーゼが触れてくれたおかげで放電出来て助かったよ
危うく朝の面白イベントを見逃すところだったからさ」
………もう何も言うまい、マリスのフリーダムっぷりは
今に始まった事じゃないし。
「と、ところで今日はお店お休みにするんですよね?
だったら何で人形達を外に出したんですか?虫干しでもするとか………」
「ちょっと違うわね、今日はこの子達のメンテナンスをする日なの
定期的にやっておかないとすぐに具合悪くなるからね、この子達」
成程ね、確かにこれほど精巧な人形だ。恐らく中も
凄い複雑な造りをしてるんだろうね。
「そうですか……どう見ても専門的な知識がないとダメっぽいし
私にお手伝い出来そうなことは無さそうですね」
ちょっと残念だけど仕方ない、造りがどうなってるか興味はあったけど
下手につついて壊しでもしたら大ごとだ、ここは大人しく
引き下がっておいた方がいいね。
「そうね…魔術的な事は兎も角、内部構造は私でもさっぱりだから
いつも製造主に来てもらってるのよ」
そうなんだ………って!?
「えっ!?この人形マリーさんが作ったんじゃないんですか!?」
思わず驚いてマリーさんに聞き返してしまう。
「違うわよ、私はあくまで魔導士で人形を操るのが得意なだけ
簡単な人形なら兎も角、こんな精巧な人形なんてとても作れないわよ」
そ、そうなんだ………人形遣いって言ってたからてっきり作る方も
得意だと思い込んでたよ。
「けど、そうならこの人形作った人って相当の腕の持ち主だーねぇ
魔力制御するって言っても各部関節の負荷とか、歩行制御の為の
稼働領域の計算とか結構大変そうだねぇ」
マリスがそう言いながら人形達をまじまじと見る。
難しい事はさっぱりだけど相当な腕って言うのは同意だね
パッと見人と変わらない姿と動きだし、もしかして天才の域の仕事じゃないかな。
「まぁ、腕は確かね
性格は結構愉快な子だけど、ねぇデューン」
「………そうですね」
何故か笑いを堪えながらデューンさんに振るマリーさんと
ため息を突くデューンさん
………ん?もしかしてデューンさんの関係者なのかな?
「この人形を作ったのは僕の知り合いでね
何というか………腕はいいんだけどちょっと変わった奴なんだよ」
「私は好きだけどね、何をやってくれるか予測がつかないもの
傍で見てる分にはとっても楽しいわよ」
「………はぁ、その反応だけで救われますよマリーさん」
………何か相当変わった人みたいだね。
変わった性格の製作者…と言えばあの変態鍛冶師を思い出す。
まぁあの人の専門は鍛冶だし、あのレベルの人間が早々いる訳も無いよね。
「もうすぐ来るだろうから、みんなはどこかに出かけてるといいよ
慣れてないと精神削られて凄く疲れるやつだからね」
「ストッパー役だったお爺様が亡くなって益々奇行に磨きがかかってきたしね
そのお陰で本業は閑古鳥みたいだけど………
って、そう言えば最近顧客が出来たって嬉しそうに妙な踊りを踊ってたわね」
ちょっ、マジであの人なの!?
思わずマリスと顔を見合わせる、マリスも思い至った様子で
目を真ん丸にして驚いてる。
………そう言う事ならばお言葉に甘えて退散させて貰った方がいいよね。
覚悟が出来てる時なら兎も角、流石に朝食後にあの人の
山盛りテンションを見せられるのはしんどい。
マリスと頷き合い、部屋に戻って外に出る支度をしようと一歩足を
踏み出した刹那………
「ヤッファ~!!僕の愛しいドーター達、面白可笑しく過ごしていたカイ~?
そして!!わが生涯の親友デューンとその永遠の相棒マリー君
おっひさしぶ~りぃ~!!」
盛大な音を立てて扉が開き、それ以上の騒がしさを持って
1人の男性が入ってくる。
………ああ、残念ながら間に合わなかったね。
その姿は、間違いなくリーゼの戦斧を作った変態さんだった………




