子爵の屋敷へ
「う……貴人区は相も変わらずの雰囲気だね」
ラミカは少し緊張した表情で呟く。
ラミカの頼みでゼルダース子爵との謁見に付き添う事になった私とフィルは
ラミカに連れられ貴人区にある子爵の屋敷へと向かっていた。
………しかし何というか、想像はしてたけど区画に入った途端に
豪奢な雰囲気が充満してる感じだ、壁1枚隔てただけでここまで違うとはね。
流石のラミカも緊張気味で屋敷迄の道を歩いてる。
フィルはと言うと…いつも通り神秘的な雰囲気を醸し出してすまし顔で歩いてる。
パッと見雰囲気に合わせて優雅に歩いてるように見えるけど
あれは興味ない時の表情だね。
私に対しては色んな表情を見せてくれるフィルだけど、他人に関しては基本
ドライな対応なんだよね、それがフィルの神秘的な雰囲気に
一役買ってるんだけど………
私としても正直こんな雰囲気は慣れてる、元の世界でやってたバイト先の
クライアントも大抵こんな感じだったからね。
何と言うか、権力を持った人って考える事は世界が違っても一緒なんだね。
「着いたよ、ここがゼルダース子爵の屋敷だよ」
ラミカが1つの屋敷の前で止まる。
成程、子爵って言うだけあって屋敷も庭もそれなりに大きいね。
「あれ?いつもなら門番が立ってるんだけど………」
ラミカが門の前できょろきょろをする、門は重厚な造りで
呼び鈴やドアノッカーの類は見当たらない、まぁ門番がいれば
そんなものは必要ないんだろうけど………
「う~んどうしよ、約束した時間はもうすぐだし
遅れたりしたら面倒な事になりそうだよ………」
約束の時間に遅れるのは流石にマズいね。
門番がいないというのは向こうの落ち度だけど貴族様がそれを
配慮してくれるとは到底思えないし、さてどうするか………
「ん?そこに誰かいるのか?」
何か手は無いかと思案しようとした時、扉の奥から男性の声がする。
その声にいち早くラミカは反応し
「あ、あの!!本日ゼルダース子爵へ売買の契約に伺った
ラミカ=ネフィティスと言う者ですが………」
「ん?そう言えばそんな話も聞いていたな………
少し待っていろ、直ぐに確認を取ってくる」
声の主はそれだけ口にすると足音を鳴らしていく。
「は~~~~、これで約束の時間に間に合いそう
間に合わなかったらどうしようって本気で焦ったよ」
ラミカはそう言いながら額の汗を拭う。
よく見たら手汗もびっしょりだ、相当焦ってたんだろう。
「とは言え、貴族様が門番も立たせて無いって不用心ね
貴人区ってそこまで治安良いのかしら」
「いや、いつもなら門番は立ってるんだけど………何かあったのかな?」
フィルの疑問にラミカが答える、という事は単にタイミングが悪かったか
実際何かが起こってたのか………
そうこうしている内に扉が開き、中から門番らしき格好の男の人が出て来る。
「確認は取れた、入れ」
門番はそれだけ言うと踵を返し屋敷に向かって歩いていく。
「………待たせたの一言もないのね」
「まぁそんなものだよ、この程度の事気にしてたら身が持たないよ」
フィルの呟きにラミカが苦笑しながら答える。
ラミカの言い分は尤もだ、こちらを下に見てくる人間の礼儀なんて
気にするだけ無駄だよね。
一先ず私達は門番の背中を追って門を潜る、そのまま舗装された道を通って
庭を横切り屋敷の前までたどり着いた。
近くで見ると立派なお屋敷だね、当然だけど人形達の宴の数倍の大きさだ
偉い人って大きな家に住みたがるけど、こんな所も元の世界と同じ様だね。
「ここで待っていろ、直ぐに迎えが来る」
そう言って門番は私達の横を通り過ぎ門へ向かう。
「待ってろ、ね」
私は屋敷の扉を見ながら呟く、まぁ待ってろと言われたからには
待つしかないけどね。
そうして待つこと数分後、屋敷の扉が開き中から執事らしき
初老の男性が姿を現す。
「ラミカ=ネフィティス殿ですね
主からお話は伺っております、お連れの方共々こちらへ」
執事さんは慇懃な礼をして私達に屋敷の中に入るよう促す。
私達が入ると執事さんは扉を閉め、先導する様に前を歩いていく。
屋敷の中も豪華絢爛だ、お決まりの様に高そうな絵画や壺が飾られ
玄関ホールの天井にはシャンデリアも吊るされてる。
私はそれを横目に流しながら執事さんの後をついて行く。
ある程度屋敷内を歩いた後、執事さんは1つの部屋の前で
足を止め扉を開ける。
「………申し訳ございませんが主は所用で外しております
少々お時間いただくことになりますので、こちらの部屋でお待ちください」
………はい?所用で外してるってラミカとの約束時間はもうすぐだよね?
何と言うかまぁ、こんな事をする時点でこの子爵とやらが
あまりいい人物ではない事が伺い知れて来るね。
チラッとラミカを見ると一瞬だけ困ったような顔をするも
すぐさま一礼をして部屋に入っていく。
まぁラミカがそうするなら私達も従うしかないよね
少し思う所はあるけど私達もラミカに倣って部屋に入る。
「部屋の物はご自由に使って構いません
それでは、少々お待ちください」
執事さんはそれだけを言うと一礼して扉を閉める。
「…っは~~~~!!貴族様の屋敷はいつ来ても緊張する~!!」
部屋に3人だけになった数秒後、ラミカはそう言い放ちながら伸びをし
近くのソファーにドカッと座る。
「ちょっとラミカ、気持ちは分かるけど行儀が悪いわよ
いつ子爵とやらが来るか分からないんだから」
フィルはそう言いながら優雅な動作でラミカの体面に座る。
「ごめんごめん、けど2人共凄いね
屋敷に入ってからも緊張した様子もなしに堂々としてるんだもの
もしかして冒険者って貴族様の屋敷にしょっちゅう出入りしたりするの?」
「違うわよ、私は聖教出身だから【ブランティア大聖堂】にいた事があるのよ
こことは方向性は違うけど、あそこも相当壮麗な場所だからね
そういう場所や格式には慣れてるの」
ラミカの問いにフィルが微笑みながら返す。
大聖堂ね、元の世界にもあったけどあのくらい壮麗な場所なんだろうか。
まぁ私はネットの画像でした見た事ないけど。
「じゃあレンはどうして?
レンも元の世界じゃ聖教みたいなところにいたの?」
次にラミカは私に問いかけて来る。
う~ん、どう答えればいいものやら。
「私はその手の事には縁は無いんだ、私は慣れてるのは
元の世界でこういう場所での仕事の経験があったから慣れてるだけだよ」
取り合えずこんなとこかな、ここは異世界だし高校生がそんなとこで
仕事をしてるなんて違和感を持たれる事は無いと思う。
案の定ラミカは納得したように頷き
「成程ね~、やっぱり2人について来て貰ってよかったよ
一応何度か来てるんだけど1人で来るのは初めてだったから」
そうなんだ、まぁ慣れてないとこういう所は緊張どころか固まっちゃうよね。
「それにしても約束の時間だというのに子爵とやらは何をしてるのかしら
貴族って時間を守らなくてもいいの?」
ソファーに礼儀正しく座ってるフィルが少し呆れ顔になって呟く。
流石に他に聞かれるのは不味い発言だと思ってたみたいで
何時もよりは随分小さな声でだけど………
「あははは、まぁこれもいつもの事だよ
私達には時間厳守って言うけどね」
何とまぁ典型的な貴族様だね。
とは言え子爵と言うからには平民とは比べ物にならない程の
権力は持っている筈、向こうからすれば私達なんてどうとでもできる存在だ。
なら多少の理不尽は飲み込んで従う方が得策だね。
「はぁ、思ったより面倒な事になったかもしれないわね
今更言ってもしょうがないけど」
「あはははは、ゴメンね」
フィルの愚痴にラミカが苦笑しながらも謝る。
「フィル、それは流石にラミカが可哀そうだよ」
「分かってるわ、ただの愚痴よ
それにラミカに付き合うって決めたのは私だもの
その責任をラミカに押し付ける気は無いわ」
「うん、ありがと」
フィルはラミカの罪悪感を払拭する様に笑いかけ、ラミカをそれを見て微笑む。
「さてさて、それじゃ待たせて貰いましょうか
どんな魑魅魍魎が出てくるのやら」
私の言葉に2人はプッと笑いだし、少しだけ和やかな雰囲気が部屋を包んだ。




