凌駕する力
「レン、詠唱完了したわ、行くわよ!!」
「こっちも完了だよ~、それそれ~」
フィルとマリスの周りに様々な光が立ち昇り、それらが全て
私の体へと浸透していく。
………力が漲ってくる、うんこれなら何とかなるかも。
「後はレンお姉ちゃんを吹っ飛ばす魔法だね
こっちも何時でも発動できるよ~」
良し、これで準備完了だ。
あとは始まる前に一言だけフィルに言っとかないといけない。
「フィル、今回も迷惑かけると思うから先に謝っとくね、ゴメン」
フィルは一瞬驚いた顔をするも、直ぐに穏やかな表情になり。
「言ったでしょ、レンを治すのは私の役目だって
死なない限りはどんな怪我や毒、呪いだって治して見せるんだから
レンは自分が死なない事だけを考えてればいいの」
「………うん、ありがと」
そんな言葉を交わし、私はクラウチングスタートの要領で前傾姿勢になる。
さて、貴方の武器を1つ持って行かせて貰うよ、二つ角の破壊槌さん!!
「クッ!!」
我は奴の踏み付け攻撃を躱す為後方に飛ぶ。
だが、その着地点を目掛けて角を突き立てて来る!!
ガキィ!!
「………ッ!!」
かろうじて戦斧を盾にして防ぐ、しかし衝撃で距離を離される。
我はすぐに間合いを詰めるも今度は角の薙ぎ払いを仕掛けてくる。
「ちぃっ!!」
避けることが出来ず受け止めてしまう、しかも体勢が悪く
じりじりと押されて行ってしまう。
………我の行動がことごとく防がれている、それどころか
攻撃する機会が無くなっている。
まるでマスターと戦っているような感覚すらある、あの時も
徐々に行動を狭まれて行って最終的にはマスターに懐に入られ、1本取られた。
という事はコイツもマスターの様に我の攻撃を読み始めた!?
その思考が隙になったのか、奴はここぞとばかりに力を籠め
我を弾き飛ばす!!
「ぐぅっ!!」
そのまま着地も出来ず地面を転がる、直ぐに立ち上がろうとするも
奴との距離が相当に離れてしまった、奴が突進できるほどの距離に。
そしてその先には、既に奴が我を轢殺しようと突進の構えをしている。
「しまっ……」
状況を把握した時にはどうしようもなく、勝敗は決まってしまっていた。
我が敬愛するあの声が響くまでは――――
流石に押されているリーゼを見ているだけなのは辛かった。
出来れば直ぐにでも駆け付けたい、けどそれでは共倒れにしかならない。
拳を握り締め、奥歯を力の限り嚙み締めて一瞬のチャンスを待つ。
………やがてリーゼが吹き飛ばされ、距離が空く。
それを本能で察知したのかすぐさま突進の構えをする二つ角の破壊槌
勝利を確信した油断なのか、その瞳はリーゼしか映っていない。
その瞳を虎視眈々と狙っている狩人がいるとも気づかずに――――
「マリス!!」
私は力の限り叫ぶと前に飛び出す!!
「再びぶっ飛べレンお姉ちゃん!!名付けて【蓮・弾丸の突撃】!!」
ちょっ、何その名前!?自分の名前が入ってる上に微妙にダサいんだけど!?
抗議しようと振り向こうとした瞬間にマリスの魔法が発動し、私の体は
文字通り弾丸の如く地面スレスレをカッ飛んでいく!!
マリス!!後で覚えてろよー!!
「ああああああああああああああ!!」
力の限り雄叫びを上げる、リーゼに助けに来たと伝える為に。
その刹那、奴の瞳が私に気付き大きな眼球をこちらに向ける。
だけど、もう遅い!!
私は左手を貫手の形にし、勢いのまま奴の瞳に突き立てる!!
指の先端が瞳に入った瞬間、ゼラチン質の何とも言えない感覚を味わいながら
構わず左腕の全てを瞳に飲み込ませる。
「ギャアオオオオオオオオオオオオオ!!」
目を潰される激痛で二つ角の破壊槌は叫びながら
後ろ足のみで仰け反る。
そのまま落ちない様にしがみ付き、奴が着地した瞬間に瞳から左腕を引き抜き
即座に間合いを離す。
しかし当然ながら奴の血液は毒なわけで、眼球に突っ込んだ左手と潰した瞬間に
浴びた返り血とで盛大に毒を浴びた状態になり、私の視界は即座に歪む。
………これ、フィルとマリスの魔法が無かったら即死してたんじゃないかな。
そんな思考の間にも足元がおぼつかなくなり、膝を付いて歩けなくなる。
そして歪む視界の先には、目を潰された二つ角の破壊槌が
激憤状態で私の正面に立っており………
「レン!!逃げて!!」
フィルの叫び声が聞こえる、しかし体が動かない。
毒対策を出来るだけやったのにこの有様とは、読みが甘かった。
けど、こんなところで死ぬ訳にはいかない。
私は生きて……生き続ける義務があるんだから!!
そんな思いも空しく、私の体は一向に動かないどころか
少しづつ意識を失っていく。
目線の先にいる二つ角の破壊槌は私への怒りを蓄積させ
今にも走り出そうとしている。
無駄な事だろうが万一に備えて防御態勢を取る、こうなったら自分の運に
賭けるしかなかった。けど、最後まで諦める訳にはいかない!!
来るべき死の衝撃に少しでも耐える為目をつぶり歯を食いしばる。
………
……………あれ?
来ると思っていた衝撃が何時まで経っても来ない。
何か起きてる?そう思い私は目を開く。
そこには、がっぷり四つに二つ角の破壊槌と組み合っているリーゼがいた。
「嘘ぉ!?」
横で見ていたマリスが叫ぶ、そのぐらい衝撃的な光景が繰り広げられている。
前に進もうと体重をかける二つ角の破壊槌だが
その3分の1以下の大きさでしかないリーゼに完全に抑え込まれている。
リーゼってここまで力があったの!?
「舐めないで名在り、我はこれでも古代竜の端くれ
突進前を抑え込む事くらい、我にも………可能です!!」
そう言いながら二つ角の破壊槌を逆に押し返そうとしているリーゼ
あまりの光景に毒の苦しみも忘れて見守るしかない。
「あのまま戦ってたら確かに貴方の勝ちだった
けど我には尊敬し、敬愛するマスターがいる
マスターが手を貸してくださり、そしてマスターが後ろで見て下さっている以上
貴方如きに力負けする我じゃない!!」
リーゼが吠える、そして次の瞬間
「ぬ………うわああああああああああ!!」
気合の咆哮と共に、二つ角の破壊槌を持ち上げてしまう。
「はぁ!?何よそれ!?」
思わず素っ頓狂な台詞を叫ぶフィル、正直この光景を見た全員が
同じ様な声を上げるだろう。
私も毒が無かったら同じ声を出してたと思う。
「う~わ、いくらドラゴンだからってこの光景は荒唐無稽すぎるよ
多分リーゼのこと知らなかったら実際に見ても信じない人多いんじゃないかな」
マリスが半分呆れ声で言い放つ。
見た目高校生ぐらいの女の子が巨大な魔物を持ち上げてるのだ。
こんなもの、誰だって信じられる訳がない。
「だああああああ!!」
そして、まるで相撲のうっちゃりの様に持ち上げた
二つ角の破壊槌をぶん投げるリーゼ。
奴は数mほど飛行した後………
ズウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン………
派手な地響きを立て、横倒しで地面に落ちる。
「これなら、貴方も弱点は隠せないでしょう」
リーゼはそう言い放ち、戦斧を構えて完全に無防備になっている喉元へ向かい
「我の………いえ、我らの勝ちです!!」
渾身の力を込めて戦斧を振り下ろし、二つ角の破壊槌の喉元を切り裂いた。
………
………………
………………………
「いや~はっはっは、今回の依頼も面白い事目白押しだったねぇ
まさかあんな巨体が持ち上がってぶん投げられる光景が見れるとは
これ、記録できてたら帝国全土が震撼するよね、あははははは」
二つ角の破壊槌との闘いが終わって数十分後
私達は失った体力を回復する為に休憩をしていた。
特に私は毒による衰弱が激しく、しばらく立っていられない程だった。
そんな私を何故か楽しそうに介護するフィル
いや、ご飯は自分で食べられるしそもそもお腹空いてないからね?
だから嬉しそうにスプーンを口に持ってきて「あ~ん」って言うのは止めようね。
リーゼも戦闘中にあちこち攻撃を受けたらしく打撲や切り傷でいっぱいだった。
ドラゴンの防御を抜くだなんてあのデカサイ本当に強かったんだねぇ。
「しかしどうするのこれ、もう毒の血の噴出は止まったんでしょ?」
フィルは横たわってる二つ角の破壊槌の死骸を見ながらため息混じりに言い放つ。
リーゼが喉を切り裂いた瞬間、それはもう盛大に血の噴出が起こって
リーゼが慌てて動けなかった私を回収して避難してくれたんだよね。
半分予想はしてたけどあの状況もちょっとヤバかったね。
血の噴出は5分ほど続いて周りの風景を一変させてしまったよ。
もう見るからに毒の沼、生態系に変な影響でなきゃいいけど………
「どうするも何も、依頼を受けたポイズンライノはフィルのキューブの中だし
こんなデカブツどうしようもないと思うけど
流石にリーゼもこれ乗せて飛べはしないよね?」
「マスターの命令なら試してみますが………恐らく無理でしょうね」
「そうよね………中にある魔晶石は貴重な物だろうけど
これを解体なんて無理よね………」
確かにもったいないと思うけどこればっかりは諦めるしかない。
まだ中に毒も残ってるだろうし、下手に帝都に持って帰ったら大パニックだ。
「ん~、それならマリスが何とかするよ
毒についてはサンプルも取ったし、それをあらかじめ魔導協会と
冒険者ギルドに渡しとけばそこまでの混乱は無いと思うよ~」
そう言いながらマリスは懐に手を入れ、インベントリキューブを取り出す。
「マリスのキューブもちょっと特別製なんだよね
フィルミールお姉ちゃんの奴みたいに時間停止は流石にないけど
入れるだけならほぼ無制限に入るんだ~」
マリスは死骸に向けてキューブをかざす。
すると見る見るうちに吸い込まれ、巨大な死骸がすっかり消えてしまった。
「………相変わらず凄いよねそのキューブ
武器じゃないから私も持てるかな」
「どうだろ?これにも必要レベルがあるから
レンお姉ちゃんはちょっと無理なんじゃないかな?」
あらま残念、便利そうなんだけど持てないなら仕方ないか。
「なんか予想外の戦闘もあったけど、依頼の品も手に入ったし
さっさと帰ろっか、またさっきの奴みたいなのが出てこないとも限らないし」
「賛成、これ以上の修羅場は御免だわ」
「マリスも流石に疲れたかな~」
「………ご随意のままに」
流石にみんなくたびれ果てた様子だ、正直言って私も早くお風呂に入って寝たい。
「それじゃ疲れてるとこ悪いけどリーゼ、お願いできるかな?」
「了解しました、直ぐに準備します」
そう言って龍化の準備を始ようとしたリーゼに私がゆっくりと近づく。
「………マスター、どうされました?」
リーゼは龍化を中断し少し頭を下げ私に話しかける。
「ありがとリーゼ、今日は貴方の頑張りのお陰で死なずに済んだよ」
私はそう言って、リーゼの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「マスター………、有難うございます」
リーゼは少し驚いた後………にっこりといい笑顔を見せてくれた。
誤字指摘、いつも有難うございます。
これからもどしどしお願いします。




