優しい狩猟
次の日、私達は依頼のポイズンライノを狩りに
【フィルト平原】と言う所に来た。
見渡すかぎりの平原………と思いきや上空から見ると
あちこちに小規模な森や丘陵が見える。
どちらかと言うとサバンナに近い印象だ。
私達はディーノさんから教わったポイズンライノの生息地帯近辺に降り立ち
周囲を確認する。
………いた、直線距離にして約100m先ぐらいにサイを一回り小さくしたような
動物の群れが確認できた。
気取られない様に少しづつ近づいて行き、20mぐらいの所で止まる。
近くに寄って見ると角の色がサイと違い、かなり毒々しい感じになってる。
あそこに毒があるって感じだね。
「そこそこ数がいるね、ひのふのみの………15匹か
こんな数で固まってるって事は子育ての最中なのかな?」
マリスが個体数を確認して呟く、目を凝らしてみると
確かに小さな個体も確認出来た。
ふ~む、子育て中となると恐らく防衛本能が強くなってそうだね。
迂闊につつくと全部のポイズンライノと戦う羽目になりそうかな。
「どうするのレン、流石にあの数は予想外よ
もう少し数が少なめな群れを探してみる?」
「それも一つの手だけど、そうなるとまたリーゼに乗ることになるよ?
流石にこの広い平原を歩いて探すって言うのは無茶だし」
「う、それはちょっと遠慮したいけど………」
フィルは若干青い顔をして反射的に私の腕を掴む。
う~ん、これからもリーゼに乗る機会は増えそうだし
フィルの高所恐怖症は何とかしてあげないといけないかな。
「う~ん………マリス、あのモンスターって臆病だったりする?」
「ん~ん、どっちかって言うと狂暴な方
縄張り意識が物凄く強くて、1歩でも近寄ったら猛然と突っ込んでくるよ
仲間意識も強いみたいだから、1匹が怒ってるのを見たら
他全部も一斉に襲い掛かってくるだろうね」
ふむ、厄介だね。
となるとどうにかして1匹づつ戦える様にしないとだけど
さて、どうやってそんな状況を作るか………
「ん~、確かにこの状況は厄介だけど何とか出来ると思うよ~
リーゼにちょっと手伝ってもらうけど」
「我………ですか?」
ん?マリスこの状況どうにかできるの?
「リーゼに手伝ってもらうって………ドラゴンに戻って突っ込むって
方法じゃないでしょうね?」
「あははは、そんなゴリ押しじゃないよ~
まぁ、ちょっと邪道っぽいやり方だけどね」
フィルの問いにマリスがにやりとして返す。
何だろう、マリスの何時もの笑顔のはずなのに微妙に邪悪に見えるのは………
「やる事は簡単だよ~、合図をしたらあの群れに向かって思いっきり咆哮するだけ
そうすれば後はマリスが全部無力化するから」
マリスはリーゼによく分からない指示を出す。
あの群れにリーゼの咆哮を聴かせたって全部突っ込んでくるだけの気もするけど
マリスがそんな事思い当たらない筈はないし、何かあるのかな?
「マスター………如何致しましょう」
リーゼも不可解なのか私に判断を委ねて来る。
マリスの事は信頼できると思うけど、流石に不安だ。
「大丈夫なのマリス?」
「大丈夫だと思うよ~、マリスが途中でくしゃみとかして
集中が途切れたりしなければだけどね~」
マリスが笑いながらあえて不安を煽るような返答をする。
………マリスがこんな事を言う時は、私達を驚かせようと考えてる時だ。
なら、信用できそうだね。
「リーゼ、お願いできるかな?」
「宜しいのですか?マスター」
「現状それしか手が無さそうだしね。けど、最悪の事態だけは想定しておいて」
「………分かりました、マスターのご随意のままに」
リーゼが咆哮の為に大きく息を吸い込み始める、それと同時にマリスが
聞き取れないほどの早口で何か言いながら空中に文字を書き始める。
「相っ変わらず意味の分からない魔法制御ね………
しかも詠唱が意味不明過ぎて何やってるかさっぱりなんだけど」
フィルが胡散臭げにマリスを見る、どうやら今回も妙な事をしてるらしい。
とは言え私はマリス以外の魔導士と会ったことがないからいまいちピンとこない。
「………よし、準備かんりょー
リーゼ、思いっきりやっちゃって!!」
マリスの合図にリーゼの目がかっと見開き、大きく口を開ける。
「ガアアアアアアアアアァァァァ!!」
リーゼの口から咆哮が放たれ、周囲の空気がビリビリと振動する。
相変わらずすっごいね、こんなの真正面から受けたら誰だって竦んじゃうよ。
けど、リーゼの咆哮は対象を短時間行動不能にするだけで無力化は出来ない
マリスはこれに何をしようと………
「【効果相乗】!!
んでもって【魔法変換】!!」
マリスが魔法を発動させるとリーゼの目の前に魔法陣が現れる。
魔法陣は咆哮を受けてかビリビリと振動している、それが防音になってるのか
ポイズンライノたちはリーゼの咆哮に全く気付いていない。
一体何が起こってるの?
「なっ、ちょっ!!
コイツ、リーゼの咆哮を変換する気!?」
フィルが驚愕した声を出す。
「んっふっふ~、いやはやドラゴンの咆哮って凄いねぇ
効果もそうだけど、範囲も馬鹿みたいに広いね
今回は、それに便乗させて貰うよ!!」
マリスが言い放つと足元から別の魔法陣が現れる。
「名付けて【睡魔の咆哮】ってとこかな
それ、全部眠っちゃえ!!」
足元の魔法陣に光が走る、それと同時にリーゼの目の前の魔法陣が大きくなり
その魔法陣からリーゼの咆哮に似た、けど全く違う何かの音が
群れに向かって走る。
「アアアアアアアアアァァァァァ………」
咆哮にポイズンライノ達が気付くも咆哮は彼らを通り過ぎる。
そして………
ズウウゥゥゥゥン………
まるで操り人形の糸が切れたように、ポイズンライノ達は一斉に倒れた。
あまりの光景にマリス以外は呆気に取られる。
「………マリス、アンタ本当に何なの」
吐き出すようにフィルが口にする。
うん、私も改めてそう思ったよ。
「マリスはどこからどう見ても普通の美少女魔導士だよ~
まぁ、ちょっとばかり手先が器用なのは認めるけどね♪」
うん、その言葉は全く信じられないね。
これほど信用ならない自己紹介は初めて聞いたよ。
「取り合えずマリスへの詮索は後にした方がいいと思うよ~
まずは依頼をこなさなきゃいけないからね
リーゼ、悪いんだけど1匹づつ向こうの方に運んでくれないかな」
「分かりました」
リーゼが眠ってる群れに近づき、2m近い巨体をひょいと担ぎ
そのまますたすたとマリスの指定した場所へ持っていく。
「一応ちょっとやそっとでは起きないと思うけど、ゆっくり下ろしてね~
そのあともう1匹宜しくね」
リーゼが指示通りゆっくりとポイズンライノを下ろすと、次の獲物を運びに行く。
マリスはナイフを取り出しポイズンライノの首周辺をじっと見たかと思うと
「それっと」
ザクッ!!
躊躇いもなしにポイズンライノの首にナイフを差し込み
直ぐにその場から飛び退く。
ポイズンライノは一瞬ビクッと大きく動き、マリスの差し込み傷から
盛大に血の噴水を上げる、あそこが頸動脈って訳ね。
それにしても依頼とは言えマリス容赦なく殺しにかかったね………
「眠ったままで苦しまない狩猟方法だから有情な方だと思うよ~
ガチで戦ったら傷だらけにされて苦しみ抜くのが確実だからね」
物は言い様だね、けど私もその考えには賛同かな。
こういう血生臭い事は本来は私がやるべき事なんだけど、武器が持てないばかりに
マリスに押し付けちゃってるね、正直申し訳ない。
フィルの様子を見ると青い顔をして私の右腕にしがみ付いてる
ちょっと刺激が強すぎた様だね。
「フィル、きついなら離れて休んでなよ」
「………いや、私も冒険者だしこの光景には慣れないといけないのよね
だったらきついなんて言ってられないわ」
そう言いながらも腕の力を抜こうとはしない。
………慣れてないとこの光景は辛いよね、私はお爺ちゃんとの鍛錬で
野生動物の血抜きや解体は嫌って程やって来たからアレだけど。
そうこうしている内にリーゼが次の獲物を持ってきて、マリスが血抜きをする。
辺り一面血の海だ、となると血の匂いに寄せられて肉食動物や
モンスターが寄ってこないとも限らない。
「フィル、悪いけどちょっと腕放して
血の匂いでモンスターが寄ってくるかもしれないから」
「そ…そうね、ごめんなさい」
フィルは青い顔のまま申し訳なさそうに私の腕から離れる。
可愛そうだけど仕方がない、あのままだと緊急時の対応が出来ないからね。
私はマリス達に近寄り、警戒を始めようとしたその瞬間
「グゴアアアアアアアアアァァァァァ!!」
突然、空を割るような凄まじい咆哮が辺り一面に響き渡る。
私は思わず耳を塞ぎ、反射的に周囲を見渡す。
「何!?コイツ………」
そこにはポイズンライノを二回り程大きくし、2本の巨大な角と牙を持った
異形のポイズンライノ現れていた。




