レベル0《SystemError》
店の中は喧噪で賑やかだった。
夕食時なのかテーブルは満席で、ウェイトレス達が忙しそうに動き回る。
木のジョッキを持って楽しそうにお酒らしき物を飲む男達。
その人々は全員歴史の教科書や漫画に出てくるような服装をし
中には剣をはじめとした武器を持ってる人もいる。
テーブルの上には見たこともない食材で作られた見たこともない料理。
そして目の前にはニコニコとほほ笑む白い髪の少女。
私はと言うと対面の少女、フィルミールさんから出た言葉を聞き
理解に苦しんでいた。
「………えーっと、つまりここは私の住んでいた世界じゃなくて」
「はい、いわゆる異世界という事になりますね♪」
―――――何がどうなってこうなったの?
森で襲ってきた熊を倒した後、私はフィルミールさんに案内されて
森を出て近くの【ベイザ】と言う町に辿り着いた。
まぁ、あのまま森の中にいたらまた襲われるかもしれないし
右も左もわからない状態だったから有難かったけど
フィルミールさん、ずっと私の腕を組んで離さなかったんだよね………
町に入るときに門番っぽい人がいたけど、私達を見てあっけに取られてたなぁ。
それにしても異世界………ってフィクションの世界過ぎて困惑する。
でも何か最近流行ってなかったけ?死んで凄い能力貰って
一騎当千みたいな活躍する漫画、最近本屋でよく見かけた気がするけど。
だけど私は死んでもないし、変な能力を貰った気配もない。
何故か知らない言葉の意味が分かるようにはなってるけど………
ちなみに文字はさっぱり読めなかった、図形みたいなのが並んで
何を意味するのかも全く分からない。
それだけでもここが日本じゃないってことは理解はできるんだけど………
「うん、まだ困惑はしてるけど状況証拠は多いし取り合えず納得はしてみる
けどフィルミールさんはなぜ私が異世界から来たって解ったの?」
「簡単な話ですよ、過去にも何人か異世界からの来訪者は存在しました」
フィルミールさんの言葉に私は驚く
「えっ、嘘?他にも私のような人間がいるの!?」
私の問いにフィルミールさんは少し真面目な顔をして頷き、言葉を続ける。
「はい、過去に何人か異世界から召喚された人は存在します
その方々は姿形は違えど、今レン様が着ている服に似た材質の
服装をしていました。
それはこの世界には未だに作りえない物です」
服の材質………ポリエステルかな?
でもそっか、こんな変な事態に巻き込まれたのは私だけじゃないんだ。
そう思うと少し冷静になれる。
「それに………レベル0で武器も無しでファングベアを倒す事が
できる人間はこの世界に存在しませんよ」
フィルミールさんは再び笑顔になり、心底楽しそうに話す。
いや………あれは私でもよく解らない事態なんだけど………
普段なら素手で熊に立ち向かう何て無謀に過ぎる、正直フィルミールさんが
逃げてくれたら私もとっとと逃げるつもりだったんだけど。
と言うか今、フィルミールさんレベルとか言いませんでした?
「レベル?レベルってあのゲームとかである奴?
敵を倒したらちゃらちゃら~とか鳴って強くなる奴だっけ」
私は殆どゲームとかしたことないから詳しくないけど、クラスメイトの男子が
スマホ片手に頻繁にそんなことを言ってた記憶がある。
「ゲーム………って言うのは知りませんが、モンスターを倒して経験値を得れば
レベルアップして強くなる、と言うのがこの世界の理の1つなんですが………」
何か一気に胡散臭くなってきたような………そんなもの私にも存在するの?
正直敵と戦っただけで強くなるなんて違和感しか感じないんだけど。
私は思わず眉をひそめる、それを見たフィルミールさんが困惑した表情で
「レン様はレベルが0なんです、各能力値も全て0
ファングベアを倒した筈なのに取得経験値も0、何度見ても結果は同じ………
異世界から来た方々もこんな事は無かったんですが」
………ん?それって私にはレベルが無いってことなのかな?
と言うか他人のレベルなんて見えるんだ。
「この世界にいる人間なら当たり前に持っている能力ですよ。
レン様もそう意識して私を見れば私のレベルが見える筈です
まぁ、レン様のが見てくださるのなら私は全てを見せても………」
えーっと、何でそこで乙女の表情をするかな?
この人、いまだに私の事を男だと思ってる?そうだとすると
かなりショックなんだけど………
と、とりあえず言われた通り「レベルを見よう」と意識して
フィルミールさんを見る。けど――――そんなものは全く見えない。
「見えないね、経験値とやらもレベルも全然見えない
これって私が異世界から来たからなのかな?」
私の言葉にフィルミールさんは首を振る。
「いえ、そんな筈はありません
今まで会った異世界の方々も使えていましたので………」
ん~、その人達と私は何か違うのかな?
まぁ、レベルとか性に合いそうにないし無い方が私的には気が楽かな。
身体能力と失ってる様子もないしね。
「そもそもレベル0って言うのもおかしい………
生まれたての赤ちゃんですらレベル1なのに
しかもレベルの上に表記されてる《SystemError》って何?
こんな表記見た事も………」
フィルミールさんが小声で困惑気味に呟く。
レベル0、ね………この世界の人達にとってはそこまで違和感の
強いものなんだろうか。
「まぁ無いものは仕方ないね、別に不都合がある訳でもないし
けどもし気味が悪かったりしたら御免ね」
「い、いえそんな!!レン様が気味が悪いなんて有り得ません!!
むしろ………」
慌てて否定するフィルミールさん。
会ったばかりなのに信用してくれてるようで嬉しい。
ただ、告白してきた女の子達と同じようなキラキラした目で見るのは
ちょっと勘弁して欲しいような………
「そ、そう言えば、熊と戦ってた時フィルミールさんから突然光が走ったよね
あれって何なのかな?」
私は雰囲気を変えるべく、疑問に思っていたことを口にする。
気のせいじゃなければあの光が出た後に、私の体が軽くなっていた。
あんな動き、今まで出来た事がない。
「あの光ですか?、あれはレン様に強化魔法をかけただけですよ」
………魔法、ね
今までの話から薄々はあるんじゃないかなーと思ってたけどやっぱりあったね。
「レン様が「攻撃が効かない」と仰っていたので差し出がましいようですが
援護をさせて頂いたんです、ご迷惑でしたか?」
「いやいや、凄く助かったよ。あのままだとじきに体力の限界が来て
確実にやられてただろうから」
「ふふっ、お役に立てたようで光栄です」
フィルミールさんは嬉しそうに微笑む。
「けど、魔法って言うのが使えるならあの男達や熊なんか
1人で何とか出来なかったのかな?」
私の質問にフィルミールさんは苦笑しながら首を振り
「それは不可能ですよ、私の扱える【祈祷魔法】は精々傷を治すか
他人を強化させる位しかできません、私はまだレベル6しかありませんから」
あら、魔法が使えるって言ってもそこまで万能じゃないか。
まぁ、そんな力があれば私に言われるまでもなく何とかしてたよね。
「そっか、まぁ偶然だとしてもあの場に飛ばされて良かったよ
いきなりの事だったけど何とか助けられたからね」
「その事に関しては大変感謝しています。あのままですと
おそらく私はこの場にいなかったでしょうから」
ホント、助けられてよかったと心の底から思う。
その結果、あの黒ずくめの男は熊に喰われた訳だけど、その辺りは
悪いことをしようとした報いだと思って諦めて貰おう、なむなむ。
「しかしこれからどうしたものかな。帰れるなら帰りたいけど
異世界なんてどうやって帰ればいいかも解らないし………
フィルミールさんは知ってたりする?」
私の問いにフィルミールさんは申し訳なさそうに首を振り
「いえ………残念ながら私は知りません、強いて言えば他の異世界から来た
人達にお話を聞ければいいのですが、現状では無理かと」
「どうして?」
「その方達は誰1人この世界に残っていないのです。以前私がお会いした人も
いつの間にか姿を消してしまって………噂では異世界に帰ったという事ですが
その瞬間を見た訳ではないので」
それはそっか、帰れるならこの世界にいないのは道理だね。
誰1人残ってないって事は時期が来たら自動的に帰らされるかも知れないし
能動的に帰る手段は無いかも知れない。
まぁ、帰る方法をフィルミールさんが知らないだけの可能性が高いけど。
この世界の人間が異世界に渡る方法を探す理由も無いしね。
「とすると現状の最優先課題はこの世界での生活基盤の確保だね………
よく考えないでも私、この世界では一文無しでホームレス同然なんだよね」
帰る方法がわからない以上、この世界で暫くの間生きて行かなきゃいけない。
けど現状、金なし・家無し・職なしの3拍子が揃った状態だね………
元の世界ならそれでもどうにかなるけど、この世界じゃそれは通用しそうにない。
お爺ちゃんのお陰である程度のサバイバル知識はあるけど、この世界じゃ
何が食べられるものかすら判断できないからそれも無理だよね………
あれ?私詰んでない?
「ホームレス………と言うのは知りませんが、当座のお金なら
どうにかなりますよ」
「ふえっ?」
フィルミールさんの予想外の言葉に思わず変な声が出てしまう。
当座のお金って、もしかしてフィルミールさんが?
―――正直そんな事言ってる場合じゃないんだろうけど、知り合ったばかりの人に
お金を工面して貰うのはどうかなぁ………
そんな考えが表情に出てたのか、フィルミールさんはクスリと笑い
「安心してください、助けてもらったお礼で………という訳ではないですよ
正直に言って私もそんなに手持ちはありませんから」
そう言いながらお腹の前で掌を上下にして丸を作ると、その空間に青色の
立方体が現れる。
ん?あれって確か………
「えっと、それって【インベントリキューブ】って奴だっけ
確か、中に何でも入る荷物入れだったかな」
「ええ、そうですよ。一応容量に制限はありますが生物以外なら何でも入って
しかも時間経過しない優れものです♪」
そうそう、森の中で使ってて色んな物が吸い込まれていって驚いたよ。
便利な物だけどあれも魔法なのかな?
「でもその中に何が………」
「レン様お忘れですか?初めてこのキューブを取り出した時
私が何を入れたのかを」
フィルミールさんはそう言って立方体の中からにゅっと物を出す。
それは、立方体から生えた厳つい熊の首だった。
「このファングベアを売ればいいお金になりますよ♪」
あー、そう言えば手のひらサイズの立方体に2m近い熊が
吸い込まれるのを目の当たりにしたんだった。
あれも結構衝撃的な光景だったけどその後の会話がとんでもなさ過ぎて
すっかり忘れてたよ。
………って言うか、熊って売れるの?
「一先ず食事にしましょうか、ここの支払いは私が持ちますので
遠慮なく食べてください♪」
そういえば異世界に来て既に数時間経ってるのに何も食べていなかったね。
それを思い出すと私は急に空腹感を感じ始める。
「いいの?」
「私を助けていただいたお礼の一部だと思って下さい。
食事が終わって一息つけましたら買取りの店に行きましょうか」
「………ありがと、正直助かるよ」
そう言って私は目の前の料理を食べ始める。
食べたことのない料理ばっかりだけど、口に合わないものはなく
全部美味しく食べることが出来た。
フィルミールさんは私のそんな様子を見ながら、ずっと嬉しそうに
ニコニコ微笑んでいた。