黒色の魔晶石
「倒し………たの?」
フィルが魔晶石の舞う光景を見て呟く。
流石にそう思いたいけど、今までの再生見ていると安心はできない。
下手をすれば砕けた魔晶石からも再生するかもだし
そもそも魔晶石を砕いても意味のない可能性だってある。
最低5分くらいは現状を見張ってたいところだけど………
「ゴメン…リーゼ、流石にちょっと…痛過ぎるから
出来ればフィルのとこに…運んでくれると嬉しい…かな」
「ッ!!申し訳ありません、マスター」
光景を呆然と見ていたリーゼははっとして私をフィルの所まで運ぶ。
「レン!!」
リーゼが私を下ろすと同時に、悲鳴に近い声で私の名を叫ぶフィル。
「うわ~体も服もボロボロ、思ってたより酷い有様だね
あ、左手は見ない方がいいよ。多分トラウマモノになるから」
マリスの言葉にやっぱり私の左手は吹き飛んでいるのを確信する。
フィルの事は信じてるけど、やっぱりちゃんと治るか不安にはなるね。
「バカ!!レンのバカ!!何でこんな無茶したのよ!!
治したらお説教してやるんだから、覚悟しなさいよね!!」
「………フィルミールに同意です
何故この様な事、我に任せて下さらなかったのですか
そうすれば、マスターがこのような目に遭う事もなかったではありませんか」
フィルは激怒の、リーゼは悲しみの表情でそう告げて来る。
「あはは、けど怒るのは後にして欲しいかな
フィル、無茶言うけどなるべく早く治してくれると助かるよ
リーゼは周囲の警戒をお願い、これでも復活する可能性はあるし
あの爆音に魔物が引き寄せられないとも限らないからね」
「分かってるわよ………絶対に治して見せるんだから!!」
「………了解です、マスター」
私の言葉に2人は素直に従ってくれる。
………やれやれ、この世界に来てから本当にいい出会いに恵まれてるよね、私って
………
………………
………………………
「周囲に敵影なし、それと………あの化け物も復活の兆しはありません
どうやら撃破したと見なして良さそうです」
「こっちも異常なしだよ~、砕けちゃった魔晶石観察してみたけど
な~んにも変化なし、完全に壊れちゃったみたいだね」
数十分後、フィルの治療魔法により何とか起き上がれるまでに回復した私は
フィルに支えられながら周囲を警戒している2人の所に向かった。
どうも怪我を治すのには魔法の力だけじゃなく本人の体力も必要らしくて
痛みはほぼ消えてるんだけど正直疲労困憊状態だ。
ちなみに左腕もフィルが奇麗に治してくれた。ただ治ったと同時に
物凄い激痛が走ったけど………
フィル曰く、治った時の感覚の揺り戻しらしいけど
正直叫び声を上げそうになる程の痛みだった。
こんな痛みを受けるなら、もう二度とあんな真似はしたくないね。
それをフィルに告げると「私を心配させた罰よ」と言ってそっぽを向いた。
どうやら相当お怒りらしい、とか言いながらも私に肩を貸してくれるフィルは
本当にいい子だよね、全く。
「マスター!?大丈夫なのですか!?」
私の有様を見たリーゼが心配そうに駆け寄って来る。
「うん、フィルのお陰で怪我は完治してるよ
ただ、治療の代償に体力を相当持ってかれちゃってね
こうやって支えて貰えないと1人じゃ歩けないんだ」
「そうですか………ならば我が代わりに支えます
フィルミール、後は我が請け負いますので」
「だ、大丈夫よ………レンは軽いんだから
支えるなんて………朝飯前よ」
いやいやフィルさん、息も絶え絶えでそんな事言っても説得力ないよ?
フィルだって相当魔力使ってるのに、こういう時は頑固だよね。
「はいは~い、レンお姉ちゃんにくっついて幸せなのは分かるけど
そのままだと共倒れで地面と熱いベーゼをする羽目になるよ
ここはリーゼに任せた方がレンお姉ちゃんの為だって」
「むっ…ぐ………」
マリスの指摘に渋々と私の体をリーゼに預けるフィル。
受け取ったリーゼはひょいっと私を持ち上げ、お姫様抱っこの体勢で抱き抱える。
「あっ、ちょっリーゼ!?」
「この体勢の方がマスターが楽だと判断しましたが
何か不都合がありましたか?」
い、いや確かに体勢的には楽なんだけど………ちょっと気恥しいねこれ。
仲間達を見るとフィルは恨めしそうにリーゼを睨みつけ
マリスはにやにやと笑っている。
………まさかマリス、ここまで見越して言ってきた訳じゃないよね!?
「えーっと、これはどういう状況なのかな?」
予想外の方向から声が聞こえる。
思わず全員が振り向くとそこにはダナンさんと武装した冒険者数人
そして兵士らしき人達が雑然と立っていた。
「あれ?ダナンさん、どうしたのこんなとこに」
「どうしたもないよ、依頼を受けた冒険者からの報告を受けて
討伐に来たんじゃないか」
あ~、あの冒険者達一応増援を呼んでくれてはいたのね。
それならそうと言って欲しかった気もする、知ってたらあんな自爆覚悟な事
する気はなかったかもしれないのに。
「ちょっと来るのが遅かったねぇ、あのトロールはマリス達が
倒しちゃったんだよね~」
「えっ!?本当かい!?
報告によるととんでもない化け物って聞いてたけど………」
マリスの報告にダナンさんは驚く。
まぁそりゃ驚くよね、ベテラン冒険者が泡食って逃げてきたモンスターを
平均レベル10以下らしき私達が倒したって言ったんだから。
「うん、普通のトロールより遥かな再生能力持ってて
人も生きたまま取り込んじゃうような化け物だったけど
レンお姉ちゃんが跡形もなく吹っ飛ばして倒したんだ」
「跡形もなくって………君がかい!?」
ダナンさんが驚愕の目でリーゼの腕の中の私を見る。
いやマリス、その言い方だと私が自力で吹っ飛ばした風に取られるんだけど………
「いや、丁度爆発する魔晶石をマリスが持ってたので
相手の体内で爆発させたんですよ。
尤も、私も巻き込まれてこの有様ですけどね」
私は力なく笑う、傷は治ってるけど服はボロボロのままだから
説得力はあると思う。
流石にこの格好を男の人に見られるのは結構恥ずかしいものがあるけど。
「ダナンさん、確かに地面が爆発の後の様に削られています
それと周辺にこんなものが散らばっていました」
ダナンさんの部下らしき人が現場を調べていたらしく、砕けた魔晶石を
ダナンさんに手渡している。
「これは………魔晶石?これを君が爆発させたのかい?」
「いえ、それは奴の体内にあった魔晶石です
私にはよく分かりませんが、仲間が言うには『黒い魔晶石』とのことですが」
「黒い魔晶石?そんなものがトロールの体内にあったのかい?」
「はい、その魔晶石が鈍く発光して奴の体は再生していきました
私はそれが奴の力の源だと推測して破壊したんです」
「ふむ………確かにこの魔晶石は見た事もない黒色だね
それに爆発音は僕も確認している、君が爆発を起こしたというのも
事実だろうね。後は………レンさん、冒険者証を見せてくれないかな?」
「冒険者証?いいですけど………」
私はリーゼに抱き抱えられたまま懐から冒険者証を取り出し
ダナンさんに手渡す。
………何か一瞬ダナンさんの顔が真っ赤になった気がするけど、気のせいだよね。
あちこちボロボロで動くと色々見えちゃいそうな格好だけど、見られてないよね?
「………うん、トロール5体討伐が登録されてる
色々と想定外があった様だけど、これにて依頼完了だね」
へぇ、冒険者証って倒した敵を記録してくれたりするんだ。
………一体どういう仕組み何だろ、魔法で何とかするのかな。
「それじゃ、僕らは先に戻って討伐証を発行手続きをするから
落ち着いたらギルドまで来てくれるかな。
色々特殊な手続きになりそうだから待たせてしまうかもだけど」
「特殊な手続き、ですか?」
「想定外の事態で討伐内容が変わってしまった場合、ちょっと手続きが
面倒になるんだよね、ギルドマスターへの報告も必要になっちゃうし
報酬もそれが処理されてからだから、討伐証を発行して待ってもらうんだよ
まぁ君達は首都のギルドがメインの活動場所だから、討伐証を持っていけば
すぐに報酬は払ってもらえると思うけど」
ふ~ん、色々面倒だね。
どの道アイシャちゃんに今回の事もお話ししないとだから、報告は
私達が請け負ってもいいんだけど………
それを告げるとダナンさんは笑顔になり
「本当かい?そりゃ助かるよ
マイーダさんは有能で善人なのは間違いないんだけど
ちょっと厄介な処があるからそうしてくれるとこちらは大助かりだよ」
厄介な処?
確かに豪放だとは思うけど常識は弁えてるみたいだし
人に迷惑をかけるような人には見えないんだけど。
「冒険者になって1週間くらいならそろそろ見れるかもね
それじゃ、後で僕の所に来るのを忘れないでね」
そう言ってダナンさん達は町へ戻っていく。
「マイーダさんの厄介な処、ね………
そう言えばアンタは冒険者歴が長いんでしょ?
何か知ってるんじゃないの?」
ダナンさんの話が気になったのか、フィルがマリスに質問する。
「ん~、まぁ確かに厄介と言えば厄介だけど
私達に被害が及ぶ事は無いと思うよ~、それは兎も角」
マリスは砕けた魔晶石のかけらを眺め
「これが本当に生物をあんな化け物にしちゃうなら対策が必要だね~
気は進まないけど、協会の方に送り付けとこっかな
連中なら喜んで研究するだろうし」
協会って、魔導協会だよね。
まぁマリスも魔導士だし、繋がりを持ってても不思議じゃないか。
「取り合えず一段落付いたし、町へ戻ろっか
ギルドに寄る前に私の服をどうにかしないと………」
流石にこんな姿で人前を歩く勇気はない。
まずはリーゼが使ってたマントを引っ張り出してもらって、それから服を………
「レン、その必要は無いわよ
貴方の着替えなら、ほら」
フィルがそう言いながらインベントリキューブを取り出し、中から服を取り出す。
………えっ?何でフィルが私の服の替えなんか持ってるの?
「ふふふ、帝都で似合いそうな服を見つけておいて正解だったわ♪
さぁレン、これに着替えて」
えーっと、色々と突っ込みたいんですけど。
と言うかその服も布地少なめじゃない?流石に着るのに勇気いるんだけど………
何でフィルは私にそーいう服を着せたがる訳!?
「大丈夫よ、絶対レンに似合うから♪
けど、それはそれとして………」
ニコニコ顔だったフィルがさっと憤怒の表情に変わる。
「ギルドの手続きが時間かかる様だし、今回の無茶の件
きっちりとお説教させて貰うわよ。覚悟しといてね、レン」
あ~、忘れて無かったのねフィル。
仕方ない、無茶して心配させたのは事実だし、大人しく怒られておきますか………
………
………………
………………………
――――ここは、何処とも無い場所
何人も訪れる事が出来ず、知覚すらできぬ場所――――
そんな処に、2人の少女がいた。
1人は金色の髪を靡かせ、特徴的な尖った耳を持つ少女。
もう1人は幼げな雰囲気を残した、銀色に波打つ髪の少女。
少女達はまるで絵画の様に向かい合ったまま、時は流れていく………
「………」
ふと銀色の少女が顔を上げ、虚空を見つめる。
「………接触、したみたいね」
その仕草に全てを察した金色の少女は、確認するかのように呟く。
「ならここからは競争、どちらか先に望みを叶えるか、ね」
金色の少女の声が聞こえたのか、銀色の少女は虚空を見つめたまま
どこかへ歩き始め………姿を消す。
「けど、この時点で勝敗は決まってる
なら、私は彼女の望みに便乗するだけ………」
誰もいなくなったその場所で、金色の少女は寂しげに呟いた。




