輝かしき祝福
「ちょっ、熊ぁ!?」
「ファングベア!?この森に出没するの!?」
私とフィリミールさんは同時に叫ぶ。
その言葉に反応した熊はこちらを振り向き、ぐるると唸り声をあげる。
大きさは2m弱、だけど顔が普通の熊より厳つく口から大きな牙が
4本も生えている。
明らかに普通の熊じゃないね、これ。
「………拙いわね、だいぶ興奮してる。それにコイツ、人の味を覚えたわね」
フィルミールさんの言葉にぎょっとする、人の肉の味を覚えた熊!?
「口元を見て下さい………あの布の切れ端、おそらく私を襲った男達の物かと」
言われた通り口元を見てみると、確かにあの男達が着ていた
衣服の布辺に似ている。
それに熊の所々に付いている血が鮮やかな赤色だ、おそらくついさっき
付いたばかりの可能性が高い。
「……最悪ね、確かに縄張り意識が強くて人を襲うモンスターだけど
普段なら縄張りから出れば追ってこない、けど人の味を
覚えてしまったら………」
確かに、人の味を覚えた熊は洒落にならない。それで過去に大惨事を
引き起こした例もある。
これは逃げても間違いなく追って来そうだね、あの熊の目には
私たちは美味しそうな餌にしか映ってないみたいだし。
「レン様………ここは逃げてください、私がファングベアを引き付けます」
「は!?」
どうしようかと思案し始めた矢先にフィルミールさんの言葉で思考が止まる。
「引き付けるって、フィルミールさんあの熊何とか出来るの!?」
あまりの言葉に私は敬語を使うの忘れてフィルミールさんに問いただす。
「いいえ、ありません。恐らくは簡単に引き裂かれるでしょう
ですが、レン様が逃げる時間くらいは………!!」
ちょ、ちょっと待って!!
この人何でいきなり私のために犠牲になろうとしてるの!?
会ってまだ1時間も経ってないんだよ!?
あまりの提案に唖然としている私を見てフィルミールはにこりと笑い
「………惚れた方に命を懸けるのは人として当然の事でしょう?」
と、とんでもない事をさらりと言い放つ。
惚れた方って………フィルミールさんやっぱり私の事男だと思ってる!?
緊迫した場面にも拘らず、思わず自分の格好を確かめる。
そんなに男っぽく見えるかなぁ、確かに最近学校で女の子から
告白されてたりして凹んだ記憶あるけど、そこまで男っぽくはないとは
思いたいなぁ………
「グウウウウウゥゥゥ………」
そんな雑念も、熊の殺気が籠った唸り声にかき消される。
状況は掴めないままだけど、とりあえずはこの熊を何とかしないといけない。
ちらりとフィルミールさんを見ると小刻みに震えながらも私の前に立っている。
けど、背格好と言いこの人がこの熊をどうにかできるとは思えない。
………と、なれば答えは1つ。
私はすっとフィルミールさんの前に立つ。
「レン様!?」
前に立った私にフィルミールさんは驚きの声を上げる。
「囮なら私がやるよ。一応、攻撃を避け続けることはできるから」
「えっ!?」
フィルミールさんが驚いた顔をする、まぁ無理もないか。
こんな小娘が熊の攻撃を躱し続けるなんて言い出したのだから。
「けど、恐らく攻撃は効かない。隙を見て逃げて」
私はそう言うとフィルミールさんの返答を待たず熊に突っ込んでいく。
「ガアアアアアアアアアアア!!」
それに触発された熊が即座に立ち上がり、向かってくる私に右前足を振り下ろす。
「レン様!!」
フィルミールさんが私の名前を叫ぶ、しかし私は右に上体を捻り
熊の攻撃を紙一重で躱す。
動きは早いけど予備動作が丸わかりだね。よし、これなら!!
力任せに前足を振り下ろした熊の体勢が崩れ、急所の1つである喉が下がる。
私は勢いに乗ったまま地面を踏みしめ、渾身の力を込めて熊の喉に
右肘を打ち込む!!
ゴッ!!
カウンター気味に奇麗に決まる、手ごたえも十分だ。けど………
「ガアアアアアアアアアアア!!」
思わぬ痛みに怒り狂った熊が右前足を払いあげ、私は吹っ飛ばされる。
飛び退きとガードが間に合ってそこまでのダメージじゃないけど
やっぱり攻撃は効かない。
武器があるなら兎も角、体重が2倍程もある相手に私の攻撃が通用する筈もない。
「痛っつ~~」
むしろガードしたのにこっちの腕が痺れてる始末、左肩には爪が掠ったのか
制服が破れ、三本の傷跡が出来ている。
………予想通りだけど勝ち目なんて皆無だね。何とか隙を作って逃げないと。
横目でフィルミールさんの様子を窺うと、物凄く驚いた表情を見せる。
まぁ、こんな小娘が熊に喧嘩売ってるんだから当然だけど、出来れば早く
逃げて欲しい。
「貴方………嘘………どうして………」
「まぁ色々とあって、この手の経験は結構積んでるんだ」
とは言え、攻撃が効かない以上このままでは2人とも喰い殺される。
腕の痺れも取れ、呼吸も整えた私は再び熊と向かい合う。
「見ての通り私は暫く大丈夫だから、その間に逃げてくれると嬉しいかな」
そう言って私は再度熊の懐に飛び込む。
正直危険極まりない行為だけど仕方ない、距離を離して突進でもされたら
恐らくフィルミールさんは避けきれない。
熊は滅茶苦茶に前足を振るい、噛みついてくる。
これにまともに1回でも当たったら終わりだ、極限の緊張感に神経が
チリチリ焼ける気がする。
ちらりと後方を確認すると、祈りを捧げるように両手を胸の前で握り
目を瞑っているフィルミールさんの姿が見える。
ちょっ!?何で逃げないのこの人!?
私は思わず「逃げて!!」と叫びそうになる、その瞬間――――
【イラストリアス・ブレッシング】!!
フィルミールさんの体から全方位に光が走り、森の中が一瞬閃光に包まれる。
えっ?えっ!?一体何が起こってるの?
予想外の事態にあっけにとられ、熊から目を離してしまう私。
「グウオアアアアアアアアア!!」
突然、熊が怒り狂った方向を上げ、私を無視しフィルミールさんに突撃する。
「しまった!!」
あっけに取られていた分初動が遅れる、この体勢だと間に合わない!!
そう思いながらも熊を追うため反射的に足を踏み出し駆け出す。
――――次の瞬間、私は熊の背中に肉薄していた。
「なっ!?」
体が軽い、足がまるで自分の物じゃない様に速く動く。
それだけじゃなく体中に何か不思議な力が駆け巡っている感じがする。
一瞬困惑するも、すぐにそれどころじゃないと思いなおす。
熊は私が肉薄してるのにもかかわらずフィルミールさんに向かって
四本脚で突進する、後数秒もすれば彼女は轢殺されるだろう。
だけど―――そうはさせない!!
「ふっ!!」
私は勢いをそのままに熊の背中………急所の一つである延髄を
狙う為飛び上がる、そして空中から全体重を乗せて目標を――――蹴り抜く!!
ガゴッ!!
骨の砕ける音がする、熊は一瞬のけぞった後白目を剥き涎をまき散らしながら
前方に地響きを起こして倒れる。
――――えっ?
地面に着地した私は、警戒しながら倒れている熊に近づく。
呼吸は………していない、完全に即死状態だ。
正直一瞬でも動きを止めれればいいと思った攻撃だけど、まさか熊の延髄を
蹴り砕いてしまうなんて………
思わず自分の体を見てみると、体が薄い光の幕のような物で包まれている。
………なにこれ、さっきの加速と言い一体何が起こってるの?
もう何度目の困惑だろう、色々なことが在り過ぎて脳が処理しきれてない。
あまりの事態に私は完全に呆けてしまう。けどその瞬間、今度は横腹から
衝撃を受ける。
「ごふっ!?」
完全に隙を突かれた私は衝撃により肺の中の空気が全部吐き出される。
何事かと衝撃の方向を見ると、そこには―――
「凄い!やはり私の目に狂いはなかったのね!」
興奮した状態で私に飛びついてきたフィルミールさんがいた。
そうして私の顔を見つめ、にっこりと笑うと一歩下がり、服の裾を持ち上げ
「ようこそエルシェーダへ。異世界の少女、レン様」
そう言って恭しく頭を下げた。