異端の魔導師
「ユージス! ちょっと興奮しすぎだよ!
リアちゃんがビックリしちゃってるよ!」
ギルド内に響き渡るユージスさんの声、それを聞いた他冒険者達が
何事かと私達に視線を集める。
流石にマズいと思ったのかイメルダさんが強い口調で
ユージスさんを咎める……けどやっぱりリア優先なんだねイメルダさん。
「あ……
す、済まねぇ……思わず我を忘れちまった」
けど流石熟練冒険者、イメルダさんの一言で冷静さを取り戻すユージスさん。
この気持ちの切り替えの早さは流石だね、荒事を主な仕事にしてると
こういう事が出来ない人から脱落していくものだしね。
「けどマリス、こんな事をしでかしやがる奴に
心当たりがあるって言うのは本当なんだな?」
ユージスさんは冷静さを取り戻しつつも、それでも感情の高ぶりは
治まり切らない様で凄味のある声でマリスに問いかける。
普通の人が聞いたら竦み上がりそうな雰囲気の声だけど、マリスは
それを飄々と受け流しつつ
「心当たりってだけで確証は無いけどね~
それに似た様な研究をしてたってのを知ってるだけで
ソイツが今どこで何をしてるかは知らないよ」
先ほどと同じ様にあっけらかんと言い放つ。
……ってそう言えばマリス、前にもそんな事を言ってた様な。
アレは確か……
「マリス、貴方は確かドラゴン共が変異した時も
そんな事を言っていましたね、アレと何か関係があるという事ですか?」
普段私達の会話を無言で効いてるだけのリーゼが
珍しくマリスに問いかける。
そうそう、あの変異龍達を封じ込めた後も
何かそれっぽい事を言ってたねマリス。
「うん、言ったよ
まぁあの時は似た様な事奴がいたな~程度に思っただけだけどさ」
リーゼの問いにもサラッと答えるマリス。
……ん? 何か違和感を感じる。
マリスにしては受け答えが淡々としてる様な……いつもなら
私達の質問とかに答える時はもうちょっと笑いながら
楽しそうに答えるんだけど……
「……どこの何奴だ、そいつは」
ユージスさんの凄味が増して来る、まぁ直接的な危害じゃ無いとは言え
家族に手を出されたら怒りもするだろうけど……ユージスさん
また我を見失いかけてるのかな?
「教えてもいいけど、さっきも言った様にそいつがやったって確証は無いし
今どこにいるかもマリス知らないからあまり意味無いとは思うよ?」
「……それでも、頼む」
マリスの返答に、それでもと頼み込むユージスさん。
「……バレリオ=ローワンって名前の魔導師だよ」
一瞬の間の後、マリスは1人の魔導士の名前を告げる。
「……聞いた事ない名前だね、そんな特徴的な研究してる魔導士なんて
協会にいたら耳に入りそうなものだけど」
マリスの告げた名前に首を傾げるイメルダさん。
同業者のイメルダさんが聞いた事ない名前ね……とするとその魔導士って
「知らないのは無理ないよ、協会にいたのはほんの僅かな時間だし
それにあまりに研究が異端すぎるって協会のお偉いさん連中が
追ん出しちゃったからね」
マリスが予想通りな事を告げる。
ふむ……研究第一な魔導協会も生物を変異させるような事は
タブーなのかな?
「そうなの?」
「うん、お偉いさんの1人がどっかから引っ張って来たみたいなんだけど
色々やらかしたみたいでね」
イメルダさんの問いに淡々と答え続けるマリス。
……うん、やっぱりマリスの様子がおかしい。
そのバレリオって魔導士と何らかの関係があるっぽいね、マリス。
けど表情からは何も読み取れない、元々飄々としてて
何を考えてるか分からない子だから、こんな無表情に近い顔をされると
益々何を考えてるのか分からなくなる。
「そのやらかした事って……まさか」
イメルダさんが質問を続けようとするも、何かに思い当たったらしく
みるみる驚愕の表情に変わって行く。
「うん、協会では大騒ぎになったから流石に知ってるよね」
マリスは表情を僅かに変えて答える。
その表情は……やっぱり上手く読み取れなかったけど
僅かだけだけど、何かに悲しんでいる様だ。
……あれは、後悔?
「そのバレリオって奴が協会でやらかした事が
俺のお袋があんな姿になっちまったのと何か繋がりがあるって事なのか!?」
ある程度は落ち着いたけど、それでも興奮が収まりきらないユージスさんが
食い気味にマリスに聞き返す。
「繋がりがあるかまでは分かんないよ、けど
よく似た事をやらかしてるからもしかしたらって思っただけだよ」
そんなユージスさんに臆する事無く、同じような返答を
繰り返すマリス。
「……で、そのやらかした事って何?
話の流れからどうせろくでもない事だとは思うんだけど」
魔導師の話が中心だからか、不機嫌そうな顔をしたフィルが
それでも話を先を進めようとマリスに水を向ける。
「―――アイツが研究し、やろうとした事は『命の保存』
人を死の呪縛から解放させたい、って事らしいよ」
マリスは無表情で、だけど吐き捨てる様に言う。
「何だ……それ……」
あまりの予想外の言葉だったからか、ユージスさんは
気勢をそがれて絶句する。
「……ちょっと待って、それじゃそんな絵空事の為に
協会であんな地獄絵図を引き起こしたって訳なの!?」
それとは対照的に、今度はイメルダさんが激高する。
その様子に腕の中のリアがビクッとする。
命の保存、ね……言うなれば『不老不死』って奴と同じ様なものかな。
人が死を恐怖するのは本能だ、故にそれから逃れる為に
私達の世界でも様々な研究がされてるけど、未だそれに至っていない。
そしてそれが人を狂気に陥らせ、結果甚大な被害を出した
事柄も少なくはない、ある意味人間の歴史での厄介事の1つだ。
ふむ、これはフィルの言った通りろくでもない事に間違いなさそうだね。
「うん、そだよ
だから協会のお偉いさんが総力を挙げて排除しようとしたけど
結局は逃げられちゃったみたいなんだよね」
マリスはやれやれと両手を上に挙げて溜息を吐く。
「そんな……じゃあそのバレリオって奴は……」
「ま、どっかに潜伏して研究を続けてるだろうね」
イメルダさんの問いにマリスは淡々と答える。
うん、なんかヤバめの奴がどっかに潜んでろくでも無い研究を
続けてるってのは分かった、けど……
「ねぇマリス、イメルダさんが言った『地獄絵図』ってどんなものなの?
マリスはその様子が今の王国の異常と似てると感じたから
もしかしてと思ったんだよね?」
私の問いにぎょっとするマリスとイメルダさん。
2人の話し方からして多分気分のいい話じゃないんだろうけど
その魔導士を追いかけるとなった場合、この情報は聞いてかないといけない。
「うぁ~~~……レンお姉ちゃんそれ聞いちゃう?」
「止めておいた方がいいよ、レンちゃん
暫く食欲が沸かなくなる様なお話だからさ」
マリスとイメルダさんは心底嫌そうな表情になりながらも
私を気遣ってか忠告してくれる。
「2人が私達を気遣って敢えてぼかしてくれたのは分かってるよ
けどさ、そんな危険な奴がどこかに潜伏してるとなれば
鉢合わせの可能性や、何らかの理由で私達が付け狙われる可能性だって
無くはないよね?」
我ながら慎重すぎると思うが、それでもリスクは可能な限り排除したい
なら相手の情報は必要だ。
例えそれがどんなに些細で、それに酸鼻な話であろうと
聞いておけば対応は出来る。
「知る」と言うのは何より強い武器になり得るからね。
「……だな、俺もレンに賛成だ
まだそいつがやったと確証がある訳じゃねぇが
危険そうなやつには変わりはねぇ、ならそいつが何をやらかしたか
詳しい話を知っておくのは無駄にはならないだろうからな」
私の言葉にユージスさんも乗っかってくる、まぁこの人は
お母さんを子供にした疑いのある人間の事をもっと知っておきたいのも
あるだろうけどね。
私達の言葉にマリスとイメルダさんは顔を見合わせ、そして
お互い小さく溜息を吐き
「……わかったよ、レンお姉ちゃんがそう言うなら話してあげるけど
結構グロい話になるから覚悟しといてよ」
マリスはそう言って了承してくれた。




