提案
……男の子を解放したのにこちらを睨み続けるミァザさん。
当然だけどこっちを完全に信用して無いね。
それにしてもフィルと比べて神官って感じがしない女性だよね。
特に目つきは私寄りな感じだ、あれは
確実に何度も修羅場を潜り抜けてる目だね。
とは言えミァザさん自身はそんなに強そうには思えない、まぁ修羅場を
潜り抜ける方法は腕力だけじゃないからね、そんな彼女を説得なんて
並大抵の難易度じゃないとは思うし、それをフィルに丸投げなんて
我ながら酷い事してるよね。
けど、この場でミァザさんを説得できる可能性があるのは
フィルだけって言うのも事実だ、正直偽善もいいとこだし
冒険者としては依頼失敗どころかエウジェニーさん達に迷惑を
かける事態になるだろう、それでも寝覚めの悪くなるような事はしたくない。
……まぁ、大概甘い考えだとは思うけどね。
「……ねぇ、貴方に提案があるんだけど」
フィルがミァザさんに気安めな口調で話しかける。
警戒させない為かな?フィルが初対面の相手に敬語を使わないなんて
初めて見るかも。
「……あ?何だ藪から棒に」
唐突に話しかけられたミァザさんは胡散臭げにフィルに視線を落とす。
「貴方、聖教かから抜けたくてこんなとこにいるのよね?
けど、いくら下民街だと言えども聖教の追跡から逃れることは出来ないわ
聖教には『聖騎士』がいるもの、貴方だって知ってるでしょ?」
フィルは表情を変えず軽い口調で続ける。
そう言えば前にそんなのがいるって言ってたね、必要とあらば聖教が国家間の戦争に
介入する事があるとか、その時に行使される軍事力らしいけど。
「……だからどうした?
今奴らはそれどころじゃ無いとは思うけどな
アタシ以外にも行方不明になってんだろ? 聖女候補とやらは」
フィルの言葉にミァザさんはにやりとしながら答える。
……へぇ、こんな所にいながらそんな事も知ってるんだ。
思ってたより抜け目ない人だね。
「あら驚いた、こんなとこにいるのに耳ざといのね」
「お生憎様、こんな所だからこそ地獄耳じゃないと生きていけないのさ」
お互いに笑みを浮かべながら言葉を交わす二人、けど目が笑ってない。
こらこらフィル、喧嘩売っちゃダメだってば。
「なら猶更私達の提案を聞いてみる価値はあるとは思うわよ
上手くいけば聖教からだけじゃなくて、下民街からも
抜け出せるかも知れないわよ?」
フィルかさらに口角を上げて言う。
いやフィル、神官がしちゃいけない表情になっちゃってるんだけど……
フィルみたいな美人がそんな顔をすると結構怖いものあるね
……なるべくフィルを怒らせない様にしよう。
「ハッ……んな都合のいい話があるかよ
もしあったとしても、アタシの経験上それ以上に
酷い目に遭うのがお決まりだ」
ミァザさんはそう言って鼻で笑う。
まぁ信用しないよね、私だって信用しないよ。
「それは否定しないわ、命の切り売りをする事になるもの
ある意味下民街にいるより平穏な生活は望めなくなるかもね」
だけどフィルも引かない、邪悪な顔を浮かべたまま言葉を続ける。
……これ、絶対マリスの真似だよねフィル。
嫌ってる様なことばかり言ってるけど何だかんだで影響はされてるみたいだね。
マリスの方にちらと視線を向けると心底楽しそうに笑顔を浮かべてる。
アレは察してるね、マリス。
「けど、このままだと近い内に聖教に捕捉されるのは確実よ
今はゴタゴタしてるみたいだけど、それでも彼らにとって聖女候補は
貴重な存在に変わりはないもの、直ぐに追手を差し向けられるわ
……恐らく『聖騎士』達がね」
フィルが真剣な表情になりミァザさんに言い放つ。
……そう言えばフィルと出会った時にいた男達、あれがその
聖騎士って奴なのかな?
いや違うか、不意を突かれたとはいえ武器も持ってない小娘に制圧される程度じゃ
戦争に介入なんてことが出来る訳がない、それにあのいで立ちは
どう見ても騎士って感じじゃなかったしね。
「……チッ
だからと言って、はいそうですかとアンタらの口車に
乗ると思ってんのか?」
「思わないわね、それに本音を言えば私自身貴方の事なんてどうでもいいの
説得なんて回りくどい事なんかせずに力づくで捕まえて
聖教に差し出した方がいいとさえ思ってるわ」
「なっ!?」
フィルの発言を聞いてミァザさんが目を剥いて驚く。
そりゃそうだ、今のフィルの発言は今までの
説得を全てひっくり返すものだからね。
「何のつもりだ? なら何でアタシに……」
困惑しているのか、睨みながらも絞り出すような声で言うミァザさん。
そんな彼女をフィルは正面に見据え、豊かな胸を張りながら
「そんなの決まってるわ、私が愛してる人がそれを望んでるの
それを叶える為なら私の意志なんて些細な物、いくらでも捨てて見せるわ」
この上ない誇らしげな顔で、フィルはそう言いきってしまう。
……場の緊張感が一瞬緩む、そんな中でドヤ顔で立ってるフィル。
いや、そこまで言い切るのはフィルらしいっちゃらしいし、正直
凄いと思うし尊敬も出来るけど……向けられる方としては
嬉しいのは間違いないけどちょっと重いよ?
私が男だったら男冥利に尽きるってだけの話になるかもしれないけど
そうじゃないから話がややこしい訳で……
と言うかフィル、こんな場面でそんな事を堂々と言い切るのは凄いけど
もうちょっと空気読んだ方がいいと思うよ?
私が若干頭を抱えながらその光景を眺めてると、不意に噴き出すような声が聞こえ
「ブッ……あっはっはっはっはっは!!
何だそりゃ!? そんなモンの為にこんな事してるってか!?
あっはっはっはっはっは!!」
盛大にミァザさんの笑い声が一体に響く。
あれ? なんだかウケてる?
「バッッッッッカじゃねぇのお前!!
と言う事は何だ? お前が聖教出奔して冒険者なんてやってんのも
もしかしてそれが理由とか……」
「ええそうよ? 何か文句ある?」
ミァザさんの指摘にさも当然の様に即答するフィル。
「いやいやいやいや……お前馬鹿だろ!? 聖教に居りゃ
何不自由なく生きてられるんだぞ? それを捨てて冒険者になるって
よっぽどの馬鹿じゃねぇとやらねぇだろ!?」
「……同じように脱走したアンタには言われたくないわね
それに、アンタにはそれを提案しようとしてるんだけど?」
流石に馬鹿と言われて気に障ったのか、若干むすっとして言い放つフィル。
「……はぁ!?
アタシに冒険者になれって言うのか!?」
流石に予想外だったのか、笑いを止めてフィルに問いただすミァザさん。
「ええそうよ、冒険者になれば一時的にだけど生活は保障されるし
無茶しなければ死ぬようなことは余り無いわ
それにアンタ、聖女候補だって言うなら祈祷魔法が使えるでしょ?」
「祈祷魔法って、怪我とかを治せるようになる奴だろ?
確かに聖教の奴らの言う通りにしてたら使える様になってた
色々便利だしこの点に関してはあいつ等に感謝はしてるけどな」
ミァザさんは自分の掌を見つめながら言う。
「それならば冒険者としては好待遇間違いなしね
怪我を治せるってだけでも冒険者では引く手数多だもの
私だって他冒険者から何度も誘いを受けたもの」
「へぇ~、そう言うものかい」
警戒心マックスだったさっきとはうって変わって、フィルの話を
興味深そうに耳を傾け始めたミァザさん。
……色々強引だったけど、結果的には説得できそうな雰囲気には
なってきたのかな?
「当然、依頼の中にはモンスターや野党なんかと戦うのもあるけど
アンタはそう言うのは慣れてるでしょ?」
「まぁ、確かにな」
「なら適任だと思うわよ? それに冒険者になれば聖教もアンタの事を
見限って追っても差し向けなくなるし、悪い話じゃないと思うけど?」
ここぞとばかりに畳みかけるフィル、他の人が言えば信用されないかも
知れないけど現にフィル自身が冒険者になった神官だ、説得力は十分にある。
「……確かに悪い話じゃないな、なら……」
ミァザさんは少し考えた後頷き、再びフィルに顔を向ける。
その瞬間―――私の背中に得体の知れない感覚がゾクリと走る。
「何!?」
反射的に後ろを振り向く私、そこにはいつの間にか
1人の小柄な人影があった。
「勝手な真似はそこまでにして頂けますか? 神器」
人影は感情の無い声でそう言い放つ。
その姿はフィルに似た純白の衣装を纏い、フードを目深に被った
女の子だった。




