旅立ちの準備
「……で、時越えのセレナが態々レンを呼び出したのって
それを忠告したかっただけなの?」
準備を始めて数分後、手を動かしながらも
唐突にフィルが聞いて来る。
「そうみたいだよ、どうもあの人も私が死ぬ事は都合が悪いみたい」
私はフィルに視線を向けず、作業をしながら答える。
「ふぅん……同じ異世界人の勇者にすらほぼ干渉ししなかった彼女がね
案外レンをこの世界に召喚したのって彼女じゃないかしら?」
私の答えにフィルがそう推理する。
だがそれは残念ながら外れだ。
「どうも違うみたいだよ、自分にはそんな力は無いとは言ってたし
それにあの人が言うには私をこの世界に召喚したのは『彼女』って
存在らしいんだよね、どうも私に助けてほしくて
この世界に呼んだみたいなんだけど
どんな人物かは教えてくれなかったけど」
「ふぅん、レンに助けて欲しい……ねぇ」
フィルはそう言って黙り込む、どうやらフィルには心当たりはないみたいだ。
「マリスやリーゼはその『彼女』とやらに心当たりがあったりする?」
ダメ元で残りの2人にも聞いてみる、予想通りリーゼは首を振るけど
マリスは少し考える素振りを見せた後
「無い事も無いけど……マリスの心当たりだと
レンお姉ちゃんを狙い撃ちで召喚なんて出来る人はいないんだよね
異世界から人を呼ぶ召喚魔法って人物の選別は出来ないんだよ
『勇者召喚』だって、召喚場所と人物の特定はできないみたいだしね」
「……そうなの?」
意外なマリスの言葉に、思わずフィルに聞いてしまう。
『勇者』とやらって『魔王』を倒すのにノリノリな人間を
引っ張ってくるのかと思ってたけど……
「……ええ、『勇者召喚』は召喚された人物自体を
選定することは出来ないみたいなの、残念な事にね」
フィルは少しだけ顔を顰めて言う。
……そう言えばゼーレンさんが会った事ある『勇者』は気に喰わない奴
とか言ってたっけ、となれば性格に問題がある人間や
そもそも争い事が嫌いな人間も召喚される可能性も在るんだ。
……何かえらく行き当たりばったりな感じがするね。
だけど、人間を魔族から守護する為に必要な『勇者』を召喚するのですら
その有様なら、特定の人物を狙って召喚って事は少なくとも
人間じゃ出来そうにないね、となれば人間以上の存在って事になりそうだけど
リーゼが首を振ったところを見るとドラゴンでも無さそう。
う~む、結局『彼女』とやらの手掛かりは全く無しか。
まぁそう簡単に行く訳は無いか、気にはなるけど
今は目の前の事に集中しないと。
「そっか、まぁ仕方ないね
取り合えずは目の前の事に集中しよっか」
「それはいいけどレン、リアはどうするの?
今回は長丁場になりそうだし、いくら祈祷魔法が使えるって言っても
連れて行くのは厳しいと思うけど……」
う~ん、それも考えないとなぁ。
フィルの質問に、黙々と準備の手伝いをしてるリアの方へ向いて思案する。
リアが治療魔法を出来ると知った今、ついて来て貰った方が
色々と都合がよくもある。
フィルの負担も減るし、今回もゼーレンさんが一緒だから
戦闘中にリアの守りを考える必要も無い。
だけど、やっぱりあの小さな体に長旅は過酷だろう。
事実王国に来るまでの道のりだって足に豆を作ってまで無理をしてた訳だし。
それにいくらゼーレンさんがいるからと言って戦いにイレギュラーは付きものだ
絶対に危険が無いとは言い切れない。
そもそもリアは王国に家族を探しに来てるんだ、私達の都合で
引っ張り回すのは筋が違う、ならばマルティーヌさんに預かってもらうのが
最適な判断だと思う。
「私は、今回はマルティ―ヌさんに頼んで留守番して貰った方がいいと思う
流石に治癒魔法が使えるからって私達の都合で連れ回すのは
何か違うと思うから」
「……そうね、ただでさえあの子は地獄を見て来たんだし
私達に付き合って更に辛い目に遭う必要なんてどこにもないものね」
「そだね~、マリスもそっちに賛成かな
マリスと違ってリアは冒険を楽しんでる訳じゃないしね~」
私の答えにフィルと、傍で聞いていたマリスが答える。
なら決まりだ、今回はリアに留守番をして貰おう。
さて、そうとなればリアに言わなきゃいけないんだけど……
「リア、お手伝い有難う
……ちょっとお話があるけど、いい?」
「……ん?」
細かな道具を整理していたリアに声をかけると、リアは「何?」
と言う表情をしてこちらに向く。
「リア、今回の依頼はかなり危険な上に長くなりそうなんだ
だからさ、マルティーヌさんとここで留守番してくれないかな?」
なるべく優しく、そして暗い雰囲気にならない様にリアに伝える。
……心の底からじくじくと罪悪感が沸き上がる、恐らくリアは
私達についてくる気だったんだろう、だからこそ誰に言われるまでも無く
旅の支度を手伝っていた、その気持ちを考えると
この台詞を言うのはちょっと辛い。
案の定、リアは少し悲しい表情になり。
「一緒に行っちゃ、駄目?」
表情通りの悲しい声で問いかける。
う……リアの為とは言え罪悪感半端ないね。
とは言えここは納得してもらうしかない、さてどう言い含めるか。
「正直に言うと、今回の依頼は凄く長くなりそうだから
その間リアを守り切れる自信は無いんだ
私達と違ってリアはもう危険な事をする必要もないし、なら
ここにいて帰りを待っててくれた方が私としては安心かな」
ここで取り繕っても仕方がない、私の本心をリアに伝える。
けどリアの表情は悲しげなままだ、けど何も反論はしてこない。
リアは頭の悪い子じゃない、今の私の言葉も理解はしてくれたんだろう。
だけど、それでも感情的には一緒に行きたいと言う気持ちが強いんだろうね。
……リアの事を守るって約束したのにこの体たらくだ、リアから見れば
約束を破った事に等しい、だからこそ私の罪悪感も半端ない訳で……
「んっふっふ~、お困りの様だねレンお姉ちゃん」
どうしたものかと思案していると、ニヤニヤしながら
横からずいっとマリスが顔を覗かせてくる。
「うわっ、マリス!?」
思わず顔を仰け反ってしまう、私のその表情に満足したのか
歯を見せてニカッと笑うと唐突に自分のインベントリ・キューブを取り出し
中から2つの半透明の石……魔晶石を取り出す。
「ほい、レンお姉ちゃんこれ持っててね」
マリスはおもむろに私に石の1つを手渡すと背を向け、すたすたと私から離れて行く。
「ちょっ、マリス一体何を……」
マリスが突然変な事をするのはいつもの事だけど、今日はそれに
輪をかけて脈絡が無い、悲しそうな表情をしていたリアも呆気に取られ
マリスの背中を目で追っている。
マリスはそのまま30m程離れた後、くるっとこっちに振り向き
手に持った魔晶石を口元に近づけ……
『あ~、あ~~……レンお姉ちゃん、聞こえる?』
するといきなり私が持っている魔晶石から唐突にマリスの声が聞こえる。
「うわっ!!」
驚いて魔晶石を取り落としそうになるもすんでの処でキャッチする。
『あはははは、驚いてくれたね~
最近レンお姉ちゃんには驚かされてばっかだったから
ちょっとした仕返しだよ』
再び魔晶石からマリスの声がする、とっさにマリスの立っている位置を
確認するもさっきから動いてない、あんな場所からこんなはっきりと
マリスの声が聞こえる筈はない、となるとやっぱり……
『んっふっふ~、何とか出発までに間に合ってよかったよ
前にレンお姉ちゃんから聞いた『デンワ』って奴を魔法で再現してみたんだ~
いやはや、ここまで作るのには苦労したよ~』
……はい? マリス、王国に来てからずっとそんな事してたの!?
呆気に取られる私とその様子を見て驚いた表情のフィルとリーゼ
そして興味深そうに魔晶石を覗き込むリア。
そんな私達を眺めながら、マリスは至極愉快そうに笑顔を向けた。




