放浪者の忠告
「オルテナウスに行くな……ですか」
セレナさんの言葉を反芻する。
名前自体は記憶のある街だ、確か聖女候補の1人が
伴った聖騎士とやらと共に消息を絶ったらしい。
ゼーレンさん曰く、元々良からぬ噂が絶えなかった街みたいなんだけど
聖教関連で何かトラブルがあったらしく、それの対処に
現時点での聖女候補の最有力だった神官と、幾人の聖騎士を
向かわせたみたいだけど、街に到着した後の消息が分からないらしい。
そもそもギルドの方も、ひと月前位のある日に突然ぷっつりと連絡が途絶えたまま
様子を見に行ったギルド員や冒険者の消息も分からなくなってるみたい。
正直言って怪し過ぎる所だねとマリスと話してたとこなんだけど……
「ええ、その街に行くのは避ける事をお勧めいたします
でなければ貴方は確実に……死にます」
セレナさんは真剣な表情のまま言い放つ。
行けば死ぬ……ねぇ、正直この世界に来て死にそうになった事なんて
数えきれないほどあるんだけど、確実に死ぬと来たか。
「……理由をお聞きしてもいいですか?」
セレナさんに質問する、死ぬと宣言された場所に好き好んで
行くほど酔狂じゃないけど、今回は依頼で行かなくちゃいけない可能性が高い。
ならば納得できる理由がないとね。
「理由は単純です
あそこには、今の貴方がたでは絶対に倒せない敵がいるからです
例え貴方の仲間が死力を尽くし奇跡を起こそうとも倒せない敵が」
セレナさんは静かに答える。
絶対に倒せない敵……ね、まぁ心当たりはあるかな。
例えばグレナディーアの3人とかはゼーレンさんを除けば
今の私達じゃ絶対に勝ち目はない。
あの人達と同等の力を持った輩が陣取っているって言うなら納得できなくもない。
けど、ゼーレンさんも含めてだとちょっと考えづらいかも知れないけど。
「一応、うちのパーティには人類最強って言われるグレナディーアと
同等の力を持った人がいるけど、その人がいても勝てない敵なの?」
一応聞いてみる、だけどセレナさんは首を振り
「ええ、存じております
その上で勝てないと申し上げているのです」
そう静かに返答する。
ふむ……ゼーレンさんがいても勝てない敵と来たか。
あの街にどんな化け物がいるのやら、とは言え現状戦い慣れした人間達が
こぞって行方不明になっている街だ、そんな化け物がいても不思議じゃない。
……これは戻ったらエウジェニーさんに報告しといたほうがいいかな。
信じて貰えるかどうかは微妙なとこだけど。
鵜呑みにする訳じゃないけど現状疑う要素が無い、ならば
たちまちはこの人の忠告には従った方が賢明か。
他の場所を回ってる際に情報が入ってくるかもしれないしね。
「……ご忠告有難う御座います
行く必要性が出てこない限り、その場所は避ける様にしますよ」
「賢明な判断です
……尤も貴方が本来の戦い方が出来れば、敵では無いでしょうけどね」
私の返答に、セレナさんは少しだけ苦笑いをして返す。
……やっぱり、この人元の世界での私の事を知ってる。
本来の戦い方か、この世界に来てから一切できない状態だから
半年くらいブランクが出来た状態なのは少し気になる。
とは言え、現状どうしようもない事ではあるんだけど。
「認識出来なかったとはいえ、彼女も急ぎ過ぎた様ですね
藁をもすがる気持ち、と言うのは理解は出来ますが」
セレナさんはふいっと横を向いて呟く。
彼女……ね、言葉からしてその彼女とやらが
私をこの世界に連れて来た元凶っぽい感じなんだけど。
そう言えばこの人も元の世界の私を知ってるみたいだし、いくつか
質問してみるのもいいかもしれない。
「彼女……ですか、貴方の言い方だとその彼女とやらが
私をこの世界に連れて来たみたいに聞こえるんですが」
「……その認識で間違いありませんよ、尤も彼女について聞かれましても
私が話せる事はありませんし、引き合わせる事も出来ませんのでご了承を」
……予想通りか、そしてその彼女とやらの情報は明かせないと来たか。
まぁそんな事だろうとは予想をしてた、その彼女とやらに
コンタクトが取れるならこんな忠告をせずにとっとと私を
元の世界に戻した後、また呼び戻せばいい訳だしね。
「ちなみに愚問になるでしょうが、貴方が私を元の世界に戻したりは……」
「ええ、お察しの通り不可能です
私はあくまで放浪者、世界を繋げて人を送り込むなんてことは出来ません
精々、世界を示す起点となる事くらいでしょうかね」
こっちもやはりか、そうそう甘い話は無いって事だね。
とは言え中々有用な手掛かりは得られた、私が元の世界に帰る為に
この人の言う「彼女」を探し出せばいい訳だ。
まぁ、手掛かりが全くない状態には変わりないけど
それでも明確な道しるべが出来た事は大きい、この人の言う事を
全面的に信用したら、の話だけど。
「突然こんな所に飛ばされたのはアレだけど
色々有用そうな情報を有難う御座います
ですが、流石に裏取りしないと全面的に信用は出来ませんが」
「ええ、当然です
戻りましたら彼女達に私の事を話して見て下さい
そうすれば私の話の信憑性が上がるかと」
む、セレナさんの事をフィル達に聞いてみろって事か。
そんな事を言って来るなんてこの人はこの世界にの人間にとって
それなりに信頼のおける人物って事なんだろうかね。
「分かりました、ではそうさせて頂きます」
私はふっと表情を緩め、警戒を解く。
まだ完全に信用は出来ないけど、私達に有用な情報をくれた事は事実だ。
なら、最低限の礼儀は払わないとね。
私の気配を察したのか、セレナさんはにっこりと笑う。
……ほんと見れば見るほど漫画とかに出てくるエルフそのまんまだね。
弓は持ってないけど格好も狩人っぽいし、長い金髪もサラサラの
ストレートヘヤーだ、けどエルフじゃないって本人は言ってる以上
エルフじゃないんだろう、違和感物凄いけど。
「では、そろそろ元の場所へお返しいたします
……手荒な方法で突然お呼び立てして申し訳ありませんでした」
セレナさんはそう言って瀟洒に礼をする。
フィルやマリーさんもそうだけど、美人がこんな礼をすると絵になるね。
私だと寸胴だからこんな礼をしても似合わないし、素直に羨ましい。
「全くですよ
ですが、まぁ今のところは貴方に害意は無いのは分かりましたし
それにお互い、また話さなければならない事も出てくるでしょう
その時は、事前に連絡して頂けると助かりますけどね」
「ふふっ、その時は是非そうさせて頂きます」
私の軽口に頭を上げたセレナさんが微笑みながら返す。
これで今回みたくいきなり飛ばされることはほぼ無いだろう。
まぁ、転移の主導権はこの人にあるからまた突然……って事も
あり得なくはないが。
「それでは転移を始めます、が
最後に私に聞きたい事はありますか?
答えられる範囲、に限りますが」
セレナさんはそう私に問いかける。
聞きたい事……か、色々あるけど差し当たって聞きたい事柄が
たった1つだけある、この人に答えられるかどうかは分からないが。
「……私をこの世界に召喚したのは、貴方の言う『彼女』と言う
存在なんですよね?」
「ええ、尤も『彼女』の詳細はまだ話すことは出来ませんが」
まだ話せない……ね、となるとその時になったら話してくれるって事かな。
それは兎も角、私が聞きたいのは……
「ならば、その『彼女』とやらが私をこの世界に連れてきた理由は何ですか?」
そう、今1番知りたいのはこれだ。
『彼女』とやらを探し出して元の世界に戻る、取り敢えずの大目標はできたけど
何故彼女が私をエルシェーダに連れて来たのか、そして
私に何をさせたいのかが分かってないと恐らく元の世界には戻れない。
『彼女』とやらは、目的があって私をここに連れて来たんだろうから
それが果たされない限り元の世界には返してくれないだろう。
ならば、その目的でも知っておけばこの先の行動指針になる筈。
そう思い、セレナさんに『彼女』とやらの意向を尋ねる。
さて、答えてくれるだろうか……そう思いながらセレナさんをじっと見つめる。
セレナさんは一瞬、悲しそうな顔をするも真剣な表情をして
「『彼女』が貴方に望むことはただ1つ、自らに迫る
滅びの危機から救って欲しい……ただそれだけですよ」
セレナさんは静かに、だけどはっきりと言い放った。




