王国の日々
――――結局、あれから1か月の時間が過ぎ去った。
私の提案に仲間達は予想通り賛同してくれ
たちまち私達は王国の生活に慣れる為に敢えて依頼は受けない様にして
比較的平穏な日々を送るようにした。
とは言っても私は毎日の様にロテールさんから騎士の子らの鍛錬に
呼び出され、リーゼやリアと共に王国兵の鍛錬に付き合ってたし
フィルもブツブツ文句は言ってたけどゼーレンさんのとこへ
射撃の鍛錬に通っていたみたいだ。
……何かゼーレンさんが次の衣装の準備をしてるとか
フィルがうんざりした表情で呟いてたけど……まさかね。
マリスは……王国内をあっちこっちフラフラしてたり
かと思えば数日部屋に籠って何かしてたりと、相変わらず
謎めいた行動だらけだけど、ニコニコしながら楽しそうに過ごしてる。
何してたか聞いても「ないしょ~♪」としか言ってこないし
フィルがかなり怪しんでたけど、まぁマリスの事だから
私達を驚かせるために何か企んでるんだろう。
王国で知り合った人たち、冒険者のイメルダさんやユージスさん
心の宿り木の女将さんのマルティーヌさんや近所の人達とも
交流を深めながら私達は王国での生活を満喫していた――――
「おうレンちゃん!! 今日はネムの実のいいのが手に入ってるよ!!」
食料の買い出しの為市場を歩いてるとすっかり顔なじみになった
果物屋台の親父さん……シェジラさんに声をかけられる。
何だかんだで思わず買いこんじゃったネムの実……梅干し味の木の実は
フィルとマリスが1週間もしない内に全部調味料として使いきってしまった。
と言うかあの木の実は不思議だ、そのまんま食べたら梅干し味なのに
調理の仕方で大分味が変わってしまう、刻んで肉に振りかけたら胡椒みたいに
ピリッとする辛さになるし、他の調味料と混ぜたりすると
今度は少し酸味の効いたオレンジのような風味になる。
何でもマリスによると、ネムの実には微弱な魔力が宿っていて
それが味覚に影響していろんな味になるみたい、と言うかこれが本来の使い方で
私の様に丸かじりする人間はこの世界ではほとんどいないそうだ。
まぁ、梅干しの味って癖が強いから苦手な人間も多いんだけど……
そんなこんなでこの1カ月の間にちょくちょくシェジラさんの店に立ち寄っては
おやつ代わりにネムの実を丸かじりしてたら、すっかり顔なじみに
なってしまった訳だ。
「おっ、どれどれ……」
私は挨拶もせずに屋台のカウンターにネムの実数個分のお金を置き
店頭に並んでいるネムの実を1つ口に入れる。
そんな私を隣で果物を見定めてたお客さんがぎょっとした表情で私を見る。
けど、私はそんな事は気にせず口の中に広がる独特の酸味を堪能する。
ん~~~~いい味、やっぱりこれだよねぇ。
「相変わらず不思議な食い方するねぇレンちゃんは
この商売やって長いが、ネムの実を上手そうに丸ごと食う奴なんて
レンちゃん以外には見かけた事ねぇよ」
シェジラさんは心底愉快そうな顔をして言って来る。
「けど、レンちゃんが頻繁にネムの実を食ってくもんだから
興味を持った客がネムの実を買ってくれてんだよな
お陰で商売繁盛してて助かるぜ、がはははは!!」
「それはどーも、あ…も1個貰うね~」
シェジラさんの笑い声に笑顔を返してネムの実をもう1つ口に入れる。
隣のお客さんは凄い顔をして私を見てる、恐らく丸かじりした
ネムの実の味を知ってるんだろう。
再び口の中に広がる酸味、梅干しなんて元々好きって程でもなかったけど
この世界に来てから好物になりそう。
……異世界で梅干しが好物になるって我ながら意味わからないけど。
っと、いけないいけない食料の買い出しに来てるんだってば。
折角読み書きできるようになったんだからきちんとやらないと。
……って、はじめてのおつかいみたいな事やってるな私って。
一瞬落ち込みかけるも気を取り直して値札に書かれている文字を読もうとする。
えっと、何々……
「……話には聞いておったが、実際目にすると驚愕するのぅ」
「でしょ? 私も最初見た時は唖然としたもの」
不意に頭の上から知ってる声が聞こえてくる
思わずそちらに目を向けるとそこにはゼーレンさんとフィルが立っていた。
おやま、2人一緒なんて珍しい。
「ゼーレンさんとフィルじゃない、一緒なんて珍しいね」
2人に声をかける、射撃の基礎をゼーレンさんから教えて貰ってるフィルだけど
相も変わらずフィルはゼーレンさんの事をあまりいい感じには
思っていないから、こうやって一緒に歩いてる所なんて見た事なかったんだけど
一体どういう風の吹きまわしなのかな?
「……正直不本意甚だしいんだけどゼーレンが私達に用があるらしいのよ
だからこうして連れてきた訳、……不本意甚だしいんだけどね」
不本意なのを強調するかのように2回言って不機嫌な顔をするフィル
けどゼーレンさんは何処吹く風でニコニコしてる、器が違うなぁ。
……単に女の子と一緒に歩けるのが嬉しいだけかもしれないけど。
「私達に用、ですか?」
改まってなんだろ、一応今でもゼーレンさんは私達のパーティに
いる事になってるけど、やっぱりあちこちに引っ張りだこらしく
首無しとの戦い以降は1人で色々依頼をこなしてるみたいなんだよね。
言ってくれれば手伝うんだけど、そうじゃないって事は私達の
出る幕じゃないって事だし、無理に首を突っ込むことも無いかと思ってる。
そんなゼーレンさんが私達に用があるって事は……
「そうじゃ、嬢ちゃん達に朗報があっての
出来れば全員に話を聞いて欲しいんじゃが……
今から宿の方に邪魔しても構わんじゃろうか?」
ニコニコ顔のままそう言ってくるゼーレンさん。
ふむ、その様子だと悪い事柄じゃないみたいだけど……
「構いません、と言うかゼーレンさんは私達のパーティにいるんですから
そんな遠慮せずにいつでも来て下さい」
「ちょっ、レン!?」
笑顔で答える私、それを見てぎょっとした顔で声を上げるフィル。
……そんな警戒しなくてもいいと思うけど。
「これは嬉しいお誘いじゃな、ならば暇な時は
ちょくちょく寄らせて貰うとするか」
そんな私達を眺めながらゼーレンさんは上機嫌な笑顔のまま言う。
その横で私をじっと睨むフィル……だから警戒しすぎだってフィル。
「それじゃ行きましょうか
シェジラさん、またね」
「おう、また寄ってってくれな」
フィルの視線を無視しつつ、シェジラさんに挨拶をして宿に向かう。
さて…朗報とは言ってたけど、ゼーレンさんどんな話を持ってきたのやら……
………
………………
………………………
「教会の依頼、ですか?」
「そうじゃ、教会から儂に名指しで依頼が来ての」
心の宿り木について早々、みんなを集めてゼーレンさんの朗報とやらを聞く。
それはゼーレンさん宛てに教会から依頼が来た、という事だった。
「フィルミール嬢ちゃんから大体のあらましは聞いとる
確かに聖教は閉鎖的な所がある、そんな聖教からリア嬢ちゃんの事を
聞こうとするなら依頼を受けるのが1番手っ取り早いからの」
ゼーレンさんが一瞬フィルの方へ視線を向けながらそう言って来る。
それに対してフィルは何も言わず黙ってる、という事はフィルがいても
聖教は簡単に門戸を開いてくれないという事か、前に聞いた通りだね。
「ま~ね~、聖教は秘密主義だからね
その割には国のイザコザに積極的に介入して引っ掻き回すけど」
マリスが何時もの様にニコニコしながら毒を吐く。
だけどフィルは一瞬だけむっとした顔をするも反論しない、事実なんだろうね。
フィルの手前宗教に関して悪くは言いたくないけど、この手の組織も
似たり寄ったりって事なんだろうかね。
「そっか、前に聞いた通りだね
となればこの依頼、私達も乗っかるかどうかなんだけど……」
折角ゼーレンさんが話を持ってきてくれたんだ、ここは
乗っからさせて貰おう、だけど私1人で決める訳にはいかない。
例えみんなが賛同するって分かってても聞いておかないとね。
皆の方へ視線を向けると案の定みんなはこくりと頷く。
それを確認してゼーレンさんに向き直し
「有難う御座いますゼーレンさん
それで、依頼の内容は……」
ぺこりと頭を下げた後、問いかける。
すると一瞬だけニコリと微笑み返したくれた後、すっと真面目な表情になり
「依頼内容は『行方不明の信者の捜索』じゃ
じゃが、少々面倒な事態になっておっての………」
そう口にして、顔を顰めた。




