奇跡の器《ウツワ》
「くっ…がぁっ!!」
一瞬にして血液が沸騰した様な感覚になり目の前が真っ赤になる。
身体の熱さとは逆に全身の力が抜けていき倒れ込みそうになる。
………いけない、ここで倒れる訳には。
途切れそうになる意識をかき集め、感覚が確かじゃない足を
何とか踏ん張ろうと力を籠めるが上手くいかない。
「マスター!!」
リーゼの声が聞こえる、しかし視界が真っ赤で姿が確認できない。
次の瞬間、がしっと体を掴まれるような感覚が伝わってくる。
一瞬また触手に捕まったのかと思ったけどそうじゃないみたい。
「すぐにフィルミールの所に運びます、少しの辛抱を!!」
どうやらリーゼが私を抱き抱えてる様だ、このまま私を
フィルの元へ運ぶつもりだろう、けどそうさせる訳にはいかない。
「駄目…リー…ゼ
リーゼが前線を……離れたら………駄目」
急激に体力を失い、声を出すのも一苦労だけどリーゼに指示を出す。
ここでリーゼが前線を離れたらマズい、いくらゼーレンさんがいるとは言え
詠唱しているマリスに攻撃を届かせる訳にはいかない、ならば
リーゼにはここにいて戦線を支えて貰わないと。
「ですが!!」
言葉の意図を察してくれたらしく、リーゼは即座に反論する。
リーゼの気持ちも分かるけどここで議論をしてる余裕なんて無い。
途切れかけてる意識を再び掻き集め、リーゼに再び命令をする為
重くなった口を開けようとした時、不意に捕まれる感覚が変わる。
「レン嬢ちゃんは儂が運ぶ、お主はそのまま前線を維持しててくれるか?」
これは………ゼーレンさんの声か?
既に視界が赤黒くなっていき周りの状況が見えない、となると
ゼーレンさんがここまで来て私を抱き抱えてるのだろうか?
「………了解しました」
数秒の沈黙後、絞り出すような声で答えるリーゼ。
「任せておけ、それでは奴の足止めを引き続き頼むぞい!!」
ゼーレンさんの声が聞こえた後、駆け出すような音と上下に揺れる感覚が伝わる。
どうやらゼーレンさんが私を抱えて走ってる様だ、手間かけさせちゃってるね。
それにしても右腕斬り飛ばしちゃったんだよね………またフィルが怒るなぁ。
そんな事を脳裏に浮かべながら私の意識は闇に沈んで行った――――
「フィルミール嬢ちゃん、連れて来たぞ!!」
ゼーレンがレンを運んで来る、その体はレンの血で赤く染まってしまってる。
レンの身体を見て絶句する、自らの血で満面無く染まってる上に
右腕が肩の先からすっぱりと切り落とされている、レンの腕が宙に舞った時は
夢であって欲しいと祈ったけどこうも生々しい現実を突きつけられると
否が応でもレンの危機という事を認識させられる。
現実逃避してる場合じゃない、止血する暇も無く切断された腕からは
大量の血が流れている、この出血量だと後数分も保たないかも知れない。
「ゼーレン、切り離された腕は!?」
無意味だろうと思いながらもゼーレンに問いかける、あの状況で
レンの腕が残ってる訳が無いと思いつつも聞かない訳にはいかなかった。
「確認はしとらんが状況的に触手と繋がったままじゃろうから
恐らくはもう首無しに取り込まれておろうて」
ゼーレンは表情を歪めながら答える、やっぱりそうよね………
となれば、私の全魔力を使っててもレンの腕を再生させるしかない。
「………ゼーレン、貴方に頼むのは癪だけど
今から私とレンを守ってて欲しいの」
「言われなくてもそのつもりじゃがどうするつもりじゃ?
流石の神官と言えども無くなった腕をどうにかできるとは思えんが」
ゼーレンは不安げにそう言ってくる、確かにそうだ。
普通の洗礼を受けた神官が授かる祈祷魔法は傷を治すことは出来るが
それでも限界はある、司祭以上詠唱を許可される【アブソリュート・ヒーリング】
ですら切断された体の部位を繋げる事迄しかできない、完全に欠損してしまったら
祈祷魔法では治癒は不可能なのだ………本来ならば。
「ええ、私ならどうにかできる
………ゼーレン、貴方私が『神器』だって言ったら信じる?」
「なんじゃと!?」
私の言葉に驚愕した表情を向けるゼーレン、それはそうだ。
今私は「あり得ない事」を口にしたのだから。
「いやいや、冗談にしては質が悪すぎるぞ
この状況下でそんな事はあり得る筈がないじゃろう?」
予想通りの返答をするゼーレン、流石に信じる筈はないか。
とは言え私の言葉は嘘でもあり本当でもある、だからこそ
レンを救えるのは私しかいない。
「ええ、冗談よ
だから今から見る光景を信じないで頂戴」
私はそう言って手を組み、詠唱に入る。
体中の組織が「それを行使する為」のモノに組み替えられていくのが分かる。
組み替えられた体の中を光を帯びた魔力が隈なく巡っていく
そうして私は、奇跡を起こす器に変わっていく………
「………!!」
ゼーレンの表情が変わっていくのが見える、その表情からして
やっぱり「本物」を見たのかと確信する。
「我が内に宿りし『神ナル器』よ、神意に従い定められし職掌を果たし
彼の者の失われしモノを取り戻せ」
そのまま詠唱を紡ぐ、器と化した私の体内を
光の奔流と化した魔力が体を駆け巡り、徐々に圧縮され純度が上がっていく。
魔法詠唱中のマリスがチラッとこっちを見てニヤッと笑う。
………コイツ、やっぱり察してたわね。
悔しいけどアイツの魔法の知識は凄い、多分最初に見られた時から
大方の事は察したのだろう、だからこそ私にあんな事をさせたんだろう。
何処までも油断ならない奴。
循環する魔力が最大純度まで高められ、魔法の準備が出来た事を感じる。
これでどうにも出来なければ打つ手が無くなる、それだけは絶対に嫌だ。
レンの腕が無くなるなんて事態はどうあっても受け入れる事なんて出来ない。
レンは、私を■してくれることが出来る唯一の希望なのだから―――
だからこの魔法だけは、絶対に成功させなければいけない!!
私は魔力を込めた掌をレンの切断された腕に翳し、魔法を発動させる。
「増幅する甦生!!」
発動させた瞬間、全身に循環していた魔力が掌に集中した後放出され
レンの傷口に吸い込まれて行く。
一気に襲い掛かってくる脱力感、まるで体中の力を無理矢理
引き出されて行くような感覚になり意識が一瞬飛びそうになる。
だけどここで気絶する訳にはいかない、ここで気を失ってしまうと
魔法は失敗してレンの腕は二度と元には戻らなくなる。
それだけは絶対に嫌だ、私の願いが叶わなくなってしまう。
絶望的な予感を振り払い、私は魔法の維持に全力を注ぐ―――
「――――ぎぃッ!?」
いきなりの激痛に沈んだ意識から強制的に引き戻され
言葉にならない悲鳴が口の中から漏れ出てくる。
まるで高圧電流を流されたような猛烈な激痛が体の中を駆け巡る。
余りの激痛に体を動かすどころか呼吸も困難だ。
痛みで取っ散らかり気味の思考を必死に掻き集めて現在の状況を確認する。
全身に隈なく激痛、だが均一じゃなくて痛みに偏りがある事に気付く。
必死に痛みが激しい所を探って行こうとする、恐らくは
そこが痛みの発生源だろう、そう思い痛みをたどっていくと………
斬り飛ばされた筈の右腕から痛みが発生していた。
予想外の事に全身の痛みを忘れて驚愕する。
それが切っ掛けか思考が徐々にクリアになって行き、自分の状況を思い出す。
確か触手に右腕を貫かれて、それから逃れるためにリーゼに
右腕を斬らせた筈、なのに右腕に感覚があるって事は………
意識がはっきりしたせいか、あれほど全身を駆け巡っていた激痛が
堪えられる程の痛みに置き換わってる、右腕部分は未だに
恐ろしい程の痛みが暴れ回ってるけど。
痛みがある程度治まった事で少しだけ体の自由が戻ってくる。
私はゆっくりと瞼を開け、斬られた筈の自分の右腕を見る。
………そこには触手に貫かれる前の右腕と、その傍で倒れている
フィルの姿があった。




