対人特化
「………以上です」
10個ほどの質問に答えた後、アイシャちゃんは終わりを告げた。
身長や体重聞かれたときに元の世界の単位で言ったけど大丈夫なのかな?
まぁ聞き返されなかったから通じたとは思うけど。
フィルの方を見ると丁度書き終えた様だ。
「えーっと、レンさんはこの後適正審査を受けて貰いますね
実戦形式になりますけど直ぐ受けられますか?
準備や休憩が必要でしたら1時間ほど猶予が認められていますが………」
「大丈夫だよ、準備する物もないし体調も万全だから」
「そうですか、それでは直ぐに準備しますね」
「ん?私には審査はないのかしら?」
そういえばアイシャちゃんは私の名前しか呼ばなかったね。
実戦形式だとフィルはちょっとしんどそうだけど………
「フィルミールさんは神官技能をお持ちですので審査は免除されます
祈祷魔法を扱える方は冒険者では貴重なので」
そうなんだ、確かゼーレンさんも言ってたね。
まぁ戦闘中に傷を治せるから引っ張りだこだよね。
「そう、それは有難いわね
ところでその審査って観戦することはできるのかしら?」
「観戦?」
フィルの言葉に思わず口に出た言葉がアイシャちゃんとハモる。
「観戦って、なんで?」
「レンが戦ってる姿は凄く魅力的だから見逃したくはないの♪」
そ、そうですか………
若干引きながらアイシャちゃんの方へ向くと彼女も少し困った表情で
「規定にはないので出来なくは無いですけど………何らかの形で
第三者が加勢するとその時点で失格になっちゃいますよ?」
「む………レンが負けるとは思えないけど、レンの体に傷がついたら
反射的に治癒してしまいそうね………」
フィル、貴方ね………
慕ってくれるのは嬉しいけど、もうちょっと方向性を考えて欲しいかなー。
「はっはっは、フィルミール嬢ちゃんは本当にぞっこんじゃのう
じゃが、その位のハンデがあった方がレン嬢ちゃんには丁度いいかも知れんの」
「期待の新人って聞いたけど、アンタがそこまで言うとはね
ふふふ、なかなか面白そうな子達じゃない」
ギルドの奥から声がして、ゼーレンさんと妙齢の女性が
楽しそうな表情で歩いてくる。
これまた美人の登場だね、背も高くてスタイルも良く
きりっとした表情が女丈夫の印象を受ける。
けど、何かアイシャちゃんに面影が似てるような………
「アイシャ、その神官の子を観戦させなさいな
中々に面白そうなものが見れそうだしね」
「ま、ママ!?」
成程、親子なんだね。
言われてみると確かに似てるね、となるとアイシャさん将来はこうなるのか………
………羨ましくなんか無いけどね。
「だけどママ、もしフィルミールさんが審査中のレンさんを
治癒しちゃったら………」
「そんなの、神官の子が我慢するかその子が攻撃を受けなければいいだけの
話じゃない。それとアイシャ、ギルド内だとマスターって呼ぶって自分で
言ってなかったっけ?」
「あっ!?」
アイシャちゃんが反射的に口に手を添えて赤面する。
と言うかマスターって………
「嬢ちゃん達も世話になるだろうから顔見せに連れてきた
ここのギルドマスターじゃ」
「ギルドマスターの【マイーダ=ラッセ】よ、宜しくね♪
それとそこのちっこいのの母親もやってるわ」
「マ………マスター!!」
そう言ってギルドマスター、マイーダさんは豪快に笑う。
と言うか自分の娘をちっこいのって………
「んじゃ早速審査をしましょか、審査員も待ちくたびれてるみたいだしね」
「えっ?審査員ってもう決まったの?」
「ええ、是非やらせてくれって頼みこんできたのよ
いやー探す手間が省けて助かったわ」
審査員?何か課題の判定をする人なのかな?
でもそれならアイシャちゃんでもいいような………
そんな疑問が顔に出ていたのかゼーレンさんが答える。
「審査自体は単純で、先輩冒険者と1対1で戦う事じゃ
そこである程度の適性を見極めるって感じじゃな」
「適性を見極めるって、勝つ必要は無いの?」
「そこまでは求めんよ、冒険者に必要な度胸や判断能力を見るんじゃ
それに流石にレベル差が在り過ぎてまず勝てんじゃろうしな
事実今まで1人も勝った事は無いみたいじゃぞ」
と言いながらゼーレンさんはにやりと笑って私を見る。
「じゃが、嬢ちゃんにはどうやらレベルなぞ関係なさそうじゃし
期待出来そうじゃがな」
「う~ん、個人的にはパパッと終わらせたいんだけど………」
勝つ必要がないなら無駄に頑張る必要は無いと思ってるんだけど。
下手打ってフィルに回復されて失格、ってギャグみたいな展開になりかねないし。
「その辺りは審査員次第じゃな
真面目に後輩を育てようとする輩が大半じゃが、中には後輩を潰すことを
楽しんでる阿呆もいるからの」
あ~、さっきの男達みたいな奴ね。
「とりあえず外に出るぞい、マイーダの話だともう審査員が来てるらしいからの」
………
………………
………………………
ゼーレンさんに案内されて私達は審査場所らしき中庭に移動する。
どうやらギルド内には訓練場みたいなのが無いらしく審査は外でやるみたいだ。
着いたそこには妙に楽しそうにしてるマイーダさんと………
見覚えのある男がいた。
「へっへっへ、先輩冒険者を待たせるとはいいご身分だな」
「………」
間違いない、さっき私達に絡んできた冒険者さんだね。
完全に武装してやる気満々である。
何と言うか、薄々こんな展開になるんじゃないかなーとは思ってたけど
ここまで想像通りだと呆れを通り越して脱力感が沸いてくるね。
隣にいるフィルも同じ感想を抱いたらしく、冷めた目で見つめている。
「ガディさん!?どうしてあなたが審査員を………」
私達に同行していたアイシャちゃんが思わず問いかける。
「いやなに、ギルドマスターから生きのいい新人が入ったって聞いたからな
丁度手が空いてたもんで志願したのよ。
後輩を育てるのも冒険者の仕事の1つだしな」
恐らく心にも思ってない事をしれっと言ってくる。
「まぁ、そこの女達に先輩冒険者に対する礼儀を教えておかないとなとも
思っていたから丁度良かったぜ。先輩冒険者は敬って、決して逆らわないのが
新人冒険者の最低限の決まりってのをな!!」
どうやら、さっきのやり取りでこの男のプライドを痛く傷つけたらしいね。
冒険者でもない女に攻撃を止められたのが甚く気に入らないみたい。
………下らない、そんな事を気にしてたら早死にするだけなのに。
ならばさっさと終わらせようかと足を踏み出そうとした時、アイシャちゃんが
マイーダさんに向かい
「ママ!!何考えてるの!!
ガディさんはレベル35なんだよ、なのにレベル0のレンさんの審査をさせるって
無茶苦茶もいいところだよ!!」
と、自前の大声で言い放つ。
レベルの事は良く分からないけどどうやら相当無茶な事らしい。
しかしマイーダさんは何処吹く風で
「別にいいじゃない、格上の相手にも臆せず立ち向かうってのも
審査対象の1つなんだし、ガディだって加減はするでしょ?」
「ええ、勿論ですよマスター」
「だけど………」
アイシャちゃんって優しい子だねぇ、会ったばかりの私を心配してくれるなんて。
なら、そうまで言ってくれる人にこれ以上の心配をさせちゃいけないよね。
「心配してくれてありがとアイシャちゃん、けど大丈夫だよ
レベル35ってどんなものか知らないけど、少なくとも格下に威張り散らすしか
出来ない男に負ける事は無いよ」
「レ、レンさん!?」
「それにゼーレンさんに頼まれたしね、最近の冒険者の高くなった鼻を
へし折ってくれって」
「そう言えばそんなことも言ったのう。ま、嬢ちゃんなら大丈夫じゃろ
心配事と言えばフィルミール嬢ちゃんじゃが………」
「本音を言えば心配だったけど、レンの表情を見たらそれも吹っ飛んだわ
よく考えたら私のレンがあんな下衆男に負ける筈ないものね」
「あはは、信頼してくれてありがと」
そう言って私は1歩踏み出し、相手の顔を見る。
どうやら私達の会話が聞こえていたらしい、憤怒の表情で剣を抜き
今にも襲い掛かってきそうだ。
………随分と安い挑発に乗るね、まぁその方がやりやすいけど。
「どこまでも舐めやがって………後悔させてやる」
「忠告しとくけど、そうやって直ぐに激高する癖は治した方がいいよ
でないと………早死にするよ」
「抜かせぇ!!」
完全に頭に血が上った男………ガティが剣を振り上げて突進してくる。
さて………それでは始めますかね。
………
………………
………………………
戦闘自体はものの数秒で終わった。
怒りに任せで剣を振りかぶって突進するガディ。
確かに踏み込みの速度は速い、けどそれだけだ。
フェイクやフェイントもかけずに真っ直ぐ突っ込んでくるなんて
いくら早くても何ら脅威にはならないよ。
私は体勢を低くし、滑るようにして相手の懐に潜り込む。
「なっ!!」
私の行動が予想外だったらしくガディは一瞬狼狽える。
………縮地も入れてないのに何で驚くかなぁ。
動きの止まったガディの胸当ての上に掌を置き、踏鳴を入れ体幹を回し
衝撃を徹す!!
「がはっ!!」
鳩尾を撃ち抜かれ、衝撃で体をくの字に曲げるガディ。
まさか防具の上から衝撃を徹されるとは思ってなかったのだろう
剣を手放し、両手で体を抱いて数歩下がる。
その結果、顎がいい位置に下がり………
ごがっ!!
その顎を私の左回し蹴りが捕らえる。ガディの顔が強制的に横向きにされ
脳が激しく揺らす。
手応え十分、普通の人間なら下手すれば死ぬ様な打撃だけど
この人一応鍛えてるみたいだし大丈夫かな?
「クヒュウゥゥ~………」
脳を激しく揺らされたガディは、空気の抜けたような声を出すと
そのまま崩れ落ち、泡を吹きながら気絶した。
「ふぅ~~~~」
中庭に残心の吐息が流れる。眼前には泡を吹いてるガディが転がっている。
ちょっとやりすぎたかな、所詮真似事だから加減が難しいんだよね。
周りを見渡すと驚いた顔のギルド親子、満足げな表情のゼーレンさん
そして恍惚の表情を浮かべてるフィルがいる。
「………挑発で相手の視界を狭ませ、その上相手の視界の外へ潜り込んだ後
鳩尾に衝撃を与えて動きを止めて、急所の顎へ強力な足の攻撃か………
ここまで的確に人の急所を突くとは、薄々は思っとったが
レン嬢ちゃんは人との戦闘に特化した闘い方じゃな
それを武器もなしにここまで出来るとはの」
そりゃそうだよね、元の世界じゃモンスターなんていなかったし
武術のほぼ全てが「人を効率よく倒せるか」という事に年月を重ねてるんだから。
「ぶっ………あっはっはっはっは!!」
静寂が支配した中庭に豪快な笑い声が響く。
そちらへ向くとマイーダさんが心底愉快そうに笑っていた。
「いやー、ゼーレンが連れてきたからどんな化け物かと思ったけど
ガディを武器も使わずに倒すなんて驚いたわ!!
しかもこれでアイシャとそう年が変わらないんだってんだから笑うしかないわね
あっはっはっはっは!!」
「凄い………」
マイーダさんの横でアイシャちゃんは少し上気した声でそう呟く。
「見事だったわ、レン。
やっぱり貴方の伴侶は私しかいないわね♪」
そして意味の分からない事を言ってくるフィル。
今の戦闘とフィルと結婚するのがどう関係あるのさ………
と言うか女同士で結婚できるとかないよね、この国
「いやはや、久しぶりに愉快な物を見せて貰ったわ
これなら誰も文句言わない、いや、私が言わせないわよ」
ひとしきり笑ったマイーダさんが私に向かってにっと笑い
「ようこそ、危険と浪漫の冒険者ギルドへ
我々は、貴方がたの冒険を支えることを約束するわ」
と、宣言したのだった。
………
………………
………………………
そんな蓮達を、物陰から興味深そうに見つめる人影がいた。
人影は新しい玩具を見つけたように目を輝かせ
「んっふっふ、面白そうなお姉ちゃん達はっけ~ん
これから楽しくなりそうだよ、あははははは」
現在のレンの戦闘スタイルについては、中国武術をベースとしたさまざまな格闘技のちゃんぽんです。
なるべくリアルっぽく描写していきたいですが、突っ込みどころも多いとおもいますので
温かく見守って頂けると幸いです。




