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不思議な出会い

 「せんぱぁぁぁい! この前の大会、拝見させていただきました! ほんっっっっとにカッコ良かったですっ!」


 「次の大会の時は、私がお弁当作ってきますから、食べてください!」


 「ちょっと抜け駆けはズルいわよ! 有栖(ありす)先輩には、私がお弁当を作ってあげるんだから!」


 「き、気持ちだけ貰っておくわ。お母さんが腕に寄りを掛けて毎回作ってくれるのを断れないから」


 私は桜槐(おうかい)高等学校、三年四組一条有栖、女子空手部主将。

 男子空手部にも負けない腕で、先日の日曜日の行われた女子空手の県予選で、個人、団体共に見事に優勝。


 空手部のアイドルとして、主に後輩女子からの人気を集めている。


 こんなに強くなるつもりはなかったのに、才能があったのか、元来の負けず嫌いのせいか、どんどん空手が上達してしまって名前とは程遠い人間になってしまった。


 私だって、私だって少女漫画のような恋愛にだって憧れてるし、誰かに甘えてみたりしたいのよ!

 なのに、たまたま見てしまった漫画に触発されて、興味本位で始めた空手でここまで上り詰めてしまって、女子は寄ってきても、男子は誰一人として寄り付かなくなってしまった。


 過去の私、何故空手なんかをやってしまったの……。


 「はぁい、あんた達! 今は掃除の時間よ、さっさと持ち場に戻りなさい」


 私の親友、崎守(さきもり)千夏(ちなつ)が困っている私を見かねて助け船を出してくれる。


 後輩達は渋々ながら、各自の掃除の担当場所へと帰っていった。


 「助かったわ、ちな。ありがとう」


 「良いの、良いの。でも、本当にあんたってモテモテよね、羨ましいわ」


 「皮肉よね?」


 「うん」


 軽快な返事だった。

 ちなと二人で並んでれば、ちなの方がショートヘアーでボーイッシュな見た目で、私は空手をしてても髪も伸ばしてそれなりに女性らしくあろうとしてるのに、ちなには彼氏がしっかりと居る。


 不公平だ。やってらんない。


 そんな子供染みた事を考えながら、校庭の掃除をしていると茂みの方でガサガサと動く。

 なにかしら?

 動物なんて放し飼いはしてないし、犬とか猫でも入ってきたのかしら?


 茂みの方を凝視してると、そこから二足歩行の兎が茂みから茂みへと走って移動し、旧校舎の方へ行くのが見えた。


 「ん? 有栖、どうしたの?」


 「あわ、あわわ!」


 「なになに? UFOでも発見しちゃった?」


 ちなの冗談は当たらずとも遠からず、とはいえ二足歩行の兎がそこに居る、なんてとても信じて貰えないだろう。

 てか、空手女子にメルヘンチックな不思議ちゃん要素を加えるのは、混ぜるな危険である。


 ここは一つ、論より証拠、百聞は一見に如かず、さっきの兎を取っ捕まえて、ちなに見せつけよう。


 「大事な用事を思い出したから、ちょっとだけ待ってて!」


 「はい? 何なのよ急に?」


 私の箒を押し付けるように渡され、戸惑うちなだったけど、今は説明してる場合じゃない。

 早く追わないと見失ってしまう。


 「後でちゃんと説明するから、ごめん!」


 私は走った。

 自慢ではないが、空手で鍛えられた足腰と瞬発力は陸上部にだって引けを取らない自信がある。


 例え兎だろうと私からは逃げられない!


 桜槐高校の敷地はかなり広く、旧校舎までも二百メートルくらいの距離がある。

 足場の悪さ、木々の障害物を避けながら走る事を想定しても、一分も掛からないだろう。


 兎を見落とさないように周囲に注意を払いながら、旧校舎へと向かう。


 老朽化によって、立ち入り禁止となった旧校舎。

 たまに肝試しとか言って、夜な夜な忍び込もうとする男子が居たとか言われるくらい、昼間に見てもその雰囲気の恐さが見て取れる。


 追い越してしまったのか、この場所を目指していた訳じゃなかったのか、それとも幻だったのか、二足歩行の兎は見当たらない。


 一応、周囲を隈無く探す。

 まさか建物の中に入ってしまっているのなら、流石に入って探す訳にもいかない。

 ちなにちゃんと説明すると言った手前、『勘違いでした』で済ませるのも何だか悪い気がするけど、見たままの事実を話すよりかはマシだろう。


 旧校舎に背を向けて、ちなの所に戻ろうとした時、


 「はぁー、困ったぞぉ。弱ったぞぉ。どうすれば良いんだぁ。困ったぞぉ」


 めちゃくちゃ困ってる人の声が聴こえてきた。

 もう一度旧校舎へと視線をやり、声のする方向を探す。


 どうやら旧校舎の左手にある焼却炉(?)の物陰から聴こえてきているようなので、静かに近付いてみる。

 こんな時間に人気(ひとけ)のない場所に隠れるような輩だから、ひょっとしたら変質者かも知れない。

 兎を探しに来て、変質者を発見してしまったのか。


 腰を落として、臨戦態勢のままいつでも拳で語れる準備はしておく。

 一足で飛び込める間合いまで入る。

 呼吸を整えて、意を決して焼却炉の裏側へと拳を構えたまま飛び込む。


 「そこで何をしているのっ?」


 「ひゃう?!」


 「ええっ!?」


 そこで眼にしたのは先程見掛けた二足歩行の兎だった。

 二足歩行の兎は、人の言葉まで話せるとは……。


 ん? 待ってよ、これって……不思議の国のアリス的なヤツじゃない?

 よく見れば赤いベストを着ていてお腹がでっぷりとされた兎さんで、まるっこくて愛らしさはある。


 「ぴ……」


 「ぴ?」


 「ぴょん、ぴょん」


 ……兎の鳴き声のつもりだろうか?

 兎のくせに兎の鳴き声を把握してない事に驚愕しちゃう。


 「アンタ、さっき喋ってたわよね?」


 「……喋ってないぴょん」


 それは某バスケット漫画の全国大会常勝高校のガードの口癖です。


 「殴るわよ?」


 「ごめんなさい! 喋れます」


 素直で宜しい。

 見た目の可愛らしさもあるけど、言動も一々可愛いからちょっとイジメたくなっちゃうわね。


 「さっき困ってるみたいな事言ってたけど、どうかしたの?」


 捕まえてちなに見せつける予定だったけど、まずは兎の話を聞いてからでも遅くはない。

 話の流れ次第では、本当に不思議の国のアリス的な展開や、何なら魔法少女、セーラー服美少女戦士な展開も期待出来る。


 そうなればきっと私にも素敵な王子様が……。


 「ヨダレがすごいよ?」


 「おっと失礼。それよりどうなのよ?」


 「んー、それが見付かってしまって何だけど、この世界じゃあ動物が喋ると大騒ぎになっちゃうみたいじゃない?」


 「確かにそうね」


 この世界、という事は兎は別世界から来たらしい。

 そしてこっちの世界の事を充分に把握した上での行動とは、なかなか慎重でリアリティーがある。


 「ボクは別世界から助けを求める為に来たんだけど、もし変な人に見付かって見せ物にされたりしたらと思うと、なかなか救世主を見付けられなくて」


 「心ない人間は少なからずいるもんね。いやぁ、本当に見付かったのが私で良かったわね!」


 そうそう、本当に清い心を持った私は、ちなに見せつけた後はテレビに映るチャンスとか思ってたりなんかしないわよ。

 何故かは知らないけど、兎さんがジト目で私を見てきている。


 「そうだ! キミ、乱暴そうだし頼りになりそうだから、ボクの世界の救世し――」


 抜き手で兎の喉元を突き、掌底ででっぷりした腹を打ち上げ体を浮かし、下段蹴りで旧校舎の壁まで吹き飛ばす。

 この間、わずか一秒。


 「殴るわよ?」


 「これ以上は勘弁してください……」


 素直で宜しい。


 「それで助けて欲しいって、具体的にはどういう事なの?」


 「村の秘宝が何者かに盗まれたんだ。それを取り返す為に異世界の人の力が必要なんだよ」


 なんか思っていたのと違う。

 魔王とか鬼とかが出てくるものだと思ったら、盗まれた宝を取り返すだけって、向こうの世界じゃあ警察とか騎士とか居ないのかしら?


 「それって、異世界の人に頼らなくちゃ駄目なの?」


 「うん、孤立した村……というより、島だから他に頼れる人が居ないんだ」


 つまりはロマンチックな出逢いも皆無と。


 「丁重にお断りします」


 「鬼かよっ!? 人を散々ぼこぼこにしておいて、話を聞くだけ聞いて普通断る? この流れは引き受ける展開でしょ?」


 「うるさいわね、何が人を散々ぼこぼこにしてよ! そっちが怒らせるような事言ったから悪いんだし、大体アンタ人じゃないじゃない! それに流れとか展開とか、何で異世界から来た兎がそういうお決まりを知ってるのよ!」


 「お願いだよ。キミに断られたら、もう村が……」


 「村が何なのよ?」


 「……ううん、何でもない。そうだよね、キミには関わりのない事だもんね。もう諦めるしかないんだ」


 今にも泣き出しそうな赤い瞳をして、肩を落とす姿に後ろ髪が引かれる。

 別に私のせいじゃないのに、何だか私が悪いみたいじゃないの。


 「もお! 分かったわよ。助けに行けば良いんでしょ! 行ってあげるわよ!」


 「本当かい?! 本当に助けてくれるのかい?」


 まるで待ってましたと言わんばかりに振り向いて、さっきまで涙を溜めていた瞳を輝かせる。

 なんかあざとくも見えてしまう、騙された?


 「それでそっちの世界にはどうやって行くの?」


 「この帰還の結晶を使うんだ。これを割る事によって異次元の扉が開かれる」


 兎はベストのポケットから綺麗な水色の結晶を取り出して私に見せるように掲げる。


 「そうだ、キミの名前をまだ聞いてなかった」


 「有栖よ、一条有栖。兎さんは名前あるの?」


 「ボクは語り兎のホップさ。アリス宜しくね」


 「こちらこそ宜しく、ホップ」


 挨拶を交わし終えるとホップは地面に綺麗な結晶を惜しげもなく叩きつけた。

 結晶は粉々に砕け、水色の破片がキラキラと輝きを増して、辺り一面が光照らされる。


 ふわりと一瞬無重力になり、その後は地面の中、正確には地面に輝く水色の光の中へと落ちるように吸い込まれていった。


 こうして私の不思議な冒険の旅が始まってしまった。

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