二人きりの夜(2日目)
朝起きるともう隣に俺の嫁はいなかった。俺の中で勝手に嫁と思っているだけだが。朝ごはんのいい香りがする。できた嫁だ。誰かと眠るなんていつ以来だろうか? なんだか緊張しながらも、心地の良い夜だった。一緒に眠っただけで……。別に何かあったわけでもないし、法律に触れることは何もしていない。故にクビになるような事実は何もない。
時折、寝返りを打って足が絡まったりぶつかったり――1晩の中でそんなことは、あったかもしれない。でも、本当に眠っただけだ。
1つ俺の中だけで、秘密なのは……カレンの眠ったすきに、キスをしたことくらいだ。幸いカレンは気づいていない。絶対に秘密事項だ。
翌朝何事もなかったようにカレンはエプロンをして俺のために朝食を作る。朝の風景が、なんだか夫婦みたいで心が和んだ。好きな人が朝食を自分のために作ってくれるなんて嬉しいに決まっている。
「あさごはんできたよー」
カレンがかわいいエプロンをして、呼びに来た。俺はというと……寝ぐせに寝ぼけた格好で、まさに寝起きだ。こんな姿見られるのは恥ずかしいけれど一緒に眠った仲だ。俺の中でカレンへの想いが強くなっていた。
「キスってどんな味かな?」
朝食を食べながらカレンが突然そんな話題を振ってきた。俺は、ベーコンエッグをつつきながら、動揺を隠そうと必死に答えを探していた。カレンの奴、急にキスの質問か? もしかして昨日のキス、気づいていたのか? 俺は焦った。心臓がばくばくだ。
「イチゴの味とか絶対しないよね。ミントの味ならガムの味が残っていたんじゃないかな?」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「ちょっと、気になっただけ。今度キスの味、教えてよね」
「??????」
昨日キスしたときは、シャンプーの香りがしたけど……感触はもちのようだった……。でも、こんなことは言えない。言えるはずがない。
♢♢♢
昼下がり、カレンの部屋から叫び声が聞こえた。
「やめてー! 入れないでー! そこはだめー!!!! やめてー!!」
何? どうした?カレン????? 何かされたのか? 侵入者でもいたのか?? 俺は、別室から不安になって、カレンの部屋にかけよった。
「どうした? 襲われたのか?」
俺は息切れするほど全力疾走だった。この家は広い。部屋と部屋に距離があった。
「先生、そんなに息切れしてどうしたの?」
「いや、何かあったのかと思って……」
彼女のびっくりした顔に俺のほうがびっくりした。別に侵入者もいない。
「サッカーの試合みてたんだけど、先生も一緒に見よう」
サッカーの試合……なんだ、襲われたわけではなかったのか。まぎらわしいにもほどがある。入れないでというのは、ゴールにボールを入れないで。そこはだめというのは、ゴールはだめ!! そういうことかよ。
カレンの部屋に初めて入った。俺はあえて、彼女の領域になるべく入らないようにしていた。女の子らしいインテリアにベッドだ。ピンクを基調にしたイメージだ。やっぱり男の部屋とは違うな。まず、甘い香りがする。それにしても紛らわしい言葉を大声で――人騒がせな奴だな。初めて入る、カレンの部屋。女の子なんだな……ピンク率の高いメルヘンな部屋だ。
「先生って、私のこと女として興味ないよね」
なんだか、機嫌が悪い? 女としては見てるけど……表に出さないだけで。心の中で返答した。
「俺、担任だし、教師だし」
「一晩、同じベッドで寝て何もないなんて変だよ」
「おまえ、自分で勝手に部屋に来て勝手に寝たんだろ」
「一応、色々準備とか覚悟はしていたんだよ」
「準備……? 覚悟……?」
「ネットで色々調べたり友達に聞いたり……」
俺は心の中で叫んだ。なんだよ? 何を覚悟していたんだよ? 声には出さない。カレンはうつむく。黙ったままだ。
「女性としてみてもらえないのって、やっぱり魅力ないのかな?」
そんなことを一生懸命悩み、元不良もどきな俺なんかのために一生懸命頑張る彼女が愛しく思えた。俺はカレンをぎゅっと抱きしめた。俺の体が勝手に動いた。理性ではなく本能だ。彼女の腕が俺の体に巻き付く。
♢♢♢
二日目の夜。
俺は早めの入浴だ。最近カレンと同じ浴槽に浸かってるんだよな。よく考えたら、このお湯が彼女の体のあらゆる部分に触れているんだよな。風呂すらも俺の体は反応する……油断大敵……安心できない。俺の煩悩どこか行っちまえ!!!
あれこれ考えていた俺だったが風呂につかって出ると――脱衣所にカレンが立っていた。俺、素っ裸なんですけど。まさかの事態。想像もしていなかった。
普通、女なら「キャー」という悲鳴だが……俺が悲鳴を上げるのもおかしいよな。冷静に分析してみた。
そうだ、とりあえずタオルで下半身は隠しているよな、と確認する。普通は女子って男子の裸見ると悲鳴あげるよな。なんで、カレンは黙ったまま? 立場逆じゃん。しかも俺のプライベートな領域に入り込むとは、訴えられてもおかしくないんだぞ。
「濡れた髪、いつもよりかっこよく見えるかも」
カレンが言葉を発した。濡れた髪の男はかっこよさが2割増しっていうけど……?
そういう問題じゃないだろ。女子高生の恋は、はしかみたいなもんだよな? そういう、一時的な感情で迫られても責任はとれない。
「とにかく服着るから、あっちいってろ」
「裸見ちゃった……上半身の筋肉が意外と引き締まっているんだね」
顔を赤らめた、いたずら娘。
「見るなよ」
セリフが男女逆じゃないのか??
「一緒にお風呂に入りたいかも」
なぬ???? 爆弾発言。積極的な女だな。
そんなことしたら俺の体は理性を失うにきまってる。女と風呂など入ったこともないんだから。しかも、俺はまだ若いのに、そういった経験もないんだ。
「おまえが卒業したら……な」
「約束だよ」
微笑みながら、なんとかいたずら娘は出て行ってくれた。俺は胸をなでおろした。その夜も――やっぱり、2日目も流れで俺の部屋で語ることになり……。俺は別の部屋で寝るべきだと思っているけれど、カレンが 勝手に入ってきて……。
――というか俺も、二人だけの夜は今日しかないわけで、一緒に居たいという気持ちだけが、そこにはあったわけで――。この歳にして変に純粋な恋心が底辺にはあって……。なぜか、カレンは俺になついていた。このままではリアルに同世代の彼女を作るきっかけもなくなりそうだな。
「最後の夜だから、隣で寝よう」
カレンがはしゃぐ。もうすでに俺のベッドの中を陣取っている。この娘は俺に対して怖いって思わないんだな。俺は、元々草食系っぽくみられるしな。
「俺と一緒に寝て怖くないのか?」
一応聞いてみた。
「先生のこと、信用しているから」
「俺はなにもしないからな。変な期待するんじゃないぞ」
カレンは大胆にも俺の体にしがみつく。まるで親子のスキンシップのようだ……。
「先生の布団は先生のにおいがして好き。まるで抱かれているみたい」
「抱いてないけど」
すりすりされると、ペットと飼い主みたいで……これも照れる。いきなり、カレンの唇が俺の唇に磁石のようにくっついた。不意打ちだ。俺は油断していた。
「はじめてのキスの味は、先生の香りだ」
はじめてではなく、2回目だがな。心の中で俺は突っ込んだ。俺しか知らない真実だけど。俺は珍しく興奮していた。俺らしくないかもしれない。でも、こんなに近くに美少女がいる。俺に好意を抱いている。うれしいにもほどがある。
ドキドキで心臓が高鳴る。相手に聞こえないか、気になるくらいだった。美少女が積極的に俺にキスって……普通ないだろ、こんなおいしい場面。でも、その興奮を悟られないように必死で隠した。
「明日、おじさんたちが帰ってくる前に部屋に戻らなきゃね。おやすみ」
彼女は多くは求めていないらしい。ファーストキスという一大行事が終わったのだから、女子高生は満足なのだろう。いや――大人の男である俺はどうにも興奮がさめず、しばらくベッドの中で悶絶していた。彼女の体温が感じられるとなかなか俺の興奮は冷めなかったのだが……。彼女が俺の手を握った。つながっている感じがして安心感がある。はじめて手を握った。別に付き合っているわけでもなんでもないのだが……。
友達以上恋人未満というのは、このようなことかもしれない。隣にいる眠ってしまった愛おしい美少女に俺はささやいた。
「おやすみ」
真っ暗になった部屋の窓からは優しい月の光が差し込んで、俺たちを照らす。月の光が優しい夜だった。




