戦争の話をしよう
第四十七話 戦争の話をしよう
葡萄酒を仕込み、皆が帰ったあと、俺は思案していた。
「どうしたの、エージ」
「うん、さっきのね、結界の件。結界が伸びたことで一気に王国とガレンドールの関係が崩れたんだ。魔法使いの部隊を派遣されたら、ガレンドールは無くなるな」
「そうなの?」
「ああ。明日講義するから聞いてよ。最悪は竜騎士として両国の戦争に介入するかも。問題はそこじゃなくてね、王国の魔法に対抗するには一気に時間を進めないとな・・・」
「また何か作るのね?」
「うん。兵器をね。そして魔法文明を終わらせる」
「選ぶのはエージじゃ無いでしょ。エリヤスエーミル様でしょ。方策があるのなら提示しないと駄目よ。結果もね」
「ああ、そうだね。恐らく俺の正体がばれてしまうけど、仕方が無いな。俺はここの暮らしが気に入っているんだ。ここに住んでいたいんだ」
「うん」
ゲルがキスをしてきた。俺はゲルをベッドに押し倒した。
翌日、俺は家庭教師に訪れた。
「前回、私は王権は軍によって保証されていると話をしました。今日は戦争の話をしようと思います。さて、関係の悪い二カ国があるとします。この二カ国で戦争になる条件はわかりますか? エリヤスエーミル様」
「難しいですね。片方の国の領土欲が大きくなったら攻めるのでしょうか」
うん? 後ろに見慣れない人がいるぞ。三十代半ばの身なりのいい男性。ガレンドール公か? まぁいいや。俺の仕事をするだけさ。
「マーヤレーナ様はどうです?」
「決まっておる。兵力に差が付いて簡単に攻めれるようになったら戦争が起きるのだ」
「はい、マーヤレーナ様正解です。軍事的空白が出来たとき、戦争が起きます。兵力が均衡していると、戦争しても勝てませんので、戦争が起きにくいです。これが平和と言う状態です。平和とは皆の心が豊かになって、欲が消えたらなる物ではありません。平和とは各国は知恵を絞り、国力を上げ、兵を増やして容易に攻められない状態を作った状態です」
「身も蓋もないですね」
「ええ、エリヤスエーミル様。事実は身も蓋も無いです。平和と言う状態に幻想を抱かないでください。事実は単純です。実はですね、昨日に王国とガレンドールの兵力的均衡を破る出来事が起きました。気が付きましたか?」
「昨日はお茶会に出さされただけだぞ。家庭教師殿」
「私もわかりませんでした。昨日、王国を護る魔法の結界が拡大し、ガレンドールを範囲に収めました。私の住むミコドールでわかりましたので、ガレンドール全域が結界の範囲になったのでしょう」
「エージさん、初めて聞きます」
「そうですか? 私もフレヤから初めて聞いたのですが、軽く説明しておきます。王国は結構な数の魔法使いがいるのですが、ガレンドールにはいないらしいですね。ガレンドールに魔法使いがいないって本当ですか?」
「いないぞ。本当だ」
ミセコール卿が声を出してくれる。
「ありがとうございます。現在、ガレンドールにいる魔法使いは我々ワイヴァーンアックス商会副会頭のフレヤと、従業員であるエルフのロキの二名です。二人ともAランク相当です。先ほどの結界は、魔法のスキルを与えられた人間が魔法を行使出来る様になる結界らしいです。偽魔法使いを運用する結界です。昨日から、王国はガレンドールに魔法使いを派遣することが可能になったのです」
「斬ればいいだろ? お主から教わった剣で」
「マーヤレーナ様、魔法使いの恐ろしさをこれから説明しますね。魔法使いが恐ろしいのは戦争において圧倒的に優位になるからです。魔法使いを運用されると、ガレンドールの軍は兵を維持出来ない可能性が高いんです。兵の運用ですが、十五パーセント、千人中百五十人が死亡すると士気が保てなくなり、軍が瓦解すると言われています。軍がパニックになり、逃げ始めるんですね。軍は正面からぶつかると戦闘が出来ます。逃げ始めると、一方的に殺されます。普通、軍はある程度固まった隊で運用されます。固まった状態で、弓矢の届かない射程から一気に火の玉をボンボン打ち込まれたら、千人中百五十人は死ぬでしょう。場合に寄っては指揮官も死亡するかも知れません。指揮官が死亡した軍は、逃げ始めます」
「そうか・・・」
「ええ。マーヤレーナ様、魔法使いを侮ってはいけません。彼らは基本的に神なのです。神に列せられる力が魔法なのです。ガレンドールは神に立ち向かわなくてはならないのです。で、私なら総大将がいる隊に火の玉を数発打ち込み、総大将を殺します。これだけでガレンドールは戦争に負けます。恐らく、会戦して雌雄を決しようとした場合、弓矢の一本も打てずに負けるでしょう」
「うむむ・・・」
「ぐぬう」
ミセコール卿とガレンドール公?はうめき声を上げる。気持はわかる。
「どうすればいいのですか?」
エリヤスエーミルが俺を見る。
「ミセコール卿、兵を挙げるまでにどれくらい時間が掛かりますか?」
「そうだな、少なくても半年はかかる。今日明日に攻められることはないぞ」
「ミセコール卿、ありがとうございます。まず確認しなくてならないのは、王子にガレンドールを攻める気持があるか、攻める事が出来る財力と食料があるのかと言うことです。分析出来てますか? ミセコール卿、どうです?」
ミセコール卿は首を振る。
「まずは王国がどのように考えているのか、軍を派遣することが出来るのか、知る事が必要です。最初に行う事は諜報機関でしょう。諜報員から情報を貰い、王国を丸裸にしてしまうのです。戦争は情報戦です。情報無き者が負けるのです」
「騎士達に危険な仕事をさせるのか・・・」
「エリヤスエーミル様、必ずしも危険と言うわけではありません。うわさ話で十分ですし、小麦の相場を見張っていれば、値上がりしたら軍が小麦を集め始めたと考えられます。王国内を旅して、人口を調べたり、収穫量を調べたり出来ます。どちらかと言うとこちらの方が大事です。出入りしている商人から情報を買っても良いかもしれません」
インテリジェンスはかつて存在したベネチア共和国が最初らしい。国力が小さく、必要に駆られたのだ。
「うむ・・・」
皆が唸り始める。そうだろな。
「いいですか、これから戦争の基本的な事を話します。よく聞いていてください。ただ、私の言うことは机上論めいてますので、そこは了解願いたいです」
「わかった。続けてください」
「エリヤスエーミル様ありがとうございます。最初に兵の動員数ですが、最大でも国民の十パーセントです。パーセントとは、百のうち、十が相当したら十パーセント、といいます。覚えておいてください。五人家族だったとしましょう。夫婦、子供二人、祖父母一人、計五人。兵を十パーセント動員すると、国民の全てが五人家族だった場合、二家庭に一家庭が父親を兵に出すことになります。次年の収穫が半分になり、国家的な小麦不足を発生させる恐れがある数字です。実際に動員できるのはこの半分以下のはずです。人口を調査することにより、兵力がわかるのです。更に全員が派遣出来るわけがありませんので、そこの読みも発生します」
「我が国の調査も必要だな」
ガレンドール公が口を開く。大変だが必要だろう。
「次に考えるのは食料です。軍を動かすのは食料が必要です。王国の軍政はわからないのですが、一ヶ月であれば兵が背負って行軍は可能なはずですが、基本は輜重隊を組むと思います。三ヶ月間従軍するとします。一日に食べる小麦量から三ヶ月分の小麦量を計算します。かけ算です。兵は点在する拠点に集まり、そこから集合地点に移動します。ここでも食料は必要です。拠点で必要な食料数を兵力数から計算します。一台の荷駄車に積める量を割り算で計算し、荷駄車数を求めます。これを拠点の数繰り返すと全ての食料数が求まります。これを調達出来るのかと言うことです。これを恐れて王国への小麦輸出をとめるか、継続するか考慮が必要です。止めると戦争へ走り出すかも知れません」
「言いたいことはわかりました。あらゆる所から情報を集め、分析して出兵が可能なのか考えないと駄目なのですね」
「ええ、エリヤスエーミル様。その作業が平和の一歩です」
「でも計算がいるのか。文官を手配しないと・・・」
「いえ、エリヤスエーミル様。今日は特別に昼から四則演算をみっちりしごきます。数字ですがアラビア数字を使って計算します。俺は算盤を二人に渡す。ゼロの概念を説明するのが大変だった。昼からは足し算、引き算は算盤で。かけ算、割り算、体積の計算をみっちりやった。二人とも疲れた顔をしているが、事態が緊迫してきた。泣き言は言っていられないだろう。
「家庭教師殿、申し訳無いが毎日お願いできないか。都合が悪いときはけっこうだが。そちらも本業があるだろう」
おや? マーヤレーナがやる気を出してきたぞ。
「わかりました。では、明日も参ります」
本日二回目の配信です。
ブックマーク、評価をいただけると励みになります!