馬車に乗ろう
第三話 馬車に乗ろう
俺は変わらぬ景色に飽きてしまい、馬車の中で足を抱えて眠ろうと努力している。宿の女将さんに王都から、ニール、ルブ、ケグスール、ナムドールと行く事になるが、残念ながらナムドールからガレンドールは馬車が無く歩きとなるらしい。本当に行くのか、考え直せと強く言われたが、王様に行けと言われているので行かない訳にはいかない。田舎でもいいんだ。静かに暮らそう。
馬車は二日目。王都からニールに行く馬車に乗っている。馬車で四日間掛かるという。途中にある村の停車場で止まる。停車場には宿が併設されている。宿と言っても、飯場兼酒場と、雑魚寝の大広間があるだけで、村のおばちゃんが食事を作りに来てくれる。飯代は朝晩で小銅貨五枚だ。宿泊は別に銅貨二枚だった。安い。なんだよ小銅貨って。金貨一枚も払って教えを請うたのに、大して教えて貰ってないな。
馬車は乗り合いで、六人が定員だ。俺の他には五人組の剣士、戦士、魔法使い、僧侶、盗賊だと思われる一行に同乗している。冒険者パーティなのだろう。だろう、というのは全く話していないため、だろうとしか言えないのだ。
最初に到着したのはズルール村だ。俺は到着後、村の見物に出かけたが、同乗の冒険者風のパーティーは颯爽と部屋に引きこもってしまっている。
俺は始めていく村に興味を覚え、村に繰り出した。村の広場は馬車が数台停車している。馬に飼い葉を上げたり、水を飲ませている。時折排泄をするのはご愛敬だ。村には店もなく、何も買うことが出来なかった。夕方だからだろうか?
仕方ないので宿に戻り、おばちゃんに頼んで飯を持ってきて貰う。硬いパンと干し肉、野菜が少し入った塩スープが椀に一つだ。マズイ。
「ねぇねぇ、あなた冒険者なの? 何ランク?」
俺が驚いて顔を上げると、同乗している魔法使いが声を掛けてきた。
「は、話せるのか?」
魔法使いは若い女の子で、けっこう美人だ。体が細い。とにかく細い。革の胸当てで隠れているが、胸もなさそうだ。飯をめいっぱい食え、と言いたくなるほど細い。あとは中年にさしかかった男である。こいつ等は全く話をしない。話す事が出来ない訳ではない。たまに「ああ」とか「わかった」とか呟いているのが聞こえて来る。魔法使いは苛々している様子だ。苛々というか、諦めに近い感じがする。
「私さ、ルブまで行きたいのだけど、彼奴等無口過ぎて、困っているのよ。参っちゃうわ。あんなのを護衛に雇わなければいかったわ。里に帰りたいだけなのにね。ほら、私エルフなのよ。ロキっていうの。ルブまで一緒ね。よろしく」
暇だったのか、俺にエルフが話しかけてくる。防止を脱ぐと、耳が尖っていた。髪は金髪、青い眼だ。何歳だ? 俺は見た目年齢十五歳、実年齢三十八歳だ。
「ガレンドールまで行くんだ。よろしくな」
俺は挨拶がてらマズイスープを飲み終わる。
「えぇ? ガレンドールまで? ウソォ!」
おお、異世界にまで来て、ウソォとか言われたぞ。
「い、田舎なのか?」
俺は動揺して少しどもる。
「ええ、田舎なんてものじゃないわね。国境でも護る兵隊さん?」
「いや、王命でガレンドールに家を買うんだよ」
「へ?」
「家を買って定住しなくてはならないんだ」
「は?」
「いやな、ちょっといろいろあってな。まぁ島流しさ。一回は行ってみようかと思ってね」
「そうなの・・・何があったのか聞かないけど、大変な重罰ね」
「そ、そうなのか?」
「まぁ頑張ってね。じゃぁ明日ね」
エルフは去って行った。俺は荷物を持ち、外へ出ると小一時間素振りをした。剣が重いので、早くなれなくては。汗を拭いて、眠りに就いた。
翌朝、早朝にもかかわらず広場には市が立っていた。果物や野菜類、干し肉などが道ばたで売られている。俺はオレンジみたいな柑橘類を十個程買った。馬車の中で食おう。毎日、硬いパンと塩スープだと、ビタミンが不足していくはずだ。壊血病になるしね。柑橘類は八朔に似ている気がする。買い物袋が無かったので、となりの巾着袋屋で銅貨一枚で巾着を買い、銅貨一枚払って柑橘を十個買った。馬車に乗り込むと、エルフのロキだけが乗って来た。
「おっはよう、昨日は眠れた?」
馬車は発車した。馬車は時速十キロ程度で進んで行く。馬車は揺れが凄い。自動車のようにサスペションが入っていないから仕方が無い。わかるのだが、乗っているだけで体力が削られて行くぞ。今日も夕刻まで乗りっぱなしだ。昼は出ないので、王都で買った硬いパンを囓ろうと思う。俺はエルフのロキに柑橘を投げて渡す。
「お仲間はどうした?」
「ええ、お引き取り願ったわ。依頼料は取られるし、馬車料金もそのままよ。無駄だったわね。参ったわ。なにかあったら君が居るからいいわ。君の剣はなかなかだと思うのよ。冒険者ランクはCランクかしら?」
「あ、昨日素振りを見てた? 俺は冒険者ではないよ。兵士でもない。当てにしちゃ駄目だよ」
柑橘に指を入れるが、皮が固くて爪が痛い。俺はナイフで軽く切り込みを入れ、皮を剥いていく。ロキの柑橘にもナイフを入れ、皮を剥きやすくした。
柑橘を口に放り込む。甘くて美味しい。柑橘類てこんなに甘かったのか。明日も柑橘を食べよう。ロキも柑橘を美味しそうに食べている。
「大丈夫よ、この辺りは王都周辺だから盗賊も魔物も出ないわよ。出るのはグクスール以降ね。君はグクスールからナムドールまで行くのでしょう。気を付けてね・・・気を付けて、気を付けて・・・うーん」
ロキは何か考え込んでしまった。俺は柑橘の皮を馬車から捨てる。行儀が悪いけどいいだろう。自然に帰るだろうしね。聞き捨てならない事を聞いたぞ。魔物が出るのか・・・やはりな・・・
想定お昼。時計が無いから時間がわからないが、王都で買ったパンを囓る事にした。ロキにもパンを一個渡す。囓ると、やっぱり硬い。この国の人は顎が丈夫なのか。硬いが、小麦の味がする。違うな。大麦とか、ライ麦なんだろう。パンが白くないし。
食ったら眠くなる。二日目になると、すっかり馬車に慣れた。むしろ揺れが心地よい。
「ちょっと、起きなさいよ。付いたわよ」
俺はロキに起こされて馬車を降りる。ロルール村らしい。昨日のズルール村とあまり変わらない印象だ。ズルール村にも停車場がある。基本的にどの村にもあるらしい。馬車利用者は安く泊まれて、マズイ飯を食えるということだ。ズルール村でもロキと一緒に不味い飯を食べた。タンパク質が足りない気がする。肉が食べたい気がしている。体が若い為だろう。以前なら魚や豆腐が食べたいと思ったよ。豆腐か・・・食いたいな・・・
食事を作ってくれるおばちゃんにお酒を頼んだ。ジョッキ一つで銅貨一枚。二杯頼み、一杯はロキに渡す。
「え? いいの?」
ここの料金は宿泊銅貨一杯、食事小銅貨五枚。だから酒は非常に高い。宿泊が安いのかもしれないが。ジョッキの中身はエールだった。微かに発泡している気がする。ぬるいが仕方ない。冷たいビールが飲みたい。でもエールも大好きだ。
「うー。しみる!」
ロキは結構年だと思う。親父臭い台詞を吐いているし。
「ねぇねぇ。聞いてよ。私ね、王都の魔道師学校をクビになったの。魔法がね、全然駄目なの。ファイヤーボールも打てないなんて、魔道師じゃありません!ってさ。ねぇ、聞いてる、エージ君はさっきからああ、とかええとかしか言っていないよね。うえーん、酷いー。誰も私にかまってくれないー」
どうやら絡み酒に泣き上戸だったか。面倒だ。とりあえずなにか話を聞いてやらないとな。
「なにか魔法を使えるんだろう?」
「ええ? 何も使えないのよー。それでもエルフかって怒られるんだけど、わーんわーん」
ロキはワンワンと泣き始めた。駄目エルフだったようだ。エルフは魔法が得意な様な気がするが、ロキは魔法が得意では無いんだろう。
時折、ロキのジョッキからポチャン。ポチャンと音がしている。なんだ? あ、ジョッキに氷を入れてやがる! 一人だけ冷たいエールを飲んでいやがった!
「おい、俺にも氷を入れろ。立派な魔法だ。エールが旨くなる。早く入れろ」
おれが凄むと、ジョッキに氷りを入れてくれた。
「氷の魔法はこれが限度なの。ううう」
俺はロキの手を握る。
「素晴らしい魔法だ、ロキ。素晴らしい魔法だよ。エールが旨い!」
「ええ? そう? そう言ってくれると嬉しいな」
「で、もう一つの魔法ってなんだ?」
「うん。笑わないでね。風の魔法。人が吹き飛ぶか吹き飛ばないか、程度で攻撃には使えないの」
「なんだと」
「ひ」
俺が思わず凄んでしまったので、ロキが小さく悲鳴を上げた。