剣と鎧を買おう
第二話 剣と鎧を買おう
「いや、俺はこの国に呼ばれて全く常識がわからないんですよ。少し教えてくださいよ」
俺は若い衛兵に問いかける。
「なんだ、そんなことか。構わんぞ。金貨はかえさんぞ」
「いいですって」
若い衛兵から、金貨一枚は銀貨十枚、銅貨百枚だということ。金貨は高額過ぎて使いにくいこと。各種ギルドがあり、商売するには加入が必要なこと。冒険者ギルドもあること。おお、冒険者ギルドとは異世界臭いな。興奮するな。移動は馬車で行うこと。行くべきガレンドールとかいう南は辺境の土地であること。何日もかかるとのこと。遠いのか・・・王命だし最初は従った方がいいんだろうな。馬車は馬車ギルドから出ているらしい。なるほど。一日銀貨二枚が相場らしい。十日間乗ると金貨二枚。結構大金だ。剣などは鍛冶ギルドに行けば良いとのこと。元剣道部の腕が鳴りますよ。
「だいたいわかりました・・・お手数をおかけしました」
「お前、本当に何も知らないんだな。大丈夫か」
衛兵は心配して俺の方を見てくる。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。じゃぁ行きます」
衛兵は城の外まで送ってくれた。護送という方が正しいのだろう。城は巨大だった。城が巨大というより、敷地が巨大だ。中庭が広いのだ。兵を集める土地なのだろう。
衛兵が列をなして巡回する中、城の敷地外まで出た。大きな城門を潜る。門は兵士で護られている。
「じゃぁな。俺はニルス。王都に来たら寄ってくれよな」
城に寄るとか不可能だと思うのだが、わかったと言っておく。多分王都には来ない。胸くそ悪い女子高生の召還魂、ミサキもいるし、来たくもない。
城を出ると、石で出来た街が広がっている。本当に日本では無いようだ。夢じゃないのか・・・召還魂と言っていた。魂だけ呼び寄せ、こちらの肉体にすりつけたんだろう。定着とか言っていたぞ。俺は白黒写真かって言いたい。白黒写真を焼き付けるのに定着液という薬剤を使う。フフフ、デジカメやスマホで無い所がミソだ。
年がばれそうだな。俺はアラフォーのサラリーマンだったのだ。技術者な。有名な鉄鋼会社で働いていたぞ。こっちで鉄でも作れというのだろうかねぇ。向こうで彼女や奥さんが居るわけでもないし、まぁいいか・・・南へ行こう・・・異世界に来てしまったのだ、気を取り直して前へ進もう。
まずは、鍛冶ギルドだ。剣を買おう。ナイフも。鍛冶ギルドはどこだろう。通行人に聞いて、職人街みたいな所にやって来た。ハンマーの音がする。流石王都、と言うべきか。道路の両脇にびっしりと鍛冶屋が並んでいる。生活用品、剣、防具、馬蹄など何軒も並んでいる。護身用に剣を買いたい。日本刀売っていないかな。売っていないだろうな。似たようなサーベルを探そう。
剣を売っていそうな鍛冶屋の中に入る。非常に暑い。熱気が凄い。厳つい親父が出てきた。後ろでは融かした鉄を型に流し込んでいた。暑いはずだ。鋳物か・・・鍛造でないのか・・・
剣等の刃物の作り方として、鋳造と鍛造がある。鋳造というのは鉄を溶かし、砂で作った型に流し込んで作る。鍛造は炉で熱した鉄片を叩いて刃物の形にする。鋳物の方が良さそうに見えるだろう? 刃物は、刃物に限らないのだけど鍛造に限るのだ。
鋳物は、どうしても巣が出来る。型に流し込んだ時、完璧に解けた鉄が型に回れば良いのだけど、どうしても回らなかった部位が出てくる。ここを巣っていうんだ。小さな気泡ぐらいだと不良品にならずに売りに出されるだろう。そこだけ鉄が無いわけで、最悪、剣戟の祭に巣から折れるだろう。鍛造になると、叩くので巣がくっついて無くなるんだ。それに叩くと鉄の組織が微細になり、強くなるんだ。日本刀を作る際、叩いているだろ。あれだよ。日本刀がいいと言われるのは鍛造だから、という理由もあるんだ。
「おう、剣を買うのか。どんなんだ」
親父はぶっきらぼうに言ってくる。この国は鋳造が一般的なのかもしれないな。
「片刃の曲刀が欲しいんだけど。あります?」
「おう。そこらに並んでいる。曲刀とは珍しいな。うちは高級店だから少し高いぜ」
こ、高級店だったか・・・この国は鍛造という技法は無いんだろうな。両刃剣の隣に曲剣が並ぶが、数が少ない。それにアラビアンナイトみたいな刃幅があって反りが凄い剣ばかりだ。日本刀みたいのは無いかな。
どうするか迷っていたら、ゴミ箱っぽい所に捨てられるようにして剣が置いてある。日本刀より少し刃厚があるが、片刃の少し曲がった剣だ。これでいいか。巣も剣先に少しある程度だ。巣が根本で無くて良かった。鞘は白木の簡単なものだ。
「それか? 片刃の直剣を鋳込んで焼いたら曲がった奴だぞ。やはり片刃は駄目だな」
何回か居合いをしてみる。一応剣が走る。しかし、竹刀ではなく真剣なので重い。少し練習が必要だな。
「うん、これで良いよ。幾ら? あとナイフもあります?」
「ああ、いいのか? 変な奴だな。銀貨七枚でいいぞ。失敗作なのに扱いが上手いな」
親父が感心してみている。
「ナイフはこれで良いか? 合わせて金貨一枚だ」
二十センチほどの刃長のナイフを受け取る。若干研ぎが甘いけど、まぁいいや。マイクロベベルは自分で付けよう。
料金を支払い、かつ金貨一枚、銀貨に両替してもらう。親父は嫌な顔をしたが、仕方が無い。金貨は高額貨幣で、街で使いにくいに決まっている。向かいの店が防具鍛冶屋だそうだ。軽い鎧を買おう。礼を言って防具鍛冶屋に入る。工房な見あたらず、お店だけだ。
「いらっしゃいませ。ガルーグ工房です」
女性が出てきてびっくりした。三十代半ばのそばかす美人だ。いいねぇ。アラフォーの僕に取って、好みの年だ。
「いや、綺麗な方が出てきてびっくりしました」
「やぁねぇ。息子より若い人に言われるとむずがゆいわね。お兄さんは体が細いから、軽めのこちらなんてどう?」
女将さんは革の鎧を奥から持ってきた。細長い革を鋲で固定した、黒い鎧だ。胴丸、肩当て、スカート、脛当て、全て真っ黒で要点が鋲でカッコイイ。っていうか、俺は若いのか? 鏡を見ていないから分からない。
「カッコイイっすね。うわー」
「ほら、よく見て。革の柵を鋲で繋いでいるのよ。こっちの安物はね、皮を縫っただけね。ほら、鋲で打った方が丈夫でしょう。ちょっと重いけど、あっちのプレートメイルより断然軽いわ。製作に一季節かかるのだけどね」
耳慣れない単語が出てくる。一季節。三ヶ月のことか? まぁ、時間がかかるってことだ。
「でね、お値段がちょっと高いのよ。金貨十枚なの」
「買います」
俺は即答し、金貨十枚を渡す。
「あら、若いのに大金持ちね。着ていく?」
女将さんは代金を受け取ると奥にしまい込んだ。返品は許してくれないだろう。
「ええ。お願い出来ます?」
女将は頷くと鎧を着させてくれる。胴丸、籠手、脛当ての順に付けてくれた。脛当てを透ける際、しゃがみ込んで胸元を上から見る形になった。ヤバイ。胸がでかい。がっつり谷間が見える。モヤモヤする。鎧を着させて貰うと、これから出陣するみたいだな。
「カッコイイですわ。お似合いですわよ。サイズはちょっと大きいですけど、締めれば問題ないわね。体が大きくなったら調整できるから、うちに来てね」
俺は胸を覗いた事がばれていないことにドキドキしつつ、生返事をする。この女将さんの胸チラで売り上げを稼いでいるんだろうな。
「それでは、ご武運を」
女将さんが手を振って見送ってくれた。またこよう。絶対にこようと心に誓った。先ほどは絶対に来ないと思った事は既に忘れている。
俺は街をぶらつき、毛布、下着類、食器類、水筒、パンや干し肉を買いそろえていく。合計で銀貨七枚だ。塩も忘れずに買っておいた。残念なのは胡椒が売っていなかったことだ。やはり一般的では無いのだろう。
買い物が終わると、陽が落ちてきた。目に着いた宿に入る。二食付で銀貨一枚。夕食は硬いパンと塩味のスープ。どちらもクソマズイ。スープの味付けは本当に塩だけだ。それでも食って部屋に入る。鎧を脱ぐのが大変だった。脱ぎ終わると速攻で寝てしまったのだった。