パンを焼こう
第十二話 パンを焼こう
「何? 酒じゃと? 戻ろう。すぐに戻ろう。今すぐ酒を造れ」
ヤバイ。ドワーフの前で酒とは失言だった。麦はある世界なので、ホップがあればエールではなくてビールが造れる。エールを混ぜれば、エールの中に含まれる酵母菌を使って発酵が出来るよね。ワインも自然発酵でいけると思う。パンも、自然発酵でもいいはず。腐れ石は絶対に良い働きをすると思うんだ。
「ちょっと待ってください。お酒を作るだけの道具がありませんから。落ち着いてください。研究も必要ですし」
俺はガッコフルーグの興奮を解こうと必死だ。ドワーフの酒に対する熱意はスゴイ。
「まぁパンを作りましょうよ。エージ君、美味しいパンだかを焼いて欲しいわ」
「フレヤさん、小麦粉と塩とバター有ります? あと薪も」
「エージ君安心して。有るわよ。おいで。でも釜は無いわよ」
「安心してください。釜が有るんです」
「パンか、まぁ戻って焼くかのう」
俺たちは急遽パンを焼くことになって、ダンジョンを後にした。二階層が見えていたのに、いいのかな。腐れ石に感動してしまった俺が悪いのだけどね。
家に戻ると、フレヤが材料を持って来てくれた。ガッコフルーグが薪を抱えている。すみません、引っ越してきたばかりで何も無いのです。
「ほら、持って来たわよ。パンを焼けるの? パン焼きは難しいのよ。エージ君に出来るの?」
俺は鍋にバターを適量取り、火吹き石で炎を当て溶かしバターを作る。違う鍋に小麦粉を入れ、塩と溶かしバターを入れる。右手でかき回しながら少しずつ水を入れていく。
まだ練らない。小麦粉が米粒状になるように水分を調整する。小麦粉が全て米粒場になったら練り始める。蕎麦は百回練るのだけど、パンはどれくらいかな・・・忘れたな・・・適当に練り、鍋に蓋をして腐れ石を置く。
「大地の女神よ、無事に一次発酵をお願いします」
俺は天空の人形に対して祈りを捧げる。ぴかっと腐れ石が光る。
「おお、良い感じだと思いますよ」
俺は本能的に成功を確信した。
「お、おいエージ君。小麦粉を腐らせるのか? 駄目じゃないか?」
フレアが不安な目で俺を見つめる。安心して欲しい。発酵と腐らせるのは同じ事です。
「まぁ見ていてくださいよ。美味しいパンを作るには、発酵させなくてはならないのです。二回発酵させます。今回は空中にいるイースト菌を使って発酵させます。本当はイースト菌を直接入れればいいのですが」
「イースト菌じゃと?」
「ええ。腐る、という現象は、菌と呼ばれる目に見えない非常に小さな生物が食べ物を食べて、反応を起こすことなんですよ」
「むむ、わからんのう」
「まぁ見ててくださいって。では蓋を開けますよ。腐れ石の力を拝見」
俺は蓋を開けると、生地が倍に膨らんでいる。
「おおお、ありがとうございます。大地の女神様。一次発酵は無事終わりました」
俺は再び天空の人形に祈る。スゴイ。腐れ石最高。本当は自然発酵だと二十四時間掛かるらしい。あっという間に終わったので、発酵速度は百倍程度だね。一ヶ月だと十年の計算になるね。ワインを寝かせるのに良いんじゃないですか。たった一ヶ月で十年のビンテージになるぞ。スゴイ。腐れ石スゴイ。
釜に火を入れる。点火は火吹き石で。これも便利。細い薪から火を付けるといいぞ。
俺はテーブルに打ち粉をする。生地を細長く伸ばして細かく切る。直径三センチ程度の球にし、鍋に並べていく。生地は三分の一しか入らなかった。大きい鍋が必要かな?
おれは鍋に蓋をして、腐れ石を置いた。
「大地の女神様、二次発酵をお願いします」
俺の祈りで、腐れ石はぴかりと光った。もしかしてもう発酵終わったのかな? 俺は蓋を取ってみる。綺麗に膨らんでいた。二次発酵も終わりだ。
「おお、膨らんでいる。腐っているの?」
「食えない状態が腐っている、です。食える状態は発酵ですね。発酵が完璧に出来ています。スゴイ石ですよ。本当はここまで一日以上掛けて発光させるのです。さぁ焼きますか」
面倒なので鍋ごと釜に突っ込んだ。釜は二重構造になっていて、下が薪スペース。上が焼きスペースだ。
「良い匂いじゃな」
二十分ほど焼けば良いのだが、時計が無いからわからない。パンの上がきつね色になったところで鍋を取り出した。良い香りがする。成功だと思う。パンは鍋にびっしり詰まって焼けた。
「焼けたのか?」
フレヤが心配そうに覗く。俺はナイフでパンを鍋から外す。丸いパンが出来上がった。俺は一かけをパンをちぎる。ん? 少し硬いな。でも、今まで食べていたカチコチのパンよりいい。
「じゃぁ、大地の女神様にお供えしましょう」
俺はパンを天空の女神にお供えした。お供えが終わらないうちにフレヤがパンを千切って食べ始める。
「柔らかいよ。旨いぞ。パンってこんなに旨いんだね」
俺は残りのパンも二次発酵させ、焼き始める。俺が作業している間、フレヤとガッコフルーグは黙々とパンを食べている。俺の分は残らなかったようだ・・・なんてこったい。
二回目のパンも二人に奪われそうになったが、俺は半分を確保した。これから食べる分と明日の朝食べる分だ。
「明日の朝は焼かないですよ。全部食べない様に」
俺はパンを口に運ぶ。日本で売っているパンと、柔らかめのフランスパンの間の感触だ。うん、バターの味が美味しい。毎日焼こう。ガレンドールの看板娘、ごめんな。君のパパとママより美味しいパンが焼けちゃったよ。
「ふう、食った食った。エージ君もおいで。ウチでエールを飲もうよ。腸詰めがまだあったはずだわ」
「お、飲むか。エアドール殿、明日のパンも期待しておるぞ」
腸詰め? ソーセージだな。ホットドッグにしてやろう。ケチャップとマスタードが欲しいけど、塩で我慢しよう。
フレヤの家に移動する。庭のテーブルに座り、海を眺めながらエールを頂く。俺の横にはヤギがいる。すっかり懐かれた。
「はい、腸詰めがゆで上がったわよ。お摘みに食べて」
「うーん、本当に調理しとるんじゃな。おどろいたぞい」
「止めてよ。無茶したのは昔じゃないの」
ガッコフルーグは腸詰めをフォークで食べ始める。俺はパンを取り出し、二つに割るとソーセージを挟む。
「何をしておるのじゃ?」
ガッコフルーグは俺の方に興味を向けてくるが、エールを飲む手は止めない。流石だ。
「こうして食べると美味しいんです。干し肉を挟んでも良いですよね。茹でた卵とか、チーズを挟んでも良いですよ」
俺は久しぶりのホットドッグを食べる。旨い。いつかトマトを入手したい。いや、絶対入手する。
「エアドール殿、ワシにパンをよこすのじゃ」
「あたいも貰うよ。チーズ、チーズもか」
「さっきめいっぱい食べたじゃないですか」
俺は不満を言うが、材料は無論、薪までフレヤに貰ったので食われる分には問題ない。むしろ俺は勝ち誇ってホットドッグを口に運ぶ。
「フレヤさん、とりあえずチーズは要りませんから。腸詰めだけでも美味しいですから」
「う、うん」
コボルドの大群にも動じないフレアが、どうしようか迷っている。柔らかいパンは美味しいだろう。美味しいに決まっているのさ。
二人はパンにソーセージを挟んで食べている。無言だ。
「旨いぞでかした。ところで、酒を造るには道具がいるのか? 明日買いに行くか?」
「いや、俺はまだベッドも無いんですよ。しばらくは必要な物を買いそろえないと」
「ガッコ、落ち着きなよ。エージ君は昨日引っ越してきたばかりなのよ。ガッコと同じ。無理言わないの。あ、小麦粉はまだ有るわよね」
「あ、フレヤさん。氷の魔法は出来ませんか? できればコップの中に、小さめの氷を入れて欲しいんです」
「氷? 無茶言うわね。私は爆炎の人形なの。細かな事は出来ないわよ」
「なにするんじゃ?」
フレヤは呪文を唱えると、氷よ出でよ、というかけ声と共にサッカーボール大の大きさの氷が現れた。
俺は氷を砕き、エールの入ったジョッキに氷を入れる。ジョッキは焼き物である。
「くう、冷たくて旨い」
俺は思わずプハっと声が出た。甘ったるいエールだが、冷やすとやはり旨い。
「エアドール殿、旨いのか?」
「もちろん。エルフから教えて貰った魔法の使い方です」
俺はドヤ顔で答える。あの駄目エルフ、元気でやっているかな。
「フレヤ、もう一杯エールをくれ」
「あ、冷えて美味しいわ。自分で持って来なよ。もう。かして」
文句を言いながらも、フレヤはガッコフルーグのエールを持ってきた。二人の仲が良くて結構だ。二人を見ていると俺も相手が欲しくなって来た。
「メェェェ」
ヤギが鳴いた。俺は頭を撫でる。俺の相手はヤギのようだ。エールを頂いた後、家に帰ったらお供えしたパンが無くなっていた。鼠とかが食ったのか? 大地の女神が食べたと思うことにしよう。
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