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中編

「兄貴、人狩りに行こうぜ。好きだろ?」


 侵入者――もとい旦那様の弟は、あの日から完全に私を無視していた。

 たまに般若のような形相で睨みつけられるが、それ以上のことは何もしてこないので怖がる必要もないだろう。


「人狩りは飽いた」

「は!? なんでだよ。どっちが首を多く狩ったか勝負しようぜ。昔はよく頭蓋骨でシャンデリアとか作らせたじゃねーかよ」

「余はイシュルダに食わせねばならんのでな。そのような暇はない。こやついつまでも小さいのだ。早く大きくしてやらねば」

「ほっといてもアホみたいに食うだろうが。何も貢献してねぇくせに飯だけはいっちょ前に食いやがる」

「余が手ずから食わせずしてどうやって食べるのだ? この者には手もないのに」


 いや、転がって食事を取り込めばいいので別に手ずからではなくとも食事はできる。

 しかしわざわざ言うほどのことでもないので、目の前に差し出されたフォークにねっとり絡みついた。

 フォークの先には私の好きな鳥のステーキが一口分刺さっており、絡みついた途端に香ばしい香りが体中に広がる。

 今はヨル様の要望で丸いフォルムのままなので――というか顔だけにはなるなときつく言われたので仕方なしにこのフォルムだが、実際食事をするには大変都合がいい。フォークの位置が多少遠くとも伸び上がれば食べられるからだ。

 時折ヨル様はわざと遠くでフォークを構え、私が思いっきり伸び上がっているのを無表情で眺めているが、楽しそうなので付き合うことにした。


「馬鹿言うな! 道端に死ぬほど転がってるスライムを何度も見ただろうが。あいつらどこでもはいずり回って餌ァ取り込んでるんだから、こいつだって放っておいたってテメェで食えるわ」

「貴様は――」


 体の表面をビリビリとした何かが走る。


「誰に向かって口をきいているのだ」

「ぐっ……」

「余と余の番について口を挟むな。いくら貴様といえど首をはね飛ばしたくなる」


 少しだけ細められた目。

 重苦しい緊張感は、やがて私の給餌を再開したヨル様によって元へと戻る。


「…………」


 何かを言おうとして何度か口を開き、そのたびに口を閉じて悔しそうに歯ぎしりをする。

 正直、兄弟愛について私が口を挟んでいい領域でないことはよく理解していた。私も面白おかしく喧嘩を売ったりしてしまったが、大人の対応としては落第点だ。

 今にも泣き出しそうな表情を隠さない侵入者を見ていると、なんと声をかければいいのかわからなかった。

 いや、私になど声をかけてもらいたくはないだろうが。


「イシュルダ。気にせずともよい。こやつは昔からそうなのだ。余に関わる全てに嫉妬して、部下やメイドを何人も殺してしまったからな」


 随分とこじらせすぎた()()()()だ。


「まあ、不敬やら裏切り者が多かったのでこの国の法律的には“制裁”ということで処理しているが、一度余が説教をしたら拗ねてしまってな」

「拗ねてねぇよ」

「自ら冥府の牢に飛び込んだものだから、周囲は“兄のためにしたことで心を痛めて自らを罰するとは”と何故か持ち上げおった。まったくタチが悪い」


 なるほど。なかなかこじれた愛だ。

 正直重すぎる。


「いやそもそも俺の兄貴の寝首をかこうとするようなやつが悪いだろうが。普通に考えて。不敬だぞ」

「泳がせておけばよいものを。そのうち余、自らが首をはねる」

「兄貴の手を煩わせるほどの者たちでもねぇよ。なんで兄貴の関心がそいつらに向けられなきゃなんねぇんだクソが」


 ここまでくると病気ではないかと疑うが、指摘するのはやめておいた。

 そもそも今の私に口はないので指摘しようもないが。


「このように愛の重いお前のことだ。今回わざわざ冥府より戻ってきたのにもなにか理由があってのことだろう」

「だから番を認めてねぇからだっつの」

「お前が認めるかどうかは関係ないが」

「大アリだろうが。何もできねぇスライムだから放置していたが、人間の形を取ろうとしているのなら話は別だ」


 なるほど。これは初耳だ。

 スライムだと見逃せて、人型だと見逃せない理由とはなんだろうか。


「言っておくがこれを殺したら、輪廻転生の輪に入れぬほど切り刻んでやるから覚悟しろ」

「たとえ兄貴の敵になろうが、それが兄貴に必要だと思えば嫌われたってやってやる」

「――貴様、実に面倒だな」


 大きなため息をつくと、ヨル様はやや乱暴に私の体へ肉片を押し込んだ。

 プルプルと揺れながらそれを飲み込み溶かしていく。


「よいか。余の番には手を出すな。これに何かあれば、貴様の首は飛ぶと心得よ。わかったら考え直すことだな」

「考え直すのは兄貴のほうだろうが。スライムが人型になってみろ。ペットを愛でる目から人を愛でる兄貴に変わるんだぞ。末恐ろしいわクソったれ」


 それが理由か。全く聞いて呆れる。スライム()ごときに嫉妬するとは。

 その思いはヨル様も同じだったらしく、小さく「何を言っているのだこいつは」とつぶやくと、再び肉片を私に押し込む。


「兄貴に逆らうつもりは毛頭ねぇが、兄貴がいつまでもうつつを抜かしているのなら考えがあるぜ。なんて言ったって――」


 侵入者は胡乱な目でヨル様を見つめる。


「俺は世界の破壊者だからな」


 その言葉には答えず、ヨル様は最後の肉片を私の中に押し込んだ。

 しばらく黙ってその様子を見ていた侵入者は、やがて鼻を鳴らすと部屋を出ていく。

 気まずい空気に耐えられず、私はスライムの端っこに口を作った。


「世界の破壊者ってなんですか?」

「その名のとおりよ。あれの母親は破壊神の娘だ。先祖返りで強く力を引いているので、王となるにふさわしい力くらいは持っているだろう。それこそ世界を簡単に滅ぼすくらいのな」

「えっ……」

「力がありながら本人は王の器ではないと余に押し付けたが、未だあれを王に据えよと言うものも多い」


 ――余もそのうちのひとりだが。


 ぽつりとそう言った言葉に、私は何も言えなくなってしまった。

 何気なくつぶやかれたその言葉には万感の思いが込められているような気がして、軽々しく声をかけていいのかわからなくなってしまったのだ。


「肉ばかり食べていないで野菜も食え」


 私が選り好んでそうしているわけではないというのに、ヨル様は子を説教する親のような顔で葉野菜を私に押し付ける。

 結局その後の食事は気まずいまま一言も発さずに続いたのだった。



 + + + + +



「よお」


 あれほど私を嫌っていたのに、その男は私に声をかけてきた。


「元気にしているか?」


 それもヨル様がいないときを狙ってだ。


「実はお前に話があってなあ。今日はこうしてわざわざ足を運んだというわけだ」


 一体何の用があってやってきたのかわからないが、どうせろくなことではないだろう。

 そう思って体を膨らませたときのことだ。

 激しい衝撃が体を襲い、勢いよく視界が飛ぶ。


「アハハ!! よく跳ねやがる」


 蹴られたのかとわかったのは、壁にぶつかって肉片が木っ端微塵に吹き飛んだときだった。

 ベッタリと肉片が壁にくっつき、なんとか割れずに残った核だけが床に転がる。

 核はコロコロと床を転がり、そして侵入者の足元に来た瞬間に勢いよく踏みつけられた。


「割られたくなかったら黙って聞け」


 核から離れた肉片が、元に戻ろうと壁をはう。


「俺の兄貴の不利益になるようなことはするな。俺の兄貴の不利益になると思ったときは自害しろ。俺の兄貴がたとえお前をかばおうと、お前はただのスライムであることを忘れるんじゃねぇ」


 ギリギリと力を込められ、核が軋む。


「いいか――たとえ俺が兄貴に殺されることになろうと、俺はお前が兄貴のためにならねぇと判断したらすぐにでもお前を殺してやる」


 ああ――ああ、私はなんと無力なのだろう。


「一瞬で、確実に、息の根を止めてやる」


 一層強く踏みつけたあと、力いっぱい核を蹴飛ばしてその男は部屋を出ていった。

 私はとにかく必死に飛び散った肉片をかき集めると、急いでベッドの下へと潜り込む。

 体が震えるのを止められない。

 どうすれば……どうすればあの男から逃れることができようか。

 そして最悪なことに、私は絶対にこのことをヨル様に言ってはいけないのだろう。

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