夜の善人(9/27分)
お題「夜の善人」
狩りだ。狩りだ。狩りだ。
女の眼は、復讐に満ちている。
私の父を、目的のための犠牲<コラテラル・ダメージ>と切り捨てた国。
私の母を、体目的で買い付け、痛めつけ、最終的に殺した趣味の悪い金持ち。
すべて、殺してきた。
だがそれは終わらない。
一つの悪を消したところで、連鎖的に悪は発現する。
だから、女は殺し続ける。
その悪の返り血で、自身が悪になろうとも。
たった今、女は裁きを下そうとしていた。
「まさか、君みたいな娼婦が『夜の善人』だったとはね……」
娼婦として、とある政治家の家に入り込んだ彼女の得物を見て、男は戦慄しながらも、そう言った。
なさけなく糞尿をまき散らし、顔は鼻水と吹き出し続ける冷や汗でしわくちゃになっている。
それは、男が今、死の瀬戸際に立たされた故の生理現象だ。
「どんなことをしても、私はあなたを殺します」
そう、たとえ自分が悪に染まろうとも。この身の芯から壊れようとも。
「ふんっ。己の環境に酔いしれた狂人め」
「なんだと?」
「お前はいつか、報いを受けるだろう。その行いが正義だとしても、それを秩序が許さない!」
「そうだな――」
要は済んだ。彼女は、得物を振り下ろす。
男は絶命した。
「そんなもの、とうにわかりきっている」
にわかに、外からけたたましいサイレン音が聞こえてきた。
「ここまでか……」
慣れた手つきで女は灯油を家じゅうにまき散らし、点火した。
そのまま裏口から脱出する。
森を抜け、川を渡り、やがて一本の洞窟に入った。
そこは彼女の家、静寂の闇の寝床。
彼女は知っている。やがて同じ裁きが自分にも訪れることを。
だが、彼女はやめない。その身朽ちるまで。
狩りだ。狩りだ。狩りだ。




