翁の犬(9/20分)
お題「高い子犬」
犬を買った。
別に高くも安くもない、普通の雑種犬だ。
私自身、これといって犬にこだわりもないので、何でもよかったのだ。ただ、半世紀以上生きてきて、父と母もなくし、家族も持たない独り身としては、共に過ごせる相棒みたいなのが欲しかったのだ。
私のキャリアは、特出してすぐれたものではなかったが、老後の心配を何一つすることなく過ごせるほどの成果は出してくれた。現に、毎月受け取る年金と現役の頃コツコツためてきた貯金で今後20年は特に苦も無く過ごしていける計算になっている。
私が買った子犬は、産まれて間もない豆のように小さな犬だ。つぶらな瞳と整った毛並が何とも愛くるしい。
私はこの犬と余生を謳歌するつもりだ。
名前は太郎と名付けた。
ありきたりで、退屈な名前だったが、ユーモアもない私にはそれくらいでちょうどいい。
私は太郎を大変かわいがった。エサは生活に響かない範囲でいいものもくれてやったし、毎朝散歩にも連れて行ってやったのだ。
孤独な私を案じてくれたのか、太郎は私のそばをめったなことがない限り離れなかった。寝る時も、食事をするときも、湯船につかるときも一緒だった。
私が太郎を愛しただけ、太郎は私を愛してくれた。
私は、それだけでうれしかった。なのに、どうして……。
私は、もう動かなくなった相棒を抱きしめる。冷たく、重く、硬くなったそれを、老人さながら弱弱しい筋力を精一杯振り絞り、最大限の強さで抱きしめる。
その時、私は思い出した。
半世紀以上の人生で、私は多くの出会いと別れを経験してきた。
だが、それは老いぼれていくうちに別れだけに収束していく。太郎もその例に漏れなかった。
しかし、太郎は別れだけではない。この老人に、久方ぶりの出会いを教えてくれたのだ。出会いの尊さを、その身を持って教えてくれた。
それは私にとって、なんにも変えられない、とても素晴らしくて、高い買い物だったのかもしれない。
ありがとう、太郎。私は太郎を弔った。
私は太郎が教えてくれたことを噛みしめる。
もう年だが、そんなことは関係ないだろう。
私は新しい出会いを求めていった。




