あなただけの美術館(9/19分)
お題「禁断の美術館」
「ここがその、へぇ……」
三十代後半と見えるその男は、立派に蓄えたあごひげを撫でながら、とある施設の前に立っていた。
施設の名前は『あなただけの美術館』とだけ書いてある。
男はそれはまあ、美術という名の芸術に目がなかった。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ピカソ、エトセトラ……これまで世界をその芸術で震わせてきた名だたる芸術家の作品をかき集めるのが趣味だ。
彼は、それだけの為にこれまでの人生を費やし、努力をしてきたともいえる。
たとえば、彼は今となっては一つの絵画に対して大量の札束をポンッと出せるほどの成金ではあるが、大成する前はとあるレストランで皿洗いをして生計を立てるほど貧しかったのだ。
そんな彼は、ある冬の日ダ・ヴィンチのモナリザをテレビで見たとき、言葉では表現できないような運命を感じた。その日から彼は人が変わったように熱心に働き始め、様々な手段を持ってお金を荒稼ぎし、今に至る。
当時は骨と皮がくっつきそうなほど貧相な食事で命を繋いでいたのだが、今はもうそんな面影もなく、彼の腹はでっぷりと膨れていて、今にもスーツのボタンがはちきれそうだ。
さて、話を戻そう。今日、彼はとある情報屋から嗅ぎつけた情報をもとにこの美術館にやってきたのだ。
めぼしい作品があれば、是非買い取りたいとも思っている。
入館すると、一人の若い女性が立っていた。
「ようこそおいでくださいました。私がここの館長です。ご案内いたします」
そう言って館長と名乗る女は、男を案内し始めた。
しばらくすると、一枚の絵に男が目をとめた。
「君、これはなんだね?」
男が指差した絵画。それは真っ白な絵だった。
「そちらは、あなただけの作品と言います」
「あなただけの作品?」
「ええ。こちらはそれを見る人によって、絵が変わります」
その一言が、男の興味を引いた。
「気に入った。買おう」
「かしこまりました」
かくして、男はその絵を大変気に入った様子で購入した。
「さて、この絵は私になにをみせてくれるのだろうか」
風景画? 人物画? それとも他のだろうか。
自宅に帰り、真っ白なキャンパスに注目すると、男の意識が絵に吸い込まれていく。
「おお、これは……!」
それは、男が最終的に求めていたことだったのかもしれない。
男自身、芸術に憧れてたゆえ、芸術になりたかったのかもしれない。
それから男は芸術となり、永遠にこの世に芸術として残されるようになった。




