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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お願い助けてゾンビマーーーン!

作者: 黒猫鉤尻尾


 ドンドンドンドンッ!


「ままぁ……」


 不安そうに呟く子供を、その母親らしき女性は、力強く抱きしめた。気丈にも笑みさえ浮かべて、子供の頭を撫でる。


 しかし、そんな気丈なだけでは現状は変わらない。

 食料も残り少なく、どれほど切り詰めても数日で使い果たしてしまうだろう。

 かと言って、外へと探しに行くことも出来ない。


 外には自分達よりも飢えている化け物が無数に徘徊しているからだ。


 だから、外に食料を探しに行くのは、最後の手段でしかない。夫はあの始まりの日に帰ってこなかった。

 唯一頼れたのは、彼女の兄だけだった。


 妹が心配で命掛けで、隣の県から助けに来てくれた兄は、最初、避難所への移動を考えていた。


 しかし、それを助けられた彼女が拒否したのだ。


「夫が帰ってくるかもしれないから」


 兄はいない。少なくなった食料を探しに出て帰ってこなかったのだ。

 彼女は今更ながらに後悔していた。あの時に避難していれば、少なくとも兄は死ぬ事はなかった。


 もしかしたら今頃、自分と兄と幼い息子だけでも、助かったかもしれない。

 後悔とは先に立たないものだ。


 だが、救いも先に立たないものだ。


 不意に外で鈍い。肉を硬いもので潰した様な歪な音が聞こえた気がした。

 それっきり、化け物がドアを叩く音が聞こえなくなった。


 ――コンッコンッ……コンッコンッ……


 知性のある叩き方が聞こえてきた。それは兄が死んでから久しく聞いたことのなかった音で、女性はそっと息子を脇にどけて、口に指を当てると、玄関のドアへと近付いてゆく。


 そっと覗き穴を覗くと、レンズの先にはバイクのフルフェイスヘルメットと言われる物を被った人間がいた。

 ヘルメット前面のフードは中が見えない仕様になっていて、男か女かを見てわからない。


 ヘルメットの人物はもう一度ノックをしようと手を振り上げた。女性はその動作に覚悟を決めた。


「は……はい」


 緊張から声が吃ってでた。

 ヘルメットの人物は、しゃがみ込んでレンズ外で何やらゴソゴソと何かを取り出そうとしているようだ。


 女性はこの人物は何故、無言なのか。何をしようとしているのか解らずに緊張で喉が張り付く。


 だが、次の瞬間には全身から力が抜けて腰砕けになりそうになる。


 レンズの向こうに立っていたヘルメットの人物は、レンズから少し離れて、手にホワイトボードを持っていた。


『申し訳ないです。私、只野慎二と申します。事情があり、声が出せないんです』


 少し字は汚かったが、明確に文字として眼の前で書いて見せていた。


「えっと、救助の……方ですか?」


 恐る恐る話しかけると、聞こえていたのか。男は手に持つホワイトボードの文字を慌てた様子で消して、新しく何かを書き始めた。


『違いますが、ゾンビがこのドアの前で執着してる様子でしたので、生存者がいるかもしれないと思い、接触させていただきました』


 その後ですぐにホワイトボードを消して、また書き込みをする。


『危険ですからドアは開けずに答えてください。生存者は何人いらっしゃいますか? 食料は足りてますか?』


 只野慎二と名乗ったヘルメット男はそれだけ書いて、被ったヘルメットごと首を傾げる。

 ヘルメットのせいで少しコミカルに見えた。


「いえ、もう殆ど残ってなくて困っていたんです……生存者は私と息子とお……夫の三人です」


 只野慎二はドアの向こうから聞こえてくる女性の言葉にホワイトボードへとまた書き込みをすると、足元からリュックを持ち上げた。

 それは登山用の大型リュックで、何かでパンパンに膨らんでいるのが見てわかる。


『この中に食料が入っています。これを置いていきます。それと下に車を置いておきますので、鍵も中に入ってます』


 それだけを言うと慎二は、しゃがみ込みドアの脇へとリュックを置くと、レンズから消えてしまう。


「あ……あの!」


 女性は慌ててドアを開けて、廊下に顔を出すと、大きな鉄のハンマーを引き摺りながら、歩いてゆくヘルメット姿の背中へと声を掛けていた。


 慎二は立ち止まりはしたが、振り返りもせずに、胸の前でホワイトボードに何かを書き込むと、後ろに向かって見えるように出した。


『危ないですよ。車は下の道路側に置いてあります。それとマンションのゾンビは片付けて置きますので、安心して逃げてください。メモも入っているので見てください』


「そうじゃなくて、ありがとうございましたっ! もしよければ……っ!」


 言い終わる頃に見ると、いつの間にかホワイトボードの中身が変わっていた。


『ありがとう。でも、やることが残ってるのです』


 男はそれだけを後ろに見せると、立て掛けてあった鉄のハンマーを手にとって、引きづりながら去っていった。


 それからしばらくハンマーを叩き下ろす音が響いていたが、マンションの外からけたたましい電子音が聞こえてきた。


 慌ててベランダから外を見ると、ヘルメット姿の慎二が、防犯ブザーのような物を手に持って足早に去っていくところだった。


「まま、さっきの人は誰? なんで、あんな事をしているの?」


 あんな事とは、防犯ブザーを鳴らしながら歩く姿を指しているのだろう。

 その後ろに百に届きそうなゾンビの群れが、追いかけていた。


「あの人は……たっくんの好きなヒーローなのよ? テレビの中の偽物じゃない。本当に本物のヒーローなの……」


「そーなんだー!」


 ゾンビを引き連れて歩く姿を、子供はキラキラとした目で、いつまでもいつまでも見つめ続けていた。


 その当のヒーローはというと、ヘルメットのバイザーを上げて歩いていた。


「あ゛あ゛ー やっばごぅえだででぇ」


(本当にどうなってるのかね。声ぐらい出させてくれてもいいのにな)


 後ろからはあーあー言いながら追ってくるゾンビの群れがいるのにも関わらず呑気に感慨に浸りながら歩いていた。

 それもそのはずで、後ろのゾンビは音に引き寄せられているだけであり、それを持つ人間には全く興味を示していないのだからだ。


 サンバイザーが挙げられて外からでも見えるようになった慎二の顔は人間のものではなかった。

 人間が慎二を見たらこういうであろう。ゾンビだと。


 見にくく爛れた肌に唇がない剥き出しの口、頬の肉も抉れて骸骨の方が見た目に近い。


 慎二にはどうしてこんなことになったのか検討も付かなかった。だが、一つだけ言えることは、慎二は誰よりも善良でヒーローに憧れていたことだけだ。


 だから、ゾンビマンな慎二は今日も生存者を求めて街を彷徨い続ける。


 喰われそうな生存者を救う為に。


作者が三人称練習用にサクッと書いたものです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これは立派なダークヒーロー
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