無修正の絵画はお好きですか?(里菜子目線)
まだ図書館の中にいるんですよ
「あ、ちなみにですけど、牧彦くん向けのいいコーナーがあるので紹介しましょうね」
火垂るの墓を観終わったので、DVDとヘッドフォンを受付に返した里菜子がそう言いながら図書館を歩き出す。その迷いの無い進み方は、よっぽどこの図書館の中を歩き回って来たのだろうと感じさせる歩みだ。
「ここです」
里菜子はそういながら本棚をスッと指さす。
「美術…?」
「ええ、美術の西洋画、それもギリシャ神話などの絵などは牧彦くん向けですよ」
牧彦は、なんで?とばかりに眉をひそめ里菜子を見てきた。里菜子は前に見たギリシャ神話の本を手に持ち、ページを広げる。
「胸が丸出しの女性の絵が多いんです。無修正ですし堂々と見ても美術画なので教養高く見えますし、実際に美術品を見る目は高くなります。いいことづくめですよ」
牧彦は面白く無さそうに口を尖らせ、呆れたような顔つきで里菜子を見下ろす。
「…お前、俺の事なんだと思ってんだ?」
「健全な男子高校生」
「ざけんな」
里菜子は、何を仰いますやら、とばかりにフゥ、とため息をついて牧彦を見上げる。
「実際に西洋の男性たちは、このような絵を『これは絵画として眺める目的だから』というのを建前として部屋の中に飾って鑑賞してたんですよ?」
「マジで」
その話題に牧彦は食いついて来る。
やっぱりこういう話題にはすぐ食いつくんだなぁと里菜子は本に視線を戻した。
「そうです。それも書かれている女性が女神だと『これは宗教画』と言い訳できるので堂々と家の中に飾っていました。
もちろんキリストの母、聖母マリアなどそのような方々は色々と問題あるのでちゃんと服を着ていますが、マグダラのマリアなどはエピソード上の関係で肌の露出が多めに描かれてる場合が多いです」
牧彦の目からは、ざけんなと言った時のムッとした光はどこかへ消えうせ、へー、と興味を持った目つきになっている。
「そしてどんどんと服を剥かれていく女神たち…」
「その言い方…」
里菜子の言葉に牧彦がやや呆れたような声を出す。
「そんな風に女神が裸なのってどうなの?と思った画家がいました。そして女神に服を着せよう運動をしたのが…」
と言いながら里菜子はペラペラとページをめくって牧彦に見せる。
「『春』の作者、ボッティチェルリです。ボッティチェリともボッティチェッリとも言われていますが、個人的に『ル』が入ってる方が難しい言葉言ってる感が出るので好きです」
牧彦はそのページの絵に目を落とす。
これはほぼ黒と青の森らしい背景に、首を傾げ片手を上げた女を中心に左隣では透けた服を着た三人が手を取って踊り、左端では男が何か上を見ている。
右の方では頬を膨らませた青黒い女?男?に体を掴まれた人が驚きの顔で青黒い人物を見ていて、その隣には中年ぐらいの品のいい女が背筋を伸ばしてこちらを見ているという絵だ。
「…で?」
牧彦のこの「で?」は、あなたの話にだいぶ興味を持っています、なので続けてくださいの意だと里菜子は知っている。
頷きながら里菜子はその『春』のページを押さえつつ他のページを開く。
「これは有名だから知ってるでしょう」
「ああ、これは見た事ある」
貝がらの上に乗った女が長い髪の毛で胸と局部を隠し、その女に他の女が慌てたように布を羽織らせようとしている。左の方では空中を飛んでる男と女が中心の貝がらに乗っている女を見ている。
「これもボッティチェルリの描いた作品、『ヴィーナスの誕生』です。そして…」
と言いながら里菜子は指で押さえている最初に牧彦に見せた『春』のページを開いた。
「この中心の服を着た女性もヴィーナスです」
「…へー…」
牧彦の反応が少し薄いが、里菜子は続ける。
「これが女神に服を着せよう運動の一環の絵です。しかしボッティチェルリは女神に服を着せるのを諦めました。さて何故でしょう?」
牧彦は少し目を動かしてから里菜子に目を戻す。
「自分が飽きた」
「ブブー、残念!」
里菜子は小さい声でブブーと言い、
「正解は、『服を着た女神が不評で定着しなかったから』でした」
その回答にブッと牧彦は吹き出した。
里菜子はそんな牧彦を見上げ、
「牧彦くんも、『ヴィーナスの誕生の』ヴィーナスには少し目つきが変わってましたけど、『春』の服を着たヴィーナスにはほとんど反応しませんでしたからね。
やっぱり時代が変わっても男性の考えなんて変わらないものなんですね。よーく分かりました」
と言いながら里菜子は本を棚に戻す。
「んだゴラ」
牧彦から怒りのこもった一声が出るが、里菜子は気にせず他の本を手に取り、
「そんな絵画に疎いあなたに」
と言いながら一冊の本を牧彦に渡した。
牧彦がその本を受け取り表紙を見ると、中年の女がジロリと無表情で横を見ている表紙だ。タイトルを見ると『怖い絵』と書かれている。
「これはとても分かりやすく、それもその絵からうかがえる当時の闇の部分やパッと見ただけじゃ分からない謎解きの気持ちも味わえるのでとても楽しい本ですよ。おすすめです」
牧彦はその本の表紙をジロジロと見て、
「確かに、このオバハンの顔は怖いな」
と言いながらも微妙な目つきで牧彦は里菜子を見た。
「けどこれ、お前の趣味なんだろ?俺あんまり絵とか興味ねえ。見たって絵ぐらいしか思えねえし、そっから何か感じ取れとか無理」
その一言に里菜子も分かる、と頷いてから本を指さした。
「実は私もその本を読むまでは同じ気持ちでした。どんなに有名な絵…まあ本とか複製ですけど、そんな絵を見ようが、こんなに丁寧にリアルに描けるとかすごいなー程度でした」
里菜子の言葉に牧彦は口をつぐんで里菜子を見る。
「この本にも書いているんですけど、昔、絵は娯楽の対象でした。なので画家も絵の中に色々と謎解きの要素を混ぜ込みました。そして見る人はそこから画家が絵の中にちりばめた謎解きを考え、読み解くという楽しみもありました」
里菜子は牧彦を見上げる。
「ですから絵を見て素晴らしい何かを感じ取れ、ばかりではなく、絵を見て考えて謎解きをしてみろ、という画家からの挑戦状の部分もあるんですよ。
しかし残念ながらキリスト教やギリシャ神話、旧約・新約聖書の内容に、特定の人物を特定できるというアトリビュート、そして当時の暮らしの風習や歴史などを知っていないとさっぱりその謎解きは分かりません。
それを解説付きで分かりやすくこちらに教えてくれる本がこの『怖い絵』です。これを見た後だと、私は前より一枚の絵からその奥を考えて感じ取れるようになったと思っています」
「…例えば?」
牧彦から「で?」以外の言葉が出てきた。
里菜子は例えばと言われ、少しお待ちを、とばかりに美術の棚の下の方にしゃがみ込み、一冊の本を手にしてパラパラとページをめくって開いて見せる。
そこには男が三人。
手前の男はテーブルに手をついていて、奥に座っている黒い服を着た男はトランプを手に持ち次の手を考えているように見える。その横のオッサンはその奥の男を凝視して手を妙な形で上げている。
「これはカラヴァッジョという画家の描いた、『トランプ詐欺師』です。タイトル通り、手前の男性と奥のおじさんがグルで奥に座っている黒い服の若者をカモにしているシーンを描いています。
カモにされているこの若者と後ろのおじさんの肌質見てください、年齢の差もありますけどこの若者の白いツルツルの肌にくらべて後ろのおじさんの日に焼けたしわと脂ぎったこの顔」
と里菜子は黒い服の若者とその隣のおじさんの顔を指さしていき、
「そしてこのおじさんの手袋の指先、破れてますね?なら手袋が破れても買い替えられないほどお金がない、または破れても特に気にしないズボラな方と想像します。
そしてこのおじさんは親指と人差し指と中指の三本立てています。つまりこの若者の手持ちのカードは何かの三という事かもしれません。
手前の若者は今まさにイカサマするため背中に隠したカードを取ろうとしています。これを見るにクローバーの四…。じゃあ若者の手札は一体何なのか…」
里菜子はそこで区切ると、牧彦が、
「クローバーの三?」
と言って来る。
しかし里菜子は首をかしげた。
「さあ?」
牧彦は思わず顔を崩して里菜子を見た。
「違うのか?じゃあなんなんだよ」
里菜子は困った顔でその本を閉じて元の場所へと戻していく。
「なんの遊びをやってるのか分かりませんもん。その当時に流行ったトランプゲームを調べれば何をやっていて、そしてそこから若者が何の手札を持っているか考えられると思いますけど…そこまで興味が沸かなかったので調べた事はありません」
「じゃあなんでそんな答えも分かんねえこと言ったんだよ」
里菜子は本を元に戻し終え、立ち上がって牧彦に向き直る。
「私はあの絵から考えられることを言っただけです。それに気になるのなら私に答えを聞くだけじゃなくて本でもインターネットでも使って自分で調べるという方法もあるんですよ?」
興味を持って質問してくるのはありがたいが、なんでもかんでも答えをすぐに出してくれる便利帳だと思われても困る。それではただ牧彦は質問するだけで自分で調べるという行為が疎かになってしまう。
なにより自分で興味を持ったことを自分で調べるというのが勉強で一番大事だというのに。
その事も説教にならないよう、諭すように伝えると牧彦は何か言いたげな顔になったが口をつぐんで、手に持っている『怖い絵』に視線をずらす。
「ちなみにそれ、中世ヨーロッパの勉強にもなります。テストに結果が反映するかどうかは分かりませんが、まず楽しみながら世界史に取りかかるとしたら、それはお勧めですよ」
と里菜子は言った。
こういう中世時代の絵画を見ればおっぱいいっぱい見れるし、ガン見してても絵画を真剣に見てるとしか思われないし、その効果で美術品の知識も増えるしお目も高くなるので、世の中のエロ本を買う勇気のないシャイボーイはそういうのを見ればいいよってずっと思ってる。