全ての勉強は繋がってるんです(里菜子目線)
オラたち家さ帰るだ
「いやはや、先ほどは取り乱しまして。色恋沙汰には慣れていないもので性的な対象として見られたと勘違いしたこと、謝罪しますね」
里菜子はそう言いながら隣を歩いている牧彦に言うと、牧彦は、
「いや…」
と言いながら隣を歩いている。
とりあえず皆既月食も終わったので家に帰ろうとしたが、牧彦が家まで送っていくと言ったので素直に送ってもらうことにした。
牧彦ほどの体格と目力の持ち主が隣を歩いていたら安心というものだ。
「皆既月食はどうでしたか?」
「…まあ、滅多に見れないから…珍しいもんが見れたとは思ってる…」
里菜子はウンウン、と頷きながら牧彦を見上げる。
「皆既月食を通して牧彦くんには勉強の楽しさというのを知ってもらいたかったんですよ、鬱陶しいかもしれないですけど」
里菜子の言葉に牧彦は、う、と体を強ばらせて明後日の方向へと目を向けた。人がいった言葉を覚えていやがる、と思っているのかもしれない。
「…けどそう言うってことは、てめえは勉強が楽しいのかよ?」
牧彦の言葉に里菜子はええ!と大きく頷く。
すると牧彦は信じられねえ、という顔つきで里菜子を見た。
「全部の勉強は繋がってるんですよ、だから色々知ると楽しいんです」
「何が繋がってんだよ」
牧彦の言葉に里菜子は、んー、と少し考えを巡らせ、
「アーリア人って習いましたよね?」
と言ってみる。
世界史の授業の初期ごろに習うので印象深い名前だと思うのだが、どうやら牧彦はピンと来ていないらしく曖昧な表情をしている。
「中央アジアから南下して、他の所に大移動した民族ですよ」
「…ふーん」
そう言ってもピンと来てない顔つきだ。もしかして中央アジアもどこなのか把握していないのかもしれない。
「中央アジアとは今でいう中国の隣、ロシアの左斜め下、カスピ海の隣くらいの位置にある地域です。ウズベキスタンなど、タンという名前で終わる国が多いですね」
「…」
そう言ってもピンと来ていない顔で、牧彦は黙り込んでしまった。それでもかまわず里菜子は話を続ける。
「そのアーリア人が大移動してた時、世界では何が起こっていたと思いますか?」
「…は?」
牧彦は一瞬頭の中が空っぽになったような表情で、
「…大移動?」
と返してきた。
そのまんまだが、里菜子は顔を輝かせ、
「正解!世界各地で大移動、南下が始まってるんです!」
と言う。
適当に言った言葉が当たっていたのに牧彦は驚いたらしく、目を見開いて、マジかよ、と声を漏らす。
「マジです!マジマジ!そのころ地球は冷え込み始めていました。そのころ日本は縄文時代。当時青森の三内丸山遺跡というところが非常に栄えていたのですが、アーリア人が南下していたころにこの三内丸山遺跡は放棄された跡が残っているんです。
青森は本州の一番の北、つまり寒くなって食べ物の実入りが少ないとその地を捨てて三内丸山の人々は別の所へと移動したと考えられているんです!」
里菜子はそこで一旦言葉を区切り、
「これで世界史と日本史、中央アジアも習ったので地理も学びました。ほらね、勉強ってのは繋がってるんですよ」
「…で?」
里菜子は牧彦に「で?」と言われて思わず見上げた。
すると真剣な表情の牧彦が自分を真っすぐに見ている。
今まで見た事のない、自分の話に興味を持っている牧彦の目に里菜子は、今この人は勉学に興味を持ち始めた、という実感を掴んだ。
「…江戸時代、天明の大飢饉ということがありました。どうして飢饉が起きたと思いますか?」
「だいききん…」
「飢饉とは人の食べる物が無くて皆が飢えたという出来事で、大がつくのでかなり酷い飢饉ということです」
牧彦は一瞬考えを巡らせ、
「…米不足?」
と言って来る。
「ブブー、残念!」
里菜子は口を尖らせ、手で大きくバッテンを作った。
「正解は火山が爆発し、その灰が降り注いで農作物に被害をもたらしたからでした。そして日本で火山が爆発したころ、外国のアイスランドでも火山が爆発していました。
その威力がすごくて、火山の灰が成層圏まで届き太陽の光を遮って北半球を冷やしたので、江戸時代の天明時代に余計農作物が育たず多くの餓死者を出したとされています」
そう言いながら里菜子は続ける。
「特に東北の太平洋側、岩手や青森が酷い惨状でした。それはなぜだと思います?」
「…寒い?」
牧彦の言葉に里菜子は大きくうなずき、今度は腕で頭の上に大きく丸を作った。
「ピンポーン、正解!青森の太平洋側、そして岩手にはヤマセという冷たい風が入り込みます。そのせいで余計農作物が育たないという悲惨な結果が起きました」
里菜子は牧彦に少し身を乗り出し、
「これで日本史と世界史、そしてヤマセが出たので地理と、火山が出たので理科も学びました」
「…で?」
里菜子は牧彦の顔を見上げた。
その目は今まで見たことが無いくらい興味の湧いた顔で自分を見ている。
まだ来ますか!
そう思いつつ、里菜子は牧彦が続きをせっついて聞いてくることに対し、受けて立つ!という勢いで続ける。
「神風って聞いたことありますか?」
「なんか…モンゴル…が攻めてきた時の…風?」
牧彦の頭の中にあるであろう知識を総動員しているのか、途切れ途切れに言葉をつづっていく。
牧彦が言い終わるのを待ってから里菜子は続ける。
「そう、フビライ・ハーンによる蒙古襲来です。その神風の正体はなんでしょう」
「台風じゃねえの?」
「惜しい!蒙古襲来の時、台風が来る季節ではなかったんです!答えは爆弾低気圧とされています。
ちなみに爆弾低気圧とは急速に発達した温帯低気圧の事で、それはものすごい暴風雨を生み出す低気圧の事です。これで日本史と世界史、そして爆弾低気圧も出たので理科も少し学びました」
「…で?」
里菜子は口端を上げながら牧彦を見上げる。
「卑弥呼、分かりますね?」
牧彦は頷く。
「彼女が居た当時、空で不吉な気象が起きました。それはなんでしょう」
牧彦が黙り込んだのを見て、
「ヒントです、さっき展望台にいる時に答えは出ました」
というと牧彦は、
「皆既月食?」
というが、里菜子がブブー、というと牧彦は、
「日食?」
というので、ピンポーン!と頭の上で丸を作る。
「当時に皆既日食なんて言葉はなく、どうして太陽が隠れてしまったのか理解できなかったので不吉だとされていました。しかもそれが近いうちに二回起きていました。これで日本史と、皆既日食が出たので理科を少し学びました」
そして里菜子はフッと立ち止まって牧彦を見上げ、牧彦は立ち止まって里菜子を見下ろした。
なんだかお互いに、知識の応酬をしていて軽い興奮に包まれている気がした。
「…卑弥呼が居る時代に起きた日食、蒙古襲来があった時に起きていた爆弾低気圧、江戸時代に起きたほどでもないけれど火山の噴火、そしてヤマセ…。
これは今でも日本で、地球上で起きていることです」
里菜子は腕を広げ、軽い興奮で上下に動かしながら一歩前に踏み出した。
「すごいと思いませんか、歴史で習ったことは今でも地球上で起こっています、縄文よりもっと昔から全ては繋がってるんです、日本史も、世界史も、地理も、理科も。
そして歴史の権力者のやり方を見れば政治経済が学べます、異常気象などを調べれば理科も学べます、近代の偉人を調べれば化学も学べます、絵画を見れば昔の暮らしが分かります。
勉強って繋がってるんです、境が無いんです、どこまでも行けるんです」
牧彦は息を飲み、黙って里菜子をみて立ち尽くしている。
そして、先ほどまで月食の起こっていた月を眺めてから、里菜子にゆっくりと視線を戻してきた。
「…その考えは面白い」
「そうですか?」
牧彦の言葉を里菜子は素直に受け取って、てへ、と少し照れたように笑う。
「けどね、私のこれって雑学のより合わせですから、学校のテストにはさほど役に立ちませんよ」
と里菜子は歩き出すが、牧彦が歩いてこないのに気づいて、ん、と牧彦を振り返る。
牧彦は黙って里菜子を見ている。
「今、里菜子の話聞いて初めて勉強が楽しそうだって思えた」
今まで「てめえ」や「お前」呼びだったのに急に「里菜子」と呼び捨てにされて心臓がちょっと高鳴った。
「そういう勉強、教えてくれるんだよな?お前が教えてくれるんだろ?」
お前呼びに戻ったが、それでも勉強に興味を持ってくれたことに関しては素直に嬉しい。それも自分が色々な本を読んで得た知識をほんの少し披露しただけでこんなにも興味を持ってもらえるなんて。
「も…もちろんですとも!」
勉強に興味を持ってもらうのがまず最初の難問だろうと思っていたが、これほどまでにやる気が出てくれるとは。
里菜子は拳を握り、
「赤点取らないように頑張りましょう!」
と言う。
その言葉をいってから、確実に牧彦が赤点を取っていると決めつけてる言い方だと思った。
牧彦も微妙に「この野郎」と言いたげな顔つきになったが否定も出来ないらしく面白く無さそうな顔で頷いた。
一時期、青森の十三湊に居たという「安東水軍」が急激に気になったので調べまくったんです。恐らく海賊の類だったと思うんですが。
蒙古襲来の時にオラオラと現地に駆けつけ、北条家からも「よくやったね、北の守りは任せたよ」的に表彰されてるんですけど、蒙古襲来の色んな話や小説、歴史番組にも全く出てこないのでもっと知ってもらいたい。
安東水軍という酒もあります。




