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教室へ連れ戻す作戦です

いざ、猿田牧彦とタイマンだ…!

天高く馬肥える秋の空…とはいえども、秋にしてはまだ汗ばむ日差しの下。


「…あぁ?」

という重低音の声が上から降ってくる。


菱沼が放った、あぁ?よりかなりドスが効いていて思わず里菜子の肩はビクッと揺れた。


猿田牧彦を探して三千里…いや、昼休み中に校舎内をグルグル回っただけだが、気持ち的にはそれくらい歩き回った気分だ。


猿田牧彦は何度も見かけたことはあっても一度も話したことはないし、隣の席同士で座っていてもお互い黒板の方を向いていてこうやって対面することなど無かったが、対面すると相手のこの背丈と体格の良さが改めて分かった。


もし殴られたら一ひねりで病院送りになってしまいそう、と里菜子はゴクリ、とつばを飲み込む。


ここは学校の正門だ。


大体ヤンキーとか不良って生き物は学校裏とか屋上にいるものでしょ、と思って普段は赴かない湿りけのある学校裏や、人がお昼ご飯を食べるために集まる屋上などを探し回ったが猿田牧彦は見つからなかった。


そしてようやく見つけたのが教室。しかし牧彦が教室に居たわけではない。


里菜子は予鈴のチャイムが鳴ったので教室に戻ってふと窓から外を見ると、玄関から出て行こうとする猿田牧彦の姿を発見した。


それを見た里菜子は慌てて教室を飛び出し玄関に向かい、外履きに履き替えていたら間に合わないと内履きのまま全力ダッシュで外に飛び出した。


そして、正門を抜けて壁の向こうに消えようとしているところを、

「猿田くん!」

と大声で呼びかけ引き止めた。


名前を呼ばれたので猿田牧彦は少し足を止めて、こちらを振り向いて立ち止まった。里菜子はそのまま猿田牧彦の近くまで駆け寄り、

「教室に戻りましょう!」

と言ったところで最初の、

「…あぁ?」

に戻る。


「誰だよ」


まさかの誰だよ発言に里菜子は驚いて猿田牧彦の顔を凝視する。


「そんな…隣の席の、北島、里菜子ですよ…」

教室から正門まで全力で走ったため息が切れる。ゼェハァと言いながら恨みがましい口調で里菜子は返した。


今は十月も末に近い。


隣の席になったのは九月半ばからだが、今まで同じクラスだったのに…と思ったが。


冷静に考えれば隣の席になってからこの人はあんまり教室にも居ついていないし、体育祭、学習旅行、学園祭などすべてサボってきた。

そんな人がクラスの中でも地味な部類の自分に気づくわけないと思い直し、息を整えてから再び見上げる。


「今現在あなたと同じクラスであなたの隣の席に在している北島里菜子、十六歳です。趣味は読書、好きな教科は国語と歴史です」

と改めて自己紹介する。


急な自己紹介に猿田牧彦は少しあっけに取られたようで、無言のまま里菜子を見下ろしている。

「…で?」


「教室に呼び戻しに来ました」

「なんで」


「なんでって…」

その返しに里菜子は絶句した。


学校があって授業があって、それに出るのが普通の事なのに、教室に呼び戻しに来ましたと言ったら「なんで」と言われるとは予想外だった。


そっちこそなんで昼休みが終わると同時に帰ろうとしてるんですか、と里菜子は心の中で思ったがその言葉を飲み込み、

「授業があるからです」

と返した。


すると猿田牧彦はあからさまに不機嫌な顔になり、チッと舌打ちする。

「お前学級委員長かよ」


「違う!誰が!」


まるであんな菱沼という男と同じ人種に見られたような気がしてガッと口を開けて言ってしまったが、慌てて口を閉じた。


こんなヤンキー・不良といえる人に喧嘩腰の口調を言ってしまったら男も女も関係なく殴られるのではと思った。


自分は勉強はできるが体育は全く得意ではない。走って逃げきれるか?いいやこの猿田牧彦は陸上部の短距離選手の推薦枠でこの学校に入学した。それなら逃げられるわけがない…。


内心パニック状態に陥っていると、ブッと吹き出す声が聞こえ、里菜子は恐る恐る目を上に向ける。


「いいツッコミだな、初対面なのに」

猿田牧彦はおかしそうに顔を背け、口元を少し隠しながら笑っている。


初対面ではない。口をきいたことはないが四月から同じクラスで隣の席にも何度も座っていたと里菜子は思った。


しかし口をきいたことが無いというのが一番の原因だが、猿田牧彦が笑ってるのを見るのはこれが初めてだ。

体格もいいしいつもムッツリと押し黙っているし授業もサボっているヤンキー・不良という先入観があったが、この笑っている姿をみるとそれほど怖い人でもないのかもしれないと里菜子は思う。


それでも機嫌がよくなったみたいなので、これはチャンスだ、このまま説得して教室に連れ戻そうと里菜子は希望を持って声をかける。

「それじゃあ教室に」

「嫌だね」


「どうしてですか!?この展開は『分かった、教室に行こう』ってなる流れじゃないですか!」


猿田牧彦は笑った顔をスッと引っ込め元のムッツリ押し黙った顔に戻る。

「俺勉強嫌い」


「…」


それは皆が知っている、と思ったが、それを言うとこの場がこじれるかもしれないと判断し黙り込み、猿田牧彦を見上げる。


「それでも授業に出ないと」

「勉強が嫌いだつってんだろ。それに今日は部活もねえから帰る」


さっきの笑った顔とは一変、上から視線で押しつぶすほどの眼力で睨みつけられ、里菜子は思わず怯みかけたが、それでも負けじと眼力の重力を押し返すように里菜子はキッと睨みあげる。


すると猿田牧彦は、お、という表情になって少し目元を緩めた。


「猿田くんは勉強が嫌いなんですね?そしてその勉強をする行為の授業と、それをするための学校が」

「…嫌いだよ」


「分かりました」

里菜子がそう言ってフッと体の力を抜いたのを見て、猿田牧彦は諦めたと思ったのかこちらに背を向きかける。


「猿田くん、あなたはこのままでは授業への出席日数が足らず、留年します」


里菜子の言葉に猿田牧彦は足を止めてこちらに振り返る。


「そうなれば一年、嫌いな学校に通う期間が長くなります。だからとそのままサボり続ければ、また一年、嫌いな学校に通う期間が増えます。

聞いた話だと高校で留年するのは最高で二十歳までと聞いてますので、あなたは私たちが十八歳で学校を卒業しても、二十歳まで高校生一年生を続けるおつもりなんですね?」


「…」

畳みかけるような里菜子の言葉に猿田牧彦は眉間にしわを寄せてこちらを見ているが、それでもその中には怒りより何より、里菜子の言葉を聞いて不安な気持ちになっているという感情の方が強く出ている。


「ついでに部活の顧問の先生にも言われてませんか?このままでは試合や大会には出さないと」


この学校の運動系部活のほとんどは赤点を三つ以上取ったら部活を休ませ勉強させ、実際に連続で赤点続きの人は試合や大会にも出さないと宣告される人もいるのは知っている。

そして猿田牧彦のテストの点数など知らないが、夏休み明けからは授業も度々出ておらず勉強が嫌いというのだから、その結果は見えているようなものだ。


図星の表情で猿田牧彦はこちらを見て来たのを見て、里菜子は続けた。


「いいですか、そうなれば何のためにこの学校に推薦で入って来たのか分からなくなりますよ。推薦で来たのに大会に出してもらえない奴、と言われてもいいんですか?」


イラッとしかけている猿田牧彦の表情を見て、そろそろ煽るような事を言ったらこぶしが飛んでくるかもと思って里菜子は、

「ですから、授業に出ましょう」

と猿田牧彦に呼びかける。


猿田牧彦は頭の中でグルグルと何か考え込んでいるみたいだが、それでもすぐに立ち去らない所を見ると悩んでいるのは明らか。


あと一押し、あと一押しでこの猿田牧彦は落ちる!


里菜子はそう思って、ハッとある考えが浮かんだ。


「寝ててもいいです」


「…あ?」

突然の謎の言葉に猿田牧彦が気の抜けた声を出した。里菜子は続ける。

「授業中に寝ててもいいです、とりあえず授業に出ているという(てい)だけ見せればいいです」


「…」

猿田牧彦が驚いたように片眉を動かして里菜子を見ている。


里菜子は大きくうなずいて続けた。

「そう、寝ててもとにかく授業に出ていればいいです!私は勉強だけは得意です、もし分からないことがあれば私が教えられます!ですが私は猿田くんの出席日数だけはどうにもできません。ですからまずは!自分の席に座ってさえいてくれたら!」


テレビショッピングの語り口のようにハキハキと語りかけながら、さあ!と手を動かし猿田牧彦に詰め寄った。


猿田牧彦は少し視線を動かして困惑しているように見えたが、目を瞬かせながら里菜子を見た。


「…本当にそれでいいのかよ…?授業だろ?」

「何を言っているんですか、いつもサボってばっかりの人が」


思わず本心がポロッと口からこぼれて殴られるかと思って慌てて口をふさいだが、猿田牧彦自身がそれもそうだ、という納得の顔つきになっている。


「真面目に授業を受けたいというのなら、それはそれで万々歳なので止めはしませんけど」


フォローのように里菜子が言うと猿田牧彦は少し視線を逸らして面白く無さそうな顔になったが、

「…ま、寝ててもいいんだったら…」

と言いながら正門に背を向けて学校の玄関へと歩き出した。


やった!


里菜子は心の中でガッツポーズを決めた。

私が学生の頃は留年の最大年数は二十歳までとの話がありました。

実際どうなのかは学校次第だと思いますが、確か二年くらい留年した時点で強制的に追い出される措置が発動する的な事がネットで書いてました(投げやり)

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